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第129話 勝利の女神の看病


 聖王国、王都の地上では、歴史に刻まれるべき地獄の盤上遊戯のチェスが決着を迎えていた。

 魔力が渦巻き、石畳がひび割れるほどの重圧の中、アリシアが最後の一手を叩きつける。


「チェックメイトですわ。おーーーーーっほほほ! 帝国皇女も影の管理人も聖王国聖女様も、私の前では膝を突くのがお似合いですわね」


 アリシアの背後に、勝利を祝う黄金の魔力が立ち昇る。

 帝国フィオナは軍鞭を握りしめたまま、信じられないものを見るかのように盤面を見つめていた。


「バカな。帝国の軍事教育を受けた私の戦術が、あのような猪突猛進な攻めに敗北するとは」


「不覚ですわ。リアム様への執着だけで盤面を読み切りましたわね?」


 セレーナが忌々しげに言えば、クラリスも祈るように手を組みながら肩を落とす。


「神の加護すら、アリシアさんの独占欲には敵わなかったというのですか」


「当然ですわ。恋する乙女の執念を舐めないで頂きたいものですわね。さあ、約束通り本日のリアム様は私のものです。カイン! リアム様はどこです?」


 詰め寄られたカインは、ガタガタと震えながら王宮の地下通路を指差した。


「そ、それがリアムは急に顔つきが変わって淀みを消してくるって、地下に行った」


 アリシア達は地下を見つめる。




 その頃、俺は地下の最深部で、文字通りの死闘を繰り広げていた。

 目の前には、亡者の群れを蹴散らした俺を笑うように、一人の女が急に現れていた。


「あはは、面白い子。この国の幸福の代償を壊しちゃうなんて。貴方が噂の、豚から化けた公爵様?」


 濁った法衣を着ていて、背中には腐り落ちたような黒い翼が見える。

 原作知識にはない隠しボスか。いや、裏のシナリオにはあったかな。聖王国の真の支配者、堕ちた先代聖女だ。


「なるほど。この国の物資が末端まで届かない最大の不純物か。先代聖女が私欲で魔力を食いつぶしているとは、管理不足にも程がある」


「管理? ふふ、いいわ。その傲慢な瞳、絶望で染め上げてあげる!」


 先代聖女の放つ漆黒の衝撃が、俺の失われた古代魔術の障壁と激突する。

 地下空間が鳴動し、俺の服は裂け、腕からは血が流れる。俺は少し笑った。


「悪いが、上では俺の専属日を巡って乙女たちが待っているんでな。先代の相手をしている時間は、一分も残ってないんだよ!」


 俺は魔力の全出力を解放し、地下農園の聖なる種の力を逆流させた浄化の光を叩きつけた。

 数時間後。

 ボロボロの衣服を着て、血のにじんだ腕を抑えながら地上へ戻った俺を待っていたのは、勝ち誇った顔のアリシアだった。


「リアム様! 遅いですわよ、私の専属日がって、ええええっ!? そのお姿、一体何があったんですの!?」


 アリシアの顔から余裕が消え、真っ青になって駆け寄ってくる。

 フィオナやセレーナも驚きの表情で詰め寄ろうとするが、アリシアが鋭い声でそれを制した。


「寄らないでくださいませ。今日のリアム様は私のものですわ。皆様は指をくわえて見ていればよろしいんですの」


「うううアリシア様め」


「アリシア様の独占か」


「帝国としたものが、無念だ」


 アリシアは俺の肩を強引に抱えると、用意させていた王宮の豪華な客室へと俺を連れ去った。


「アリシア、そんなに慌てるな。少し構造上の欠陥を修理してきただけだ」


「黙ってくださいまし。構造だの修理だの、そんなボロボロで言っても説得力ゼロですので。さあ、そこに座っていえ、寝てくださいまし」


 部屋に押し込まれた俺を待っていたのは、至れり尽くせりというか、過剰すぎるほどの看病だった。


「ほら、栄養のつくスープですわ。ふーふー、してあげますから口を開けてくださいまし」


「自分で飲める」


「ダメです。リアム様は今、物流が途絶えた被災地のようなものですわ。私が適切に栄養を供給して差し上げなければならないんですのよ、おわかり」


 アリシアは顔を真っ赤にしながら、スプーンを俺の唇に押し付けてくる。その手は少し震えていた。


「アリシア」


「な、なんですの、改まって。言っておきますけど、別に心配で死にそうだったわけじゃありませんからね。私の権利を無駄にされるのが嫌なだけ」


 俺は少し笑って、彼女の頭を軽く撫でた。


「心配かけたな。アリシアが看病してくれるなら、俺の回復効率も最大になりそうだ」


 アリシアは一瞬フリーズし、それから沸騰したように顔を赤くして、俺の胸元に顔を埋めた。


「も、も、も、も、もう、バカリアム様。そんなこと言われたら、今日一日中、一歩も部屋から出さないんですから!」


 部屋の外では、フィオナとセレーナが扉の剛性を高めて破壊するべきか、影から侵入するべきかという物騒な相談を始めている声が俺には聞こえていた。おいおい、まさか破壊するなよ。

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