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第127話 甘すぎる取引
聖王都の地下神殿は、もはや神聖な祈りの場ではなかった。
アリシアの放つ光の流れと、暗殺セレーナが操る影の触手、そして聖王国の聖女クラリスが展開する防衛障壁が激突し、周囲の構造物が紙細工のように砕け散っていく。なぜこうなるのやら。
「あ、アリシア様! セレーナ様も! もうやめてください、聖王国の王都の地盤が保ちません!」
飛空艇の残骸の影で、カインが頭を抱えて叫ぶ。
「黙りなさいカイン。この不浄な女を浄化するまで、私の光は止まりませんわ」
「無駄ですわ、アリシア様。この女の厚顔無恥な皮を剥ぐには、闇の底へ沈めるのが一番効率的ですの」
「ふふ、お二人とも。リアム様が求めているのは、破壊ではなく清浄な管理ですわ。貴女方のような乱暴な手下は、不適格ではありませんこと」
三人の言葉の刃が交差するたび、余波で神殿の柱が次々と消失していく。どこまでやる気だよ
こんなのシナリオにもあったか?
その時だった。
「そこまでだ!」
地響きを突き抜けるような、重く、絶対的な声。俺は古代魔術の余剰エネルギーを掌に集め、三人の魔力の中心点に向けて叩きつけた。強制的な魔力の分散。神殿を包んでいた殺気が、一瞬で消える。
「リアム様? どうして邪魔をなさるのですか」
「そうですわ。この女との決着をつけなければ、不夜城の規律が乱れますわ」
三人の鋭い視線が俺に集中する。俺はふう、と溜息をつき、首筋の紅い痕跡を隠すように襟を正した。
「いいか、よく聞け。お前たちがこれ以上暴れて王都を壊せば、俺が今まで積み上げてきた輸送経路の最適化がすべて無駄になる。それは、俺にとって最大の損失だ」
俺は一度言葉を切り、少しだけ視線を逸らして続けた。こうなったら、最後の手段だな。
「キミたちが、俺のためにその、嫉妬するほど俺のことを、考えてくれているというのなら。今回の件が片付いた後、一日ずつ、俺がそれぞれの専属の主になってやる」
静けさが神殿を支配した。アリシアが呆然と杖を落とし、セレーナの影が霧のように消える。クラリスも、組んでいた手を解いて頬を染めた。
「せ、専属? つまり、リアム様が一日中、私の指示に従ってくださるということですの?」
「リアム様と二人きりで、誰の邪魔も入らない時間を管理できる。不浄、いえ、最高に清浄な提案ですわ」
「そ、そんなので私を釣れると思うなよ! で、でも、どうしてもって言うなら、考えてあげなくもないんだからね!」
アリシアが顔を真っ赤にして、明後日の方向を向きながら叫ぶ。
セレーナも、扇子で顔を隠しながらも、耳まで紅く染まっているのが丸見えだ。
「ま、待ってください、リアム様。私は今夜、既に潜入という名目で貴方と過ごしましたわ。ですから、その一日の権利は私が最初に」
「認めませんわ。今のは公式な任務ではありませんもの」
「そうですわね。不公平な管理は、腐敗の始まりです」
三人が再びバチバチと火花を散らし始めた、その時。
ゴォォォォォンッ!!
上空から、神殿の天井をさらに押し広げるような重圧が降り注いだ。
「なんだ?」
何が起きたのか? でも嫌な予感するのは不思議だが。見上げれば、雲を割って現れたのは、帝国の紋章を刻んだ超弩級飛空艇。甲板に、軍鞭を手に凛と立つ女の姿があった。
「こずるいぞ、聖王国の小娘ども。そしてリアム様もだ」
第一皇女フィオナ。彼女が軍鞭を一振りすると、飛空艇から放たれた剛性の波動が、崩れかけていた神殿の構造をダイヤモンド並みの硬度で固定した。
「フィオナ様!? どうしてここへ!」
「帝国の国境付近で、シロ・ノヴァの飛空艇が暴走したという報告を受けてな。見れば、物流の要を破壊せんとする愚か者の集まりではないか。リアム様の管理能力も落ちたものだな」
フィオナは冷徹な表情を崩さない。視線が俺の首筋に留まった瞬間。
「ふん。その首の傷。剛性が足りんな。私が、帝国流の消えない刻印を上書きしてやろうか?」
そう言った彼女の耳が、夕焼けのように紅く染まっているのを、俺は見逃さなかった。
「フィオナ様まで参戦ですの!? 剛性担当なら、大人しく道を固めていればよろしいのに!」
「皇女様。首筋の管理は、影の専門職である私の領分ですわ」
聖王都の上空に、帝国の武力と乙女たちの私情が入り混じる、未曾有の極限状態が形成された。
「カイン、シロ。逃げるぞ。今度は本当に、俺の身の剛性が保たない」
「クォオオン!」




