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第132話 王宮の陥落と三乙女の聖戦
シロが極上の甘味と化した王宮の備品を片っ端から平らげているが、それでも追いつかない。俺の魔力変質がもたらしたバニラと砂糖の芳醇な香りは、風に乗って王宮の外、遠く街道にまで届いていたらしい。
「クォオオン!」
主、この柱は上質な糖蜜の味がするぞという顔だなシロ。
「食うのはいいが、王宮の強度まで損なうなよ。さて、アリシアは、いつまでそこに埋まっているつもりだ?」
俺は、マシュマロ状に変化した枕に顔を埋めて震えているアリシアに声をかけた。先ほどまでの本音暴走による愛の告白の嵐。本人にとっては、一生分の不覚だろう。
「忘れてくださいませ。今の私は、ただの砂糖細工の地縛霊ですわ」
「地縛霊にしては随分と騒がしかったがな。本音を聞いて黙っていられない手合いがここに二人ほどいるようだぞ」
俺が視線を向けると、そこには冷やかな笑みを浮かべたセレーナと、軍鞭を物騒に鳴らすフィオナが立っていた。
「アリシア様。あのような直球な物言いでリアム様を困惑させるとは、王家の教育を疑いますわ。真の愛とは、もっと清浄で、機能的な献身であるべきです」
「セレーナ。またそうやって私を」
「黙れ、二人とも。リアム様の甘さに付け入るのは、帝国の法が許しても私が許さん。リアム様にはこれから、私たちが課す真実の愛を見極める試練を受けてもらう」
「試練? おい、今は王宮が菓子箱になっている非常事態なんだぞ」
俺の抗議を無視して、セレーナが前に出る。
「ええ、非常事態だからこそです。リアム様、この生クリームの海の中から、私が貴方のために抽出した最高純度の魔力結晶を見つけ出してくださいまし。それができれば、私の愛がアリシア様のものより純粋であると証明されますわ」
「待ちなさい。そんなのただの宝探しですわよ。リアム様、私こそが貴方の供給路を最も理解していると証明するために、このパウンドケーキの机を素手で完食してっ」
「誰が完食するんだ。効率が悪すぎる」
俺が頭を抱えた、その時だった。
甘い匂いに満ちた廊下の向こうから、タタタッ、と軽快な足音が響いてきた。誰だろう?
「はうぅ! この匂い、伝説の天上の糖菓子シュガー・ヘヴンに間違いありません!」
現れたのは、フリルだらけのドレスを着た帝国第二皇女、ベアトリクスだ。フィオナの妹であり、お菓子に関しては異常なまでの執着を見せることで原作知識でも有名なトラブルメーカーである。
「ベアトリクス!? なぜ貴様がここにいる!」
フィオナが驚愕の声を上げる。ベアトリクスは姉の姿など目に入らない様子で、俺が作り出した板チョコの壁に抱きついた。
「お姉様! お久しぶりですわね。でも今はそれどころではありませんの。この壁この壁、全部チョコレートですわ。ああ、神様、リアム様、貴方はお菓子の神様なんですのね」
「いや、俺はただの公爵」
「いいえ、この甘い物資の集積、完璧な物流管理。これこそが私の求めていた理想の国家、お菓子の国です。リアム様、私を貴方の食の客として採用してください」
「ちょっと待ちなさい、このうるさい皇女め。リアム様の隣は私の指定席ですわよ」
アリシアがマシュマロから顔を上げて参戦する。
「あら、アリシア様。本音をぶちまけて自爆したばかりの方が、随分と威勢がいいですわね。ベアトリクス皇女、リアム様を困らせるのはおやめなさい。彼は今、私の試練の最中なのですから」
セレーナが冷たく言い放つが、ベアトリクスはどこ吹く風で俺の袖を引く。
「リアム様、あちらの怖いお姉様たちの試練なんて放っておいて、私と一緒にこのエクレアの窓枠を食べ尽くしましょう? ね? ね?」
「カイン、助けろ。この状況、俺の計算尺では測りきれん」
入り口で固まっていたカインが、僕に同情の視線を送る。
「無理だよ、リアム。ベアトリクス様まで来ちゃったら、もうこの部屋は真実の愛っていうより食欲と独占欲の戦場だよ。僕、怖くて近づけない」
「ふん、軟弱な男め。リアム、試練は継続だ。この妹の食欲という暴風雨を凌ぎつつ、私の剛性をも貫く真実の言葉を差し出してみせろ。さもなくば、貴様の寝室を永遠にダイヤモンドで封印する」
「ううっ、独占禁止法はどうしたんだよ、フィオナ!」
アリシアの羞恥心を超えた逆襲、セレーナの静かなる独占欲、フィオナの武力行使、そしてベアトリクスの無邪気な食欲。
王宮全体を包む甘い香りは、俺にとって過去最悪の難局を告げるのろしとなった。
「クォオオン!」
「分かった。全員、静かにしよう。お菓子の分配と、愛の序列。俺が今から、最も効率的な最適解を叩き出してやるから」




