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第120話 公爵の算盤と、伯爵の断末魔


 不夜城シロ・ノヴァを揺るがした七人の大罪サタンの熱気は去った。とりあえずサタンは危険だったから良かった。俺たちの戦いはここからが本番だ。俺は外套を脱ぎ捨て、議事堂へと足を踏み入れた。そこには、混乱に乗じて私腹を肥やし街の喉元を締め上げていた元凶が座っている。まだやることは残っているな。


「ロベルト伯爵。随分と顔色が悪いな。自慢のワインが喉を通らなかったか?」


 俺の言葉に、豪華な椅子に深々と腰掛けていたロベルトが、震える手で書類を握りしめた。


「な、何の話だリアム・ド・グラナード! 私はこの国のために、備蓄を管理していただけだ! サタンの襲来という非常事態において、多少の物資の移動は正当な判断だ!」


「正当な判断、ですわね。誰に対しての、かしら」


 議場の扉が蹴破るように開かれ、算盤を片手に持ったマルコが悠然と歩み寄ってきた。後ろには、威圧感を放つ巨大な白銀の影のシロが静かに従っている。

「狼!! ここは議事堂ですぞ! 追い出せ」


「狼でもシロは大事な仲間だ。議事堂に入る許可は得ている」


「うううう。それなら仕方ないが。ま、ま、マルコ!? なぜ貴様がここに!」


「あら、不気味な声を出さないでくださいませ。耳障りですわ。貴方が隠し倉庫と呼んでいた、地下の下水道跡地のボロ屋のことでしたら、先ほどすべて押さえさせていただきました。中身の穀物と魔石、すべて私が適正価格、いえ、二束三文で買い叩いておきましたわよ」


「なっ! 貴様、勝手な真似を!」


「勝手なのはロベルト様の方ですわ。この混乱期に市場価格の十倍で売り抜こうとするなど、商人の風上にも置けません。リアム様、こちらが伯爵の隠し財産と、物流操作の全記録ですわ。ふふ、あの大魔石の代金、これで十分に清算できそうですわね」


 マルコが突きつけた計算書を見て、ロベルトの顔から血の気が引いていく。そこへ、聖域の守護を終えたアリシアと、影から這い出したセレーナが加わった。


「ロベルト伯爵の罪は、もはや神の慈悲をもってしても拭い去れませんわ。この汚れた書類の数々、私の光ですべて灰にして差し上げたいところですが、それでは証拠が消えてしまいますものね。せめて、貴方の地位と財産だけでも、綺麗さっぱり浄化して差し上げますわ」


 アリシアが黄金の杖を鳴らす。その瞳には、慈愛の欠片もない光が宿っていた。


「ふふ、アリシア様。浄化なんて生ぬるいことを。伯爵が影で繋がっていた闇ギルドの情報屋ですが、命が惜しかったようで。貴方の汚職、賄賂、私生活の醜聞に至るまで、すべて私に売ってくれましたわよ。貴方の人生は、もうこの議事堂の影よりも暗い底に沈んでいるのです」


 セレーナが薄笑いを浮かべ、伯爵の耳元でささやく。伯爵は椅子から転げ落ち、床に這いつくばった。恐ろしい性格しているな、さすが暗殺メイド。


「ひ、ひぃっ! 助けてくれ! 私は、私はただ、少しばかりの蓄えを!」


「――クォオオン!」


 シロが伯爵の至近距離で、地響きのような唸り声を上げた。冷気が、伯爵の豪華な服を凍りつかせていく。


「おいおい、伯爵さんよ。シロも怒ってるぜ。あんたが物資を止めたせいで、俺たちの飯がどれだけ不味くなったか分かってんのか?」


 カインが剣の柄を叩きながら、呆れたように吐き捨てた。おお、主人公らしいセリフっぽい。


「カイン、貴方の食欲と一緒にしないで。ですが、伯爵。貴方の無能な浪費が、どれだけの物流を滞らせ、どれだけの民を飢えさせたか。マルコさんの計算によれば、貴方の命一つでは、その損失の百分の一も埋められないそうですわよ」


「あら、アリシア様。珍しく私と意見が合いましたわね。ええ、この男はもはや塵以下の価値しかありませんわ。むしろ、塵の方がまだ肥料になるだけマシかもしれません」


「セレーナに同意したつもりはありませんわ。私はただ、事実に即した救済案を提示しているだけです」


「救済、ですって? 貴女のそれは、ただの死体蹴りでしょう? まあ、私もその趣味は嫌いではありませんけれど」


 二人のバチバチとした火花が、絶望する伯爵の上で飛び交う。俺は一歩前へ出た。


「ロベルト伯爵に命で払えとは言わない。そんなものは何の利益も生まないからな。代わりに領地は没収し、我がシロ・ノヴァの直轄地とする。そしてロベルト伯爵は、死ぬまで俺の開拓地で労働としてその負債を返してもらう。物流を乱した罪、その身で物流を支えることで償ってもらおう」


「そ、そんな! 私が土仕事だと!? 貴族であるこの私が!」


「貴族? そんなものは、もうここにはいない。ただの負債者がいるだけだろう」


 俺の宣告と共に、議事堂の騎士たちが伯爵の両腕を掴み、引きずり出していく。伯爵の断末魔のような叫びが、虚しく議場に響き渡った。


「ふぅ。ようやく片付きましたわね。リアム様、これで新街道の中継拠点としての基盤は完璧ですわ。さて、次はこの利益をどう回しましょうか?」


 マルコが楽しげに算盤を弾く。俺の胸中には拭いきれない予感があった。


「やりすぎましたわね、リアム様。この手際の良さ聖王国の教皇様や、帝国の連中が黙っているとは思えませんわ」


 アリシアが不安げに俺を見つめる。セレーナも影に溶けながら、鋭い視線を外へと向けた。その点は俺も考えてはいる。一つ問題を解決すれば、新たな問題が生まれるものだからな。


「ええ。光が強すぎれば、影もまた深くなるもの。次に来るのが誰であれ、私はリアム様を離しませんけれど」


 俺はシロの頭を撫でながら、遠い空を見つめた。原作の知識によれば、この後、事態はさらに大きなうねりとなって俺たちを飲み込もうとするはずだ。


「構わん。誰が来ようと、俺のルールは曲げさせない」

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