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第130話 過剰な献身と呪縛


「リアム様、あーん、ですわ! ほら、口を開けてくださいまし」


 王宮の一室。俺は豪華な寝台の上で、アリシアの猛攻に晒されていた。地下での死闘による負傷は、俺の魔力と自己回復機能である程度塞がっている。アリシアの目には俺が今にも崩れそうな脆弱な体に見えているらしい。


「アリシア、落ち着け。腕の傷はもう塞がっているし、食事くらいは自分でできる」


「何ができるですの! リアム様は物流が途絶えた孤立無援の都市と同じ状態なんですのよ。栄養はすべて私という独占航路に頼るべきですわ。ほら、あーん!」


「あーん」


 屈辱。彼女の瞳には本気の心配が宿っていて、無下にはできない。スプーンから流し込まれたスープは、驚くほど滋味深く、身体の隅々まで熱が巡る感覚がある。


「ふふっ、素直でよろしいですわ。でも、勘違いしないでくださいましね? これはあくまでチェス対決の勝利報酬。貴方の身体を完全に修復して、また私と遊んでいただかないと困るからですわ。心配なんて、これっぽっちもっ」


 アリシアは顔を赤くして視線を泳がせる。典型的な強気な態度だが、手は俺の寝間着の乱れを細かく直したり、額の汗を拭ったりと、一刻も休まることがない。


「アリシア様、少々やりすぎではありませんか? リアム様の安静を妨げるのは、体力維持の観点から見て非効率ですわ」


 部屋の隅で、セレーナが冷ややかな声を出す。彼女もまた、清浄な水を湛えた水差しを持って待機していた。


「あらセレーナこそ、その淀んだ視線をリアム様に向けないでください。彼は私の専属管理下にありますの。不純物は立ち入り禁止ですわよ」


「不純物とは失礼な。私は部屋の神聖を保つために必要不可欠な存在としてここにいるだけですわ。アリシア様のように、看病に名を借りた私利私欲の独占とは違いますの」


「お帰りなさい。さっきからリアム様の寝顔を記録しようとしていたのはどこのどなたかしら」


 二人の毒舌の応酬が始まった。いつもなら止めるカインも、部屋の入り口で帝国フィオナに軍鞭で進路を塞がれ、


「ひえぇーーー」


 と情けない声を上げている。


「おいカイン、あそこへ行ってリアム様を救出だ」


「僕に死ねって言うの? フィオナ様が剛性を高めた鞭を構えてるんだよ」


 騒がしい。その騒ぎを切り裂くように、俺の原作知識にはない異変が起きた。

 身体の奥底、地下で叩き潰したはずの堕ちた先代聖女の残りが、黒い霧となって俺の影から這い出してきたのだ。


「こっ、これは? 供給路に毒が混入したか」


 俺は即座に上体を起こそうとしたが、身体が鉛のように重い。呪いだ。地下で俺が倒したはずの先代聖女が消滅の間際に放った、執念の汚染が今になって発動したらしい。嘘だろ。


「リアム様、急に顔色が悪いです」


 アリシアが異変に気づき、俺の肩を掴む。その瞬間、俺の影から伸びた黒いツタのような呪いが、アリシアの手首にも絡みついた。


「きゃっ? なんですの、この不気味な感触は」


「危険だ。そのツタは地下にいた先代聖女のものだ」


「アリシア様、離れてください!」


 セレーナが叫び、祈るように手を組んで浄化の光を放とうとする。呪いのツタはアリシアを離そうとせず、むしろ俺と彼女を固く結びつけるように、その密度を増していく。


「あはは、逃がさないわ。愛し合う者同士、一緒に底まで堕ちればいいのよ」


 どこからか先代聖女の呪詛が響く。呪いのツタは、俺とアリシアの魔力回路を強引に接続し、俺の痛みを彼女に、彼女の生命力を俺に流し込もうとしていた。


「ううっ、魔力の逆流か。アリシア、すぐに俺から離れろ。回路が焼き切れる」


 俺は無理やり彼女を突き飛ばそうとした。アリシアは呪いのツタに締め付けられ、苦痛に顔を歪めながらも、俺の腕をさらに強く握り返した。


「嫌、ですわ!」


「アリシア!?」


「誰が離れるもんですか。 貴方が苦しんでいるというのに、私だけ安全な場所にいろなんて、屈辱にも程がありますし、私の独占権を、こんな死に損ないの呪いに邪魔されてたまるもんですか」


 アリシアの瞳に、黄金の魔力が燃え上がる。俺の胸に顔を埋めるようにして、その呪いごと俺を受け入れようとしていた。


「リアム様、私を見なさい。このアリシア・フォン・ロズウェルが、貴方の淀みをすべて買い取って差し上げますのよ。文句を言わずに、私の献身に溺れていればよろしいんですからね!」


「アリシア。効率も計算も無視しているけど、ありがとな」


 俺は自嘲気味に笑った。彼女の無謀なまでの献身が、呪いの回路を内側から焼き切っていくのを感じた。ありがとよ。


「セレーナ! フィオナ! 外側から構造を叩いて欲しい。内部の不純物は、俺とアリシアで相殺する」


「承知いたしました。影よ、この腐敗を断て」


「リアム様、耐えろ。剛性を私が保証する!」


 部屋中が光と衝撃に包まれる。俺は意識が遠のく中、必死に俺を抱きしめるアリシアの、柔らかい香りと温もりだけを強く感じていた。

 これでは、看病どころか、完全に彼女のペースに飲み込まれているな。呪いの霧が消えて、静けさが戻った。

 俺の腕の中では、魔力を使い果たして真っ赤な顔をしたアリシアが、気絶したまま、


「リアム様、私の」


 と、幸せそうにうなされていた。


「やれやれ。これでは、どちらが病人かわからないな」


 俺は恥ずかしさを隠すように、彼女の額にかかった髪をそっと払った。

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