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第125話 暴かれた聖女、乙女たちの強行突破
聖王都の地下深く。
外の騒ぎが届かないほど深い場所に築かれた禁忌の地下神殿に、俺とクラリスの足音だけが響いていた。湿り気を帯びた空気が、松明の炎を不自然に揺らしている。
「ここまで来れば、教団の目も届きませんわ、リアム様」
クラリスが立ち止まり、ゆっくりとフードを脱ぎ捨てた。
微かに差し込む月の光が、彼女の横顔を照らす。瞳には、昼間の慈愛に満ちた光はなく、ただ一つの狂おしいほどの執着だけが感じられる。
「クラリス。ここで何を明かすつもりだ。襲撃の首謀者枢機卿の汚職の証拠か?」
「ふふ。そんなつまらないこと、今更どうでもよろしいのです。私がここへお招きしたのは、この場所こそが、私の清浄度を維持するための儀式場だからですわ」
彼女が壁の一角にある古びた魔導具に手を触れると、神殿の床が淡く発光し始めた。俺の首筋にある紅い痕跡が、呼応するように熱を帯びる。
「この紋様は、やはりクラリスの?」
「ええ。聖なる印ですの。リアム様が、私に機能として輝けとおっしゃったあの日から、私は決めていました。この国の象徴という空虚な座を捨て、貴方の描く淀みのない世界の一部になると」
クラリスが、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。指先が、俺の首筋の痕跡をなぞった。
「これは毒でも呪いでもありません。私の魔力と貴方の魔力を繋ぐ、不可視の絆。昨夜、貴方が泥酔して私の腕の中で眠りについた時少しだけ、魔力が溢れてしまったのですわ。ふふ、あんなに無防備なリアム様を独占できたのです。これくらいの印、許していただけますわよね?」
彼女の吐息が耳元で跳ねる。聖女としての皮を脱ぎ捨てたクラリスは、誰よりも貪欲で、誰よりも独占欲の強い一人の女になっていた。これが聖女クラリスの本性なのか。俺は甘く見ていたかな。
「そんな理由で、俺をここまで連れ出したのか」
「それだけではありません。今頃、シロ・ノヴァを襲った枢機卿の私兵たちは、私の手によって内部告発の準備が整えられています。彼らには消えていただき、聖王国の物流網を完全にリアム様の、いいえ、私たちが管理する形に書き換える。それが私の愛の証明です」
クラリスの瞳が、暗闇の中で紅く光ったように見えた。
◆
一方その頃、リアムの領地、不夜城シロ・ノヴァ。
ギルドの演習場には、もはや隠しきれないほどの怒気と、物理的な衝撃波が吹き荒れていた。
「あの泥棒猫。いえ、泥棒聖女様。やってくれましたわね」
聖女アリシアが愛用の杖を握りしめ、その先端からバチバチと光の粒子をまき散らしている。
隣に立つ暗殺セレーナも、影の魔力を全身から溢れさせ、周囲だけ地面が腐食し始めていた。
「同感ですわ、アリシア様。潜入と言いつつ、あからさまに二人きりの時間を稼ごうとするなど万死に値しますわ。首の印あんなに鮮明な紅。思い出しても、心臓を直接抉りたくなりますわ」
「ふん、二人とも見苦しいぞ。リアムは兵の物量管理の安全を確認しに行ったのだ。と言いたいところだが」
フィオナが軍鞭を床に叩きつけた。石床が爆散し、亀裂が走る。
「あのクラリスという女、先ほど私と目があった時の目が獲物を独占した獣の目であった。許せん。皇女たる私の前で、独り占めなどと」
「カイン! 準備はいいですか」
アリシアが叫ぶと、物陰で震えていたカインが飛び出してきた。
「ひっ! は、はい、アリシア様! 飛空艇の推進魔力を最大まで引き上げました! 聖王都への強行突入なんて、国際問題になりませんか」
「黙りなさい。私の心の問題に比べれば、国家の均衡など誤差のようなものですわ」
「そうですわ。カイン様。もし貴方が渋るのなら、影を二度と戻らない場所へ縫い付けて差し上げますけれど」
「よ、よ、よ、よ、喜んで行かせていただきますッ!!」
カインが半泣きで叫ぶ。シロも、主を奪われた怒りか、あるいはただの興奮か。
「クォオオン!!」
遠吠えを上げ、シロが飛空艇の甲板に飛び乗る。
「行きましょう。聖王都の喉元まで、最短距離で突き抜けます。邪魔する騎士団はすべて私が光で焼き払います」
「私は地下から、クラリスを影の底へ引きずり下ろしますわ。リアム様の首は、私が綺麗に拭い去って差し上げます」
不夜城シロ・ノヴァから、一隻の飛空艇が爆音と共に発進した。
それはもはや潜入でも潜伏でもない。愛という名の暴走であった。乙女たちによる武力行使の始まりでもあった。リアムの知らないところで始まっていた。
◆
地下神殿。
クラリスが俺の胸に手を置き、その唇を首筋の痕跡へと近づけた瞬間。
——ドゴォォォォンッ!!!
神殿の天井が、巨大な光の柱によって粉砕された。
「そこまでですわ、この不浄な泥棒猫様!!」
降ってきたのは、砂塵を払うアリシアの怒声。
影の中から這い出してきたセレーナの冷たい宣告だった。おいおい、まさかこの声は。嫌な予感が走る。
「リアム様。お迎えに上がりましたわ」
俺は、天井から降ってくる瓦礫を避けながら、天を仰いだ。
どうやら、聖王都の物流再編よりも先に、俺の身の安全を再編する必要があるらしいな。




