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第122話 祝宴、乙女という名の戦場
ギルドの中は、もはや戦場だった。サタン討伐の興奮と、カランドラが振る舞った度数の高い酒精が、乙女たちの理性を粉々に粉砕していた。大丈夫かよ。サタンよりも手強そうだな。
「さあ、リアム様。この私がお注ぎした聖なる雫を飲み干してくださるかしら。貴方の喉を潤すのは、不浄な酒ではなく私の慈愛であるべきですわ」
さっそくアリシアが頬を朱に染め、俺の右腕に抱きついてくる。瞳は完全にとろけていた。
「ふふ、相変わらずおめでたい頭ですわね。リアム様が求めているのは、アリシア様のような薄っぺらな光ではなく、私の影がもたらす安らぎです。さあ、リアム様私の影に溶けて、一つになりましょう」
暗殺セレーナが左側から俺の首筋に冷たい指先を這わせる。影の魔力が、どろりとした熱を帯びて俺を包み込もうとしていた。
「ちょっと! 二人とも、リアム様が困っているではありませんか。リアム様、私の膝へどうぞ。疲れた心も体も、私が優しく受け止めて差し上げます」
王国の末姫エレナが、俺の正面から潤んだ瞳で見上げてくる。その無防備な誘いに、周囲の冒険者たちが、息を呑むのが分かった。そりゃなるよな。
「お前たち、いい加減にしろ。リアム様は私の私の盾なのだぞ。強固な剛性をもって守られるべきは、私との時間だ。ほら、シロもそう言っている!」
フィオナが軍鞭を投げ出し、シロの白い毛並みに顔を埋めながら叫んだ。耳まで真っ赤だ。シロは「クォオオン!」と困ったように鳴き、助けを求めるように俺を見ている。
「なぁ、カイン。これ、どうにかできないか?」
俺は隣でジョッキを傾けているカインに助けを求めた。
「悪いなリアム。俺は戦士だが恋の戦場に割り込むほど命知らずじゃない。ほら、アリシア様がまた怖ぇ顔してるぞ」
「あら、カイン。まだそこにいたのですか。邪魔ですわ。それよりセレーナのその湿った影をリアム様から引き剥がしてくださいな。不衛生ですわよ」
「不衛生、ですって? 貴女のその、太陽のように厚かましい光こそ、リアム様の繊細な神経を逆撫でしていることに気づかないのかしら。カインも何か言いなさい。黙らせる言葉を」
「お、俺に振るなよ。セレーナも飲みすぎだ。影が実体化して、床の虫を捕まえてるぞ」
「ふふ、いいではありませんか。リアム様を害するものは、虫一匹残さず闇に葬るそれが私の愛ですもの」
「セレーナさんの愛は重すぎて沈んでしまいますわ。リアム様には、王国に咲く花のような、爽やかな私の愛こそが相応しいのです」
エレナが負けじと俺の胸板に顔を埋める。なんだこのハーレム展開は。こんなシナリオもあったかな。
「エレナ、貴女も王族なら少しは節度を覚えなさい。リアム様の兵の物資管理、物資の巡りを知り尽くしているのは、帝国と手を組んだ私だ。今夜は飛空艇の装甲について朝まで語り合おうではないか」
フィオナがシロから離れ、ふらつきながら俺の襟首を掴んだ。
「聖女様。先ほどから黙って手を組んで祈っていますが、何を願っているのかしら?」
セレーナが、俺の背後で静かに微笑んでいる聖女クラリスを睨み据える。
「ふふ、ただの浄化ですわ。リアム様の周りに群がる、羽虫のような雑念を消し去るためのね。さあ、リアム様。不純物をすべて取り除き、私と一緒に淀みのない世界へ参りましょう」
クラリスが立ち上がると、ギルド全体が神聖な光に包まれた。その光はどこか強制的な意志を感じさせる。ヤバいな、ギルドが祝杯じゃなく俺の奪い合いみたいになっている。冒険者どもも見ている。
「やりなさいな、クラリス。その胡散臭い光で、この根暗な影女を焼き払ってくださる!」
「言ってくれましたわね、アリシア様。純白のドレスを、二度と落ちない絶望の黒に染めて差し上げますけど」
ついに魔力が激突し、ギルドの壁がミシミシと音を立てる。まずいぞ。と言っても俺もどうしていいかわからない。
「おい、リアム。壁が壊れるぞ! 剛性を高めるなら今のうちだ」
「カイン、貴方の剣はただの飾りですの? 少しは物理的にこの女たちを引き離しなさい」
「無理言うなよアリシア様。聖女と影使いと皇女と姫と僕が死ぬわ」
カインがジョッキを盾にして後ずさる。俺はこれ以上の崩壊を防ぐため、古代魔術の一端を指先に込めた。
「全員、座ろう。酒に呑まれて醜態を晒すのは、俺の物流計画に支障をきたすからな」
静かにしろと声を意識して放つ。一瞬、ギルド内が静まり返った。五人の視線が俺に集中する。
「リアム様、怒った顔も素敵ですわ」
「ああ、その冷たい瞳。もっと私を縛り付けて」
「リアム様、お怒りを鎮めるために私の膝を」
「ふん。これしきの威圧感、帝国の女として屈するわけにはあ、足が震えて」
「浄化リアム様の声で、私の魂が浄化されていきますわ」
「ダメだ、全く効いていない」
原作の豚公爵だった頃の俺なら、こんな状況は夢のまた夢だったろう。今の俺にとって、これはサタンとの戦いよりも遥かに困難な、解答のない難問だった。
「クォオオン!」
シロが呆れたように一声鳴き、俺の足元で丸くなった。俺は深く溜息をつき、空になったジョッキを見つめる。
「カランドラ。もう一杯飲みたい。度数の高いやつをだ」
俺は、今夜が永遠に続くのではないかという錯覚を覚えながら、乙女たちの争いに身を委ねるしかなかった。




