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第116話 紅蓮の先遣隊と、毒液の応酬
不夜城シロ・ノヴァの北方に広がる荒野。そこには見たことのないほど不吉な赤が地平線を埋め尽くしていたという報告。
憤怒のサタンが解き放った先遣隊だろうな。狂戦士の群れだと思われる。奴らは呼吸をするたびに口から熱を吐き出し、ただ破壊衝動のままに突き進んでくるのが得意だな。
「暑苦しいですわね。あのように理性も品性も焼き切れた獣たち、見ているだけで肌が荒れそうですわ」
防壁の最上階。セレーナが扇で顔を煽りながら、吐き捨てるように言った。横では、アリシアが聖なる魔力を指先に集め、優雅に髪を整えている。
「セレーナのように陰気な影に潜む者には、あの輝かしい赤は眩しすぎるのかしらね。救いようのない獣たちですけれど、少なくとも貴女の毒舌よりは真っ直ぐで潔いんじゃなくって」
「ふふ、聖女様の仰る真っ直ぐというのは、猪突猛進して罠に掛かる間抜けのことですの。それならあのアリシア様お気に入りのカインとやらも、同類かもしれませんわね」
城壁の下、防衛線の最前線にはカインが立っていた。カインは俺から預かった新開発の魔導具で、魔力を指向性のある熱線に変える長剣を構え、押し寄せる赤き波を睨みつけている。
「おい、上から聞こえるぞ! セレーナ、あとで覚えておけよ! アリシア様も、そんなに余裕こいてていいのかよ。奴ら、普通じゃないぞ!」
「あらカイン、聞こえていましたの? 貴方の耳だけは獣並みに優秀なようですわね。安心なさい、貴方が無様に踏み潰されたら、その死体だけは影の中に片付けて差し上げますから」
「縁起でもねえこと言うな! カイルの野郎ならもっと上手くやるんだろうが、今は俺がやるしかねえんだ」
カインが剣を振るう。俺が調整した魔導回路が作動し、剣身から放たれた衝撃波が狂戦士の先頭集団を文字通り消滅させた。敵の数は一向に減る気配がない。
「クォオオン!」
俺の足元でシロが鋭く吠える。敵の背後に、さらに巨大な魔力の揺らぎを感じ取ったのだろう。
「わかっている、シロ。アリシア、セレーナ。無駄口はその辺にしよう。敵の本隊が動くぞ。サタンの加護を受けた憤怒の代行者が来る」
本体の情報は原作知識である。俺の声に、二人の空気が一瞬で変わった。
「リアム様、失礼いたしました。ですが、あの程度の雑兵、私とセレーナが手を組めば、物流を止めるまでもなく塵にできますわ」
「手を組む? 冗談はやめてくださいませ。私が奴らの足元を影で縛り、アリシア様がその上から光で焼き払えば、少しはマシな風景になるでしょうけれど」
「あら、それは結局協力していることになりませんか。本当に素直じゃありませんわね」
二人のやり取りをよそに、俺は手元の羊皮紙の原作知識を元に作成した敵軍の配置予測図を確認する。
憤怒の軍勢の弱点は、その高い攻撃性能と引き換えにした補給概念の欠如だ。奴らは略奪でしか維持できない。ならば、この一帯の物流を完全に掌握している俺たちが、意図的に空の回廊を作ればどうなるか。
「カイン! 予定通り第一防衛線を放棄だ。奴らを飢えの領域へ誘い込むとしよう」
「正気かよリアム! ここを引いたら、後ろの村が!」
「心配するな。村の連中と物資は昨夜のうちに、俺の整備した最短街道を通って避難済みだ。今あそこにあるのは、セレーナが用意した特製の劇物を混ぜた偽の食料庫だけだ」
俺の言葉に、セレーナが口角を吊り上げた。
「左様でございます。私の毒に耐えられるほど、彼らの内臓が頑丈だとよろしいのですけれど。まあ、せいぜい内側から煮え繰り返って、のたうち回るのがお似合いですわ」
「性格が悪いですわね、セレーナは。でも、リアム様。その間に私が聖域を展開し、逃げ場を失った彼らを浄化して差し上げてもよろしいかしら。苦しみ抜いて死ぬよりは、私の光に焼かれる方が幸福でしょう」
「どっちもどっちだな。シロ行くぞ。サタンの配下どもに、シロ・ノヴァの経営術が、剣よりも鋭いことを教えてやる」
「クォオオン!」
シロが激しく鳴き、防壁全体が震える。セレーナには劇薬を食料に混ぜるように伝えてあった。その上でアリシアの追加攻撃も用意してある。迫る狂戦士たちが、罠とも知らずに空の村へと崩れ込んでいく。
俺の脳内には、敵の自滅までのカウントダウンが明確に刻まれていた。それとロベルト伯爵も動きがありそうか。ロベルトは俺をサタンの手が来ている状況を利用してくる。自分の利益が上がればそれでいいというわけか。貴族らしい傲慢な考えだな。俺はそう簡単にはロベルトの策に従うつもりはないけどな。




