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第131話 砂糖菓子の王宮
呪いの残りをアリシアと共に内側から焼き切ったはずだった。呪いの毒花の毒性は、俺の計算を遥かに超える不純物を撒き散らしていた。
ガタガタと、寝台の横にある石造りの机が震え始める。
「うっ、魔力の出力調整が効かないぞ。アリシア、離れろ」
俺が手を伸ばした瞬間、指先が触れた硬質な石の机が、まるでもちもちとした生地のように変質した。広がるのは、香ばしいバターとバニラの香り。いったい何が起きたのか?
「な、なんですのこれ! 石の机が巨大なパウンドケーキになっています」
アリシアが叫ぶも、変異は止まらない。俺の指先から漏れ出る古代魔術の余剰エネルギーが、周囲の構造物すべてを極上の甘味へと書き換えていく。壁は重厚な板チョコレートに、カーテンは繊細な飴細工に、そしてカインが踏んでいる絨毯は真っ赤なイチゴのジュレへと姿を変えた。
「ひえぇぇ! リアム、助けて! 床が柔らかすぎて沈んじゃうよ!」
「クォオオン!」
「食べるなシロ! くそ、魔力の供給路が糖分で目詰まりしているような感覚だ。これでは魔法による中和ができない」
俺が恥ずかしさと混乱で顔を熱くしていると、隣で目を覚ましたばかりのアリシアが、ぼーっとした表情で俺を見つめていた。瞳には、いつも隠しているはずの本音が透けて見えている。
「リアム様。好き。大好き。愛していますわ」
唐突な、一点の曇りもない愛の告白だった。呪いか?
「えっ!? あ、アリシア、何を」
「あら、なんですの。私、本当のことしか言っていませんわよ。だって、貴方が他の女と楽しそうにしているのを見るだけで、私の胸は嫉妬でドロドロのチョコレートみたいに溶けてしまいそうですもの。本当は、貴方を地下室に閉じ込めて、私だけのものにしたいああっ、今の最高に素敵な本音ですわ」
アリシアは自分の口を両手で押さえるが、呪いの影響か、言葉が溢れて止まらない。顔を真っ赤にしながら、ツンデレのツンが完全に剥がれ落ちた状態で、彼女はさらに畳み掛けた。まだ続けるか。
「貴方のその、合理的とか言いながら私を助けてくれる甘さが、今のこの部屋の匂いよりずっと甘くて堪りませんの。ねえ、リアム様、私を抱きしめてお前は俺の専属だって言ってくださいませ! 早く! さあ!!」
「ううっ、限界だ。アリシア、自分が何を言っているか分かっているのか?」
俺は顔から火が出そうなほど恥ずかしくなり、思わず顔を背けた。背けた先にあった壁の板チョコに手が触れ、さらに部屋中に生クリームの流れが溢れ出す。
「アリシア様、見苦しいですわよ。リアム様が困っていらっしゃいますわ」
部屋の扉を剛性で破壊して入ってきたセレーナが、溢れる生クリームを避けながら毒を吐く。彼女の視線もまた、イチゴ味になった寝台の脚に釘付けだった。
「まあ、この部屋の清浄度は最悪ですが、リアム様の魔力の味いえ、香りは、悪くありませんわね。アリシア様をこの生クリームの海に沈めて、私一人でリアム様を清掃して差し上げたいくらいですわ」
「なによこの影女! リアム様の愛を独占するのは、この私ですわよ。ああ、リアム様、今の私の本音、すごく凛々しくて格好良かったと思いませんこと」
アリシアが俺の腕に縋り付く。その瞬間、彼女の着ていた最高級のドレスが、一瞬でふんわりとした綿菓子に変化した。
「わ、わあああっ!? ドレスが、ドレスが溶けていきますわ! リアム様のえっち! でもそんなところも大好きですわ!!」
「ええい、どいつもこいつも! カイン、フィオナを呼んで来るんだ! この暴走するスイーツを外側から固定させないと、王宮が砂糖の重みで崩壊するぞ」
「呼んだか、リアム様」
飛空艇から飛び降りてきたフィオナが、窓枠のエクレアを蹴って部屋に侵入した。彼女は部屋の惨状と、綿菓子を着て俺に愛を叫ぶアリシアを見て、軍鞭を握りしめたまま耳まで赤くした。
「貴様ら、王宮を菓子折りに変えて何をしている。そうか。リアム様はこれほどまでに甘い男だったのだな。帝国の法では、これほど質の高い供給過多は独占禁止法に触れるのだが私個人としては、甘さは嫌いではないぞ」
「フィオナ様まで何を! ああっ、もういい、全員静かにしてくれ」
俺は恥ずかしさの極致に達し、全魔力を一箇所に集約させた。触れるものすべてを菓子に変える呪いと、本音を暴走させる愛。この二つの淀みを、俺の古代魔術で無理やり再構築するしかないな。疲れるぜ。
「シロ! 食え! この過剰な物資をすべて胃袋に収納しろ」
「クォオオン!!」
シロが巨大化し、王宮を侵食していたお菓子を次々と平らげていく。その隙に、俺はアリシアの額に手を当て、真実の呪いを魔力封印で押さえ込んだ。
「ふえっ? あ、あれ? 私、今何を」
正気に戻ったアリシアが、自分の姿の綿菓子の残骸と、俺の真っ赤な顔を見て、すべてを思い出したらしい。
「ひ、ひぎゃああああああああっ!? 忘れてくださいませ。今の、全部嘘ですから。間違いですわ!!」
「嘘なもんか。本音をしっかり管理させてもらったぞ」
俺が少し意地悪く笑うと、アリシアは湯気を出しそうなほど赤くなり、マシュマロの枕に顔を埋めて絶叫した。




