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第133話 盤上の数値
「おい。シロ、胃袋は無限か? 王宮の構造を保つため、最低限の柱のキャラメルは残しておけと言っただろう」
「クォオオン!」
巨大化したシロが、王宮の広間を埋め尽くす極上の甘味を片っ端から平らげている。バニラと砂糖の香りは一向に衰える気配がない。俺の古代魔術の暴走は止まったが、一度変質した構造物は元に戻らない。
「リアム様。シロちゃんばかりズルいですわ。私の専属日なのですから、このパウンドケーキの床は私がっ」
「アリシアは先ほど本音暴走で精神疲労が極限まで溜まっているはずだ。効率を考えれば、今は安静にするべきだな」
俺が冷たく言い放つと、アリシアは顔を真っ赤にして、綿菓子のドレスの残骸に身を縮めた。
「ううっ。忘れてくださいと、言ったではありませんか。貴方のその合理的すぎる冷たさ、本当に、本当に大好きですわ」
「まだ呪いが残っているのか。言葉と態度が噛み合ってないぞ」
俺が溜息をつくと、セレーナが音もなく生クリームの海から現れた。
「主。アリシア様の精神構造は、呪いがなくとも概ねそのようなものです。それより、フィオナ皇女が課した試練、まだ継続中とお忘れではないでしょうね」
「フィオナ? あいつは今、外壁の剛性を高めるのに忙しいはずだが」
「ふん。リアム様を甘やかす不純物スイーツを、帝国の法に基づき固定しているだけだ。試練の答え、まだ聞いていないぞ」
窓枠のエクレアを蹴ってフィオナが着地する。彼女の軍鞭からは、凄まじい剛性の魔力が放たれていた。
「試練、試練、うるさいな。愛だの食欲だの、数値化できない非効率なものを俺に求めるな」
俺は恥ずかしさを隠すように、指先で空中に複雑な古代魔術の術式を描き始めた。
「そこまで言うのなら。俺が淀みを完全に管理してやる。古代数秘術・万物数値化だ!」
俺の手から放たれた魔力が、アリシア、セレーナ、フィオナ、そしてシロの頭上に、数値ステータスを展開した。
「な、なんですの、この私の頭上に浮かぶリアム様度:99,999という数字は?」
「主。私のは主への忠誠度:測定不能となっていますわ。ふふ、当然ですわね」
「リアム様への剛性欲求:88%。私の何を数値化している!」
「愛情・糖分管理システムだ。キミたちの俺に対する感情的エネルギーを愛情度(AT値)、シロの食欲を糖分欲求度(ST値)として数値化し、俺がリアルタイムで監視・最適化する。これで、過剰な供給や独占といった非効率は発生しない」
「数値化? つまり、リアム様は私の愛を、数字として認識してくださるのですわね。ああっ、リアム様の管理下に置かれるなんて、なんて素敵な!」
「AT値の上昇を確認。アリシアの愛は糖分と同様、過剰摂取は身体に悪い。少し出力を抑えよう」
「抑えるなんて無理ですわ。貴方への愛は、増幅こそすれ、減衰などいたしません」
「AT値の上昇により、アリシア様の思考回路に著しい淀みが発生していますわ。主、やはり彼女のメンテナンスは私に」
「セレーナの忠誠度:測定不能は、システム上のエラーだ。後で厳密に再計算する」
「再計算。主と二人きりで、厳密に。ふふ、楽しみですわ」
俺たちのそんな掛け合いを、影から冷ややかな瞳で見つめる者がいた。
王宮の地下通路。そこに、隣国の幼女皇女ベアトリクスと原作知識では設定されていたが、俺の目の前にいるのは、扇子で口元を隠した、凛とした、サディスティックな笑みを浮かべる長身の美女だった。
「あはは。面白いことをしていますわね、無能な姉上と、豚から化けた公爵様。愛情を数値化? くだらない。力こそが正義、収奪こそが最適解ですわ」
帝国第二皇女、ベアトリクス・フォン・ベルシュタイン。俺が整備した街道の建設を邪魔し、俺とは完全な対立関係にある、帝国の影と収奪の担当。自称・真の支配者。
「リアム・ド・グラナード。貴方の物流網は、帝国の所有物となるべき。まずは、その貴方をお菓子ごと収奪して差し上げますわ」
ベアトリクスが扇子を一振りすると、彼女の影から、帝国の隠密部隊、黒鴉の精鋭たちが姿を現した。
「行け黒鴉。あの公爵を甘い魔力ごと、帝国の地下牢へ運べ。邪魔する姉上たちは、私の能力減衰で、その価値をゼロにして差し上げます」
ベアトリクスの冷たい瞳が、王宮のきらびやかなお菓子、俺の魔力の残りを値踏みするように見ている。
地上では俺と乙女たちの甘い数値管理のチェスが続き、地下では帝国の影が俺を絡め取ろうとしていた。
「AT値、ST値、共に上昇傾向。おい、少し静かにしよう。何か、俺の物流網に、不純物が混入している気がする」
俺は、お菓子に顔を埋めているアリシアたちの背後で、古代魔術の探知網を最大に展開した。




