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第117話 浄化の炎と、伯爵の悪あがき


 偽の食料庫へ、なだれ込んだ狂戦士たちが、セレーナの仕掛けた毒によって内側から崩壊を始めた。毒は成功しそうだな。断末魔の叫びが荒野に響く中、俺は城壁の上から、隣に立つアリシアに短く命じた。


「アリシア、仕上げだ。奴らの憤怒ごと焼き払ってしまおう」


「ええ、喜んで。セレーナの毒で弱り切った獣を始末するのは、少しばかり私の美学に反しますけれど、これもリアム様が望む効率のためですわね」


 アリシアが杖を掲げると、天空から目もくらむような黄金の光が降り注ぐ。


「光り輝く檻よ、迷える魂を縛り、静かなる終わりを与えなさい。聖域サンクチュアリ・オーロラ!」


 毒にのたうち回っていた軍勢が、光の柱に飲み込まれて蒸発していく。俺は凄まじいなと思うも、圧倒的な光景を城壁の影で見ていたセレーナが鼻で笑った。


「あら、相変わらず無駄に派手ですわね、アリシア様。残党を一人ずつ確実に仕留める私の方が、魔力の節約になりますのに。まるで私はここにいますと大声で叫んでいる目立ちたがり屋の聖女様そのものですわ」


「いい加減になさい。影に隠れてコソコソと針を刺すだけの貴女に、この広域浄化の爽快さが理解できて。ほら、ご覧なさい。リアム様の視界をさえぎっていた赤黒い霧が、これほどまでに綺麗に晴れましたのですから」


「ええ、晴れすぎて、貴女の騒がしい性格まで白日の下に晒されておりますわよ。リアム様、敵の本隊は今の浄化で動揺しています。追撃の指示を」


 二人の言い合いを制するように、俺は眼下で剣を構えるカインに合図を送る。ここまでは成功だ。後はカインだな。


「カイン、残った魔力の残りを叩くこと。逃がすなよ!」


「わかってる! アリシア、助かった! セレーナも、あの毒がなきゃこっちの消耗がヤバかった。サンキュな!」


 カインが光を背に突撃していく。戦場が一方的な展開になる一方で、俺の背後から別の戦場の気配が近づいていた。面倒な予感がするな。こっちはサタンの配下と戦闘しているというのに。


「リアム! 貴様、何ということをしてくれたのだ!」


 執務室から転がり込んできたのは、顔を真っ赤にしたロベルト伯爵だ。手には何やら公的な封が押された書状を握りしめている。自己中とはこのことだな。


「ロベルト伯爵、戦の最中です。無作法が過ぎますよ」


「黙れ。ギルドの監査官から連絡があった。貴様、我が領地の境界に無断で防衛設備を築いたな。これは明らかな領地侵犯いや、王国法に対する反逆だ。管理権どころか、貴様の首が飛ぶぞ。それを忠告に来たのさ」


 ロベルトは勝ち誇ったように書状を突きつけてくる。完全に俺に勝った顔しているな。書状の内容を横から覗き見た商人マルコが、わざとらしく大きな溜息をついた。


「おやおや、ロベルト伯爵様。書状、日付が昨夜になっておりますが。リアム様が土地を買い取った契約書は、二時間前に王都のギルド本部で受理されておりますよ」


「何だと?」


「ロベルト伯爵が借金の形に売り払った端切れのような荒れ地。そこを私が街道の緩衝地帯として適正価格で買い取った。ギルドの仲介料も全額支払い済みです。文句があるなら、貴方の使い込みを黙認しているギルドの副長にでも聞いてください」


 俺が冷たく言い放つと、ロベルトの顔から血の気が引いていく。俺を甘く見たな。そこらの若い貴族と思ったか。そう思った時に俺に敗北している。


「な、そんな、いつの間に」


「貴方がアリシア様に鼻の下を伸ばして、お茶を濁している間ですわ、伯爵様」


 セレーナがいつの間にかロベルトの背後に立ち、その冷たい指先で伯爵の首筋をなぞる。暗殺メイドらしい行動だった。さすがにロベルト伯爵は声を出す。


「ひっ!」


「リアム様の計算は、貴方の貧弱な計算とは桁が違いますの。アリシア様、この無能な方はどういたしましょう? 浄化し損ねたゴミとして、まとめて片付けて差し上げましょうか」


「あら、それは名案ですわね。セレーナ。私の光で、彼のどす黒い欲望ごと焼き尽くして差し上げるのも、聖女としての慈悲かもしれませんわ」


「や、やめろ! 狂っている! 貴様ら、全員狂っているぞ!」


 ロベルトは腰を抜かし、這うようにして部屋から逃げ出していった。


「クォオオン!」


 シロが勝ち誇ったように鳴き、俺の足元で尻尾を振る。


「リアム。あんな奴放っておいていいのかい? 戻ってきたらまた面倒なことを言い出すよ」


 戻ってきたカインが聖剣を素振りしながら不安げに尋ねる。


「構わん。奴が次に動くときは、ベアトリクス第二皇女が完全に切り捨てた時だ。その時には、奴の領地ごと俺の供給網に組み込んでやる」


「相変わらず、情け容赦ないですわね、リアム様。ふふ、そういうところ、本当にお慕いしておりますわ」


 アリシアが頬を染めて俺の腕に寄り添おうとするが、即座にセレーナがその間に割って入る。


「アリシア様、汗と魔力の臭いが鼻につきますわ。リアム様の清潔を保つのも私の役目。貴女はあちらで、その聖なる光とやらで自分を洗っておいでのことね」


「貴女こそ、その暗がりのような湿った空気をリアム様に伝染させないでくださるかしら。本当に、一言多いメイドですこと」


 戦場に静けさが戻っても、俺の周りの騒がしさが収まる気配はない。俺は確信していた。

 憤怒の先遣隊を退け、ロベルトの退けた今、王都の経済と防衛の主導権は完全に俺の手中にあると。


「マルコ、次の段階だ。サタンの本隊が来る前に、王都の全在庫を買い占める。飢えさせるのは、敵の軍勢だけじゃない」


 俺は赤く染まった地平線を見つめて言った。

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