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第119話 不毛の請求書と、白銀の突風


 不夜城シロ・ノヴァの堅牢な防壁の前に、重圧が居座っていた。

 憤怒のサタン。その歩み一つで大地は爆ぜ、立ち上る熱気が蜃気楼のように視界を歪める。奴の目の前に広がるのは、俺が命じ、マルコが完璧に実行した無の荒野だった。さあ、サタンよ、どう出るかな。原作ではプレイヤーは相当に苦労したものだった。


「リアム様、ご覧になって? サタンは、あまりの収穫のなさに、自慢の赤い顔がさらに煮え繰り返っておりますわ。物流を止めるということは、呼吸を止めるも同義。それを理解できない野蛮な方には、少々酷な現実かもしれませんわね」


 マルコが算盤を弾きながら、窓越しに冷ややかな視線を送る。彼女の横では、アリシアが黄金の杖を構え、防壁全体を覆う聖域を維持していた。


「マルコさんは本当に計算高いわね。でも、見て。サタンの怒りが頂点に達したようですわ。聖域の結界が熱気で悲鳴を上げています」


「あら、アリシア様。聖女様の祈りをもってしても、あの程度の熱さすら防げないのですか。普段の威勢の良さはどこへ行きましたの。期待外れですわね」


 セレーナが影からささやくように毒を吐く。アリシアの額に青筋が浮かぶのが見えた。大事な戦闘なんで、集中した方がいいのだが。


「なんですか! セレーナこそ影に隠れて震えているだけではありませんこと。怖いのなら、リアム様の背中にしがみついて泣いていればよろしいのに。あ、失礼。貴女にはそんな可愛げもありませんでしたわね」


「ふふ、泣くのは聖域が破られた時ですわ。その時は、私がリアム様をお連れして影の底へ逃げますので、アリシア様は一人でその派手な光と共に消えてくださいませ」


「二人とも、そこまでにしよう。さあサタンが吠えるぞ」


 俺の声と同時に、サタンが天を仰いだ。


『オオォオオオオオオ! 貴様ら、我を愚弄するか! 糧も、血も、敵意すらも向けぬこの卑怯な沈黙すべてを焼き尽くしてくれよう!』


 サタンの全身から、街一つを飲み込むほどの火柱が噴き上がった。熱波が防壁を叩き、強固な石造りの壁が赤く染まり始める。


「ひっ! リアム様、あれは計算外ですわ! 防壁の融解速度が想定の三倍を超えています!」


 マルコが算盤を落とし、俺の服の裾を掴む。商売の場では無敵の彼女も、暴力の化身を前にすればただの女性だな。可愛い女性となっても俺は怒ることはない。ただカインは怒っているようだ。


「おいおい、マルコ、計算機が狂ったのかよ! アリシア様、これ以上は持たねえぞ!」


 最前線で熱気にさらされていたカインが、剣を盾にして叫ぶ。


「わかってますわよ、カイン! ですが、熱量は異常ですわ! 私の魔力だけでは!」


「クォオオン!」


 アリシアが頑張っている時、俺の隣でじっと機を伺っていたシロが、鋭い遠吠えを上げた。白銀の毛並みが逆立ち、体から吹雪のような極寒の魔力が溢れ出す。


「シロ、行くか」


「クォオオン!」


 シロが防壁から飛び降りた。空中でその巨体をさらに膨らませ、一陣の冬の旋風となってサタンの火柱に激突する。


「信じられませんわ。あのような愛らしい獣が、サタンの炎を中和していくなんて。リアム様、あの子の食費を削ろうと考えていた私を、今だけは許してくださいませ」


 マルコが呆然と呟く。シロがサタンの周囲を駆け抜けるたび、大気は凍りつき、サタンの憤怒が物理的に冷やされていく。


「やるじゃねえか、シロ! よし、冷えたところを俺が叩く!」


「待ち分なさい、カイン! 貴方のような大雑把な剣筋では、シロの作った氷の刃を壊してしまいますわ。私の光で、奴の動きを完全に縫い止めます!」


「いえ、アリシア様。貴女の光は温すぎますわ。私の影が、奴の足元の熱を奪い尽くすのが先です」


 アリシアとセレーナが競い合うように魔力を練り上げる。

 サタンは、シロの冷気と三人の女たちの執拗な妨害に、苛立ちを爆発させた。


『小賢しいわ! このような小細工、我が一撃ですべて――』


「一撃など、打たせるわけがないだろう。マルコ、用意したものは?」


「ええ、リアム様。王都中の全倉庫からかき集めた感熱反応式の大魔石、すべてサタンの足元の隠し通路に配置済みですわ。お代は高くつきますわよ?」


 マルコがニコッと笑い、手元の魔導スイッチを入れた。

 サタンの足元で、彼自身の熱に反応して数千の魔石が一斉に起爆する。

 俺がマルコに伝えてあったのは、熱に反応する魔石を最初に配置しておくこと。この策略にサタンは気づいていないだろう。


「カイン、アリシア、セレーナ! 同時に叩け!」


「おうよ! これが僕の本気だ!」


「聖なる裁きを、その身に刻みなさい!」


「永遠の静けさに沈みなさい、無骨なサタン様」


 爆発、光線、影のトゲ、シロの氷結。

 経済的に孤立し、物流を断たれ、シロによって牙を抜かれたサタンは、逃げ場のない無の檻の中で、絶望的な破裂の死を遂げた。


「はぁ、はぁ。終わった、のか?」


 カインが膝をつく。硝煙が晴れた荒野には、サタンの鎧の破片一つ残っていない。


「終わりましたわね。ふふ、セレーナ。私の光の追撃が、一番効いていたようですけれど?」


「何を仰いますの。私の影が奴の魔力の根源を吸い上げなければ、アリシア様の光などただの照明でしたわよ」


 また始まった。俺は溜息をつき、誇らしげに俺の元へ戻ってきたシロの頭を撫でる。よくやったなシロ。


「よくやったな、シロ。マルコ、戦果の計算はどうだ?」


 商人マルコは再び算盤を手に取り、素早く玉を弾いた。


「サタンの消滅により、北方の供給路の安全が確定。ただし、消費した魔石の総額と防壁の修繕費を差し引くと。リアム様、次の遠征でロベルト伯爵の隠し財産をすべて没収しない限り、今月は赤字ですわよ?」


「相変わらず厳しいな。まあ、予定通りとしよう。次はあの逃げ腰の伯爵に、本当の清算をさせてやる」


 俺の言葉に、アリシアとセレーナが同時にちょっと邪悪で艶やかな笑みを浮かべた。二人もお疲れ様だよ。王都や街道はサタンの好きにさせなかった。これで七人の大罪を討伐した。まだ残りの大罪もいる。気は抜けないな。俺が破滅するシナリオがある限り。

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