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第123話 紅い刻印と、静けさを裂く断罪
翌朝。ギルドの二階に用意された特別室で、俺は差し込む朝日の眩しさに目を覚ました。
頭が重い。昨夜、五人の乙女たちに囲まれ、ひたすら酒を飲んだ代償だな。隣ではシロが、
「クォオオン」
と、これまた気だるそうに欠伸をしている。
「シロも飲みすぎだ。魔獣が二日酔いになってどうする」
だって宴会なのだからいいだろという顔に。まあいいか。俺は寝台から起き上がり、洗面台の鏡の前に立った。顔を洗おうとして、動きが止まる。
鏡に映る自分の首元に、くっきりと何かが刻まれていた。なにこれ?
「なんだ、これは」
紅い、唇のような、あるいは牙の跡のような痕跡。触れると微かに熱を帯びている。アリシアの魔法による刻印か、セレーナの影の跡か、あるいはフィオナが酔った勢いで付けた誓約の印か。記憶が混濁していて判別がつかないな。
「リアム様、お目覚めあら」
扉を開けて入ってきたアリシアが、俺の首元を見て絶句した。背後から覗き込んだセレーナの目が、瞬時に正確な輝きを宿す。
「リアム様。その首筋の汚れ、今すぐ私が影で削り落として差し上げましょうか?」
「待ち遊ばせセレーナ。それは私の神聖魔法で焼き払うべき不浄物ですわ。この泥棒猫が!」
「泥棒猫とは心外だな。私との剛性を確かめ合った軍事的合意の証かもしれんだろう?」
昨夜の戦士たちは、朝から再び火花を散らし始めた。騒ぎを切り裂くように、窓の外から鋭い金属音が響いた。
「主殿! 侵入者だ! ギルドの外囲い、東側の食糧経路が破られた!」
カインが階下から叫ぶ。俺は即座に外套を羽織り、窓から外を見下ろした。俺の妨害をする奴らがいるらしいな。
そこには、聖王国の紋章を隠しもせず、白銀の法衣に身を包んだ集団が陣を敷いていた。誰だあれは?
「聖王国の急進派異端審問局とのことです主」
「聖王国ならクラリスの身内じゃないのか?」
廊下で手を組んでいたクラリスが、珍しく不快そうに眉を寄せた。聖王国は聖女クラリスの国。俺に牙を向けるのか。
「あれは教団の中でも、リアム様の自由な物流思想を危惧する古参の狂信者たちですわ。シロ様を神の使いとして連れ去り、この地を教団の直轄地にしようと目論んでいるのでしょう。実に、不浄です」
「シロを神の教祖にすると」
ギルドの庭に降り立つと、審問官の一人が前に出た。
「リアム・ド・グラナード! その白銀の獣を差し出せ。なぜなら神の所有物であり、一介の貴族が私有してよいものではない」
「シロが神のものだと笑わせるな。こいつは俺が育て、俺が食わせている俺の家族だ。お前たちの神とやらは、シロに一度でも餌をくれたことがあるのか?」
俺の言葉に、審問官たちの顔が怒りで歪む。
「カインは武器を持って。セレーナは不夜城シロ・ノヴァの防衛網を起動。アリシアは連中の魔法陣を相殺だ。フィオナは」
「言われるまでもない。この街道の基盤、私が与えた剛性を汚す輩は、一人残らず排除するのみ」
シロが、
「クォオオン!」
と鋭く吠え、全身から冷気が溢れ出した。
「アリシア、右だ。術式が組み上がる前に沈めてくれ」
「分かっていますわリアム様。光輝なる拒絶! 汚らわしい聖句をその口ごと封じてあげます」
アリシアの光が審問官の結界を粉砕する。
「カイン、突っ込め! 奴らの足元、石畳の強度は私が一時的に奪った。泥沼だと思えばいい!」
「了解だフィオナ様! 街道を汚した罰、高くつくぜ!」
カインの剣が、身動きの取れなくなった審問官の法衣を裂く。
「ふふ、影の中に逃げ場所があるとお思いかしら。無駄ですわ。貴方たちの罪は、私の闇がすべて飲み干します」
暗殺メイドのセレーナの影が地面を這い、審問官たちを次々と引きずり込んでいく。
俺は首元の紅い痕跡を指でなぞりながら、古代魔術を練り上げた。
「聖王国の連中に伝えておけよ。俺の物流を邪魔する者は、神だろうと容赦はしない。消えろとな」
俺の手から放たれた不可視の衝撃が、異端審問局の陣形を跡形もなく吹き飛ばした。
静けさが戻った庭で、アリシアが俺の首元に指を伸ばす。
「さて、リアム様。外敵は片付きましたわ。次は首の不始末について、じっくりとお話を伺わなくてはなりませんわね」
「クォオオン」
シロの同情的な視線が、俺の背中に突き刺さった。




