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第124話 紅き告発と潜入


 異端審問局の襲撃を退けた後、シロ・ノヴァのギルドの一室は、外の瓦礫の山よりも凄惨な空気に包まれていた。

 中心に座らされたのは俺だ。そして俺の首元、昨夜の狂乱が残した紅い痕跡を、四人の乙女たちが抜き放たれた剣のような視線で凝視している。


「さて。リアム様。説明を伺いましょうか」


 アリシアが俺に杖を向けた時よりも冷たい声で口を開く。


「このシロ・ノヴァの機能を司る私たちが、賊の襲撃で神経を尖らせているというのに。貴方のその首筋に残る、あまりに軽薄で、あまりに不潔な不始末の正体を」


「アリシア様の言う通りですわ。私の影が捉えた昨夜の記憶では、全員が泥酔していたはず。ですが、この印は魔力によるものではない。物理的なそれも、粘膜による接触を感じさせますわ。吐き気がしますわね」


 セレーナが扇子で口元を隠しながら、瞳の奥にどろりとした闇を湛える。


「俺に聞かれても困る。言っただろう、記憶がないんだ。カイン、お前何か見てないか?」


 本当に記憶かないんだよな。助けを求めて壁際のカインを見るが全力で視線を逸らし、天井の木目を数えていた。おい、助けない気か。


「悪いなリアム、俺はあの時、フィオナ様の軍鞭から逃げるのに必死でな。ただ、アリシア様が聖なる口付けを連呼してた気はするぜ」


「カイン、その口、二度と開けないように光で縫い合わせましょうか?」


「ひえっ! 悪い、僕の勘違いだ。多分、シロが噛んだんだよ、そうに決まってる」


「クォオオン!?」


 シロはまるで、俺を売るのかという顔をしているが。

 シロが抗議の声を上げる中、帝国第一皇女フィオナが腕を組んで鼻で笑った。


「ふん、軟弱な。記憶がないなどと、兵の物流管理を担う者の言葉とは思えん。リアム様が誰にその剛性を許したのか。帝国と聖王国の均衡を崩すような真似をしたのなら、私が今ここで、その首ごと刻印を断ち切ってやろう」


「皆様、落ち着いてください。犯人探しも大切ですが、今はもっと緊急を要する事態がございますわ」


 これまで静かに祈るように手を組んでいたクラリスが、凛とした声で場を制した。その瞳は、いつになく真剣だ。


「先ほどの審問局の襲撃。あれは教団内部の独断ではありません。聖王都の物流拠点を快く思わない枢機卿の一部が、帝国の過激派と内通している徴候があります。このままでは、シロ・ノヴァの流通網が物理的に断絶されますわ」


 俺は首筋の熱を指先で抑えながら、クラリスの言葉に頷いた。


「ああ、分かっている。異端審問局がこれほど早く動いたのは、内部に手引きした者がいる証拠だ。クラリスの言う通り、一度は根っこを叩く必要があるな」


「ええ。ですが、大軍で動けば警戒されます。リアム様。私と一緒に、聖王都へ極秘に潜入していただけませんか? 私の知る秘密の経路を使えば、枢機卿の喉元まで辿り着けます」


 アリシアとセレーナが、同時に身を乗り出した。潜入か、悪くはないな。


「潜入!? 聖女様、それは聞き捨てなりませんわ! リアム様と二人きりで、夜の聖王都を歩こうなんて」


「不浄。あまりに不浄な計画ですわね、クラリス様。貴女、先ほどからリアム様の首筋の痕跡を、一番熱心に鑑定していらしたではありませんか」


「あら、セレーナ様。それは誤解ですわ。私はただ、不浄な印を私の慈愛で塗り潰いえ、浄化しなければならないと考えていただけですの」


 クラリスの笑顔が、一瞬だけ聖女の仮面を脱ぎ捨て、底知れぬ独占欲を見せた感じに思えた。さあ、どうするかな。聖王国に行くか、別の行動を取るか。


「決まりだ。アリシア、セレーナはここでシロ・ノヴァの防衛を固める。異端審問局の残党がまだ潜んでいる可能性がある。フィオナは周辺街道の剛性を再点検してくれ」


「リアム様! 私をおいて、この腹黒い聖女と聖王国に行くのですか!?」


「リアム様、帰ってきたらその首、覚悟しておいてくださいね」


 二人の嫉妬を背中に受けながら、俺はクラリスと共に聖王国へと秘密に入国と決める。しかしアリシア、セレーナ達は俺が聖女クラリスと行くのは不審がっていた。なぜか、帰って来るのが怖いな。女の嫉妬は怖いて言うし。




 雨の降る聖王国の王都、外にあるさびれた物流倉庫に。


「ここが、教団の監視を潜り抜けるための隠し通路です」


 フードを深く被ったクラリスが、俺の腕を引いて暗い地下道へと誘う。地上では経験したことのない、重苦しい静けさと湿り気が支配する空間だ。


「クラリス、さっきの審問会で言わなかったことがあるだろう。首の痕跡、クラリスの仕業じゃないのか?」


 俺が暗闇の中で問いかけると、前を歩くクラリスの足が止まった。

 彼女はゆっくりと振り返り、フードの隙間から、月光よりも鋭い光を放つ瞳で俺を見つめた。なんとなくクラリスだと言う気がしたけど。


「ふふ。リアム様は、本当に鋭い方。ですが、答えは聖王都の最深部で。さあ、参りましょう? 貴方の掲げる淀みのない世界を、私がこの手で完成させて差し上げますから」


 彼女が差し出した手は、聖女の温もりを失い、凍えるような熱を帯びていた。

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