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第134話 影の収奪と静かな掃除
「リアム様、少し、離れていていただけますか」
セレーナの声が、これまで聞いたこともないほど冷たく、鋭い響きを帯びていた。
俺が展開した愛情・糖分管理システムの盤面で、セレーナの数値が激しく点滅している。エラーではない。忠誠度が、攻撃的な殺意へと変換されているのだ。
「セレーナ? 突然何を」
「リアム様、下がれ。不潔な羽音が近づいている」
フィオナが軍鞭を構え、俺の前に立つ。
その直後、王宮のきらびやかなお菓子の壁が、音もなく腐食するように崩れ落ちた。影の中から、漆黒の装束に身を包んだ集団だった。敵か。帝国の隠密部隊の黒鴉が、音もなく躍り出る。
「見つけた。公爵リアム・ド・グラナード。貴殿の身柄と膨大な魔力。我が主、ベアトリクス皇女殿下が収奪する」
隠密の一人が、感情の排された声で告げる。
その瞬間、王宮の広間を包んでいた甘い香りが、死の臭いへと塗り替えられた。
「ベアトリクス、あの分からず屋の妹が、ついに実力行使に出たか。フィオナの教育はどうなっているんだ。姉だろ」
「面目ない。今は説教よりも掃除が先だ」
フィオナが踏み込もうとしたとき、それを制したのは、再びセレーナの静かな一歩だった。
「フィオナ様。これはメイドの仕事です。主の所有物を盗もうとする害獣の駆除に、皇女の手を汚す必要はありません」
「セレーナ、貴様雰囲気が変わったな」
セレーナがメイド服の裾をわずかに持ち上げると、太腿に固定された無数の銀の針が露わになった。
彼女の瞳から感情が消え、機械的な機能としての光が宿る。
「暗殺メイド、稼働します。主の視界を汚す淀みは、全て排除いたします」
隠密たちが一斉に散り、四方八方から漆黒の刃が俺に向かって放たれた。それらが俺に届くことはなかった。
「遅い。あまりに、非効率な動きですわね」
キィィィィィン! と、空間を切り裂くような金属音が連続して響く。
セレーナが動いた、と認識できたときには、すでに三人の隠密が床に転がっていた。急所を正確に、しかし一滴の血も俺の服に飛ばさない角度で貫かれている。速い。セレーナにしかできない速さだな。
「なっ見えなかった! ただのメイドではないな!」
「私はリアム様のメイドです。それ以外の属性は、今この場で死にゆく皆様には不要な情報かと」
セレーナの動きは、もはや生物の速さではない。古代魔術の術式に似た、洗練された殺害効率の体現だ。
「カイン、ボーっとしているな! リアム様の右側を確保しろ!」
「え、あ、はい! アリシアさん。でも、セレーナさん一人で十分な気が」
「馬鹿を言いなさい。私がリアム様を守る盾にならなくて、誰がなりますの」
アリシアが杖を掲げ、俺の周囲に聖なる障壁を展開する。障壁にすら、隠密の影は近づけない。
セレーナが踊るように広間を駆け、影から這い出ようとする黒鴉を次々と沈めていく。
「あはは、やはり凄まじいですわね、お姉様の連れている道具は」
広間の入り口、崩れた砂糖の柱の影から、妹ベアトリクス皇女が見ている。扇子を優雅に揺らし、冷ややかな嘲笑を浮かべている。
「ベアトリクス! 貴様、何のつもりだ!」
「お姉様、そんなに怒鳴らなくても聞こえますわよ。私はただ、この国を蝕む甘い毒リアム・ド・グラナードを、適正に管理しようとしているだけですわ」
ベアトリクスが俺を見据え、扇子を広げる。
その瞬間、俺が構築した管理システムの数値が、一気に減少し始めた。
「おい。俺のシステムの出力が下がっている。これが減衰の能力か」
「ええ。努力も、魔力も、愛情も。私の前では全てが無価値に成り下がる。リアム様、貴方のその傲慢な合理性が、どこまで保つか見せてください」
ベアトリクスの背後から、さらに倍の数の隠密が湧き出す。
それに対し、セレーナは乱れた髪一つ直さず、無表情に立ち塞がった。
「主。敵の数と能力を確認。これより、清掃モードを最大出力へと移行します」
「無理はするな。ベアトリクスの能力は減衰だぞ」
「問題ありません、主。貴方の管理する世界に、これ以上の不純物は必要ありませんから」
セレーナの指の間に、さらに多くの銀針が挟まれる。
暗殺メイドと帝国の影。王宮の甘いお菓子の城が、一瞬で戦場へと塗り替えられていく。
「クォオオン!」
「シロ、お前は食うなと言っているだろう。セレーナ、やれ。俺の物流を乱す不純物を、一掃しろ」
「御意です。全解放リミットブレイク」
静けさと、そして、セレーナの姿が視界から完全に消失した。




