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第118話 王都封鎖と、女商人
「リアム様。王都中の全在庫、および主要な供給路の買い叩き、すべて完了いたしましたわ」
扇子をパチンと閉じ、艶やかな笑みを浮かべたのはマルコ・ディ・ヴァレンティだ。彼女は豊かな胸元を強調するような高級な法衣に身を包み、計算し尽くされた所作で俺の前に報告書を置く。
「ご苦労、マルコ。ロベルト伯爵の領地分も含まれているな?」
「当然ですわ。あのような無能な男に、この貴重な商品を管理させるなど損失以外の何物でもありません。今や王都の胃袋を握っているのは、王家でも伯爵でもなく、リアム様貴方ですわ」
マルコが計算高い瞳で俺を見つめる。彼女の頭の中では、今この瞬間も魔法計算によって弾き出された数字が踊っているのだろう。
「ふん、相変わらず銭の臭いには敏感ですわね、マルコさん。リアム様が命を懸けて戦場を整えている横で、貴女は金貨を数えて悦に浸っているのかしら」
アリシアが不快そうに口を開く。彼女の背後には、憤怒の軍勢を焼き払った聖なる魔力の残りがまだ炎のように揺れていた。
「あら、アリシア様が振りかざす正義や加護では、領民の腹は膨らみませんことはかわりますよね。兵士が剣を振るうのも、農民がクワを握るのも、すべては私が整えた円滑な分配があってこそ。聖女の派手な魔法こそ、私から言わせれば魔力の浪費、効率の悪い贅沢ですわ」
「浪費!? 私の浄化がなければ、今頃王都は呪いと疫病で壊滅していましたわ。マルコこそ、その計算機のような心に少しは慈悲というものを詰め込んだらどうですの」
「慈悲で価格は安定しませんわね。セレーナ様、貴女からも言って差し上げたら? 影で動く貴女なら、実利の重要性がお分かりでしょう」
マルコが話を振ると、セレーナが音もなく俺の背後から姿を現した。おいおい、二人だけでなく今度は三人で言い合いか。俺は頭を抱えたくなる。
「マルコの理屈は正しい。ですが、算盤がリアム様の計画より少しでも自分たちの利益を優先したなら。その喉元、影で縫い止めて差し上げますわ」
「あ、あ、相変わらず、セレーナ様は冗談がキツいですわね。私はただ、リアム様という最高級の投資先に、最大限の配当を約束しているだけですわよ」
商人マルコが引きつった笑いを浮かべる。彼女は経済の戦いには無類の強さを誇るが、物理的な暴力にはとことん弱い。典型的な商人キャラであった。
「クォオオン!」
シロが鋭く吠えた。北の空が、先ほどよりも一層険しい憤怒の魔力に染まり始めている。
「来たか。先遣隊が全滅したことで、ようやく本尊がお出ましだ」
俺が窓の外を見下ろすと、そこには王都の門へと続く一本の道が。俺が整備した新街道がある。その先から、大気を震わせるような重圧と共に、紅蓮の鎧を着込んだ巨体が歩んできた。
「サタン! あれが七人の大罪の一角」
カインが剣を握り直し、額に汗を浮かべる。
「カイン、ビビってるのかい? 貴方の剣は、あんな化け物を前にすると折れてしまいそうね」
「セレーナ、あおるんじゃねえ! あいつから放たれる熱気だけで、呼吸が苦しいんだよ!」
「落ち着け、カイン。あいつの狙いは破壊だが、その原動力は怒りだ。怒りは、対象がなければ維持できない。アリシア、セレーナ。王都の全門を閉鎖し、人っ子一人、物資一つとして外へ出すな」
「えっ? 戦うのではなく、閉じ籠もるのですか?」
アリシアが不思議そうに首を傾げる。
「違う。サタンの軍勢は、俺の考えによれば、周囲の敵意を吸収して自己強化する特性がある。ならば、王都を完全な沈黙に沈め、経済的に孤立させる。あいつらが略奪しようにも、この一帯の倉庫はマルコがすべて空にした後だ」
「左様でございます。今、サタンが足を踏み入れているのは、ただの石畳と砂漠同然の不毛の地。ふふ、あのように強大な魔王が、食料一つ見つけられずに立ち往生する姿最高に滑稽な損失ですわね」
マルコが冷ややかに告げる。
「な、なんてえ性格してるんだよ」
カインが呆れたように呟く。
「カイン、貴方は黙って私の加護を受けていなさい。リアム様、あのような化け物が、手ぶらで帰るとは思えませんわ。暴れ出したら、王都の壁など一溜まりも」
「そのために、マルコが買い占めた魔石をすべて防壁の強化に回した。アリシアの聖域をその魔導回路に連結しよう。セレーナは影を使ってサタンの軍勢の通信を遮断。あいつらを、誰にも相手にされない孤独にしてやる」
「承知いたしました。誰にも見向きもされないまま、砂を噛んで果てる。毒殺よりも残酷な結末、私の好みに合いますわ」
暗殺メイドのセレーナが薄暗い笑みを浮かべ、影の中に沈んでいく。アリシアとセレーナだけでなくマルコも重要な役割となった。カインも入れると、複雑な仕事になりそうだ。
「さあ、経済封鎖の始まりですわ、リアム様。世界で最も高く、最も残酷な入城料を、あの魔王に請求して差し上げましょう」
マルコが再び算盤を弾く。その音が、戦場に響く不気味な開戦の合図となった。




