12話
第12話 法衣と理性の境界
祭壇の頂。そこに、闇を吸い込んだような鈍い輝きを放つ黒い法衣が浮かんでいた。探していたものに他ならない。
不撓不屈の法衣。
原作ゲーム知識によれば、これはあらゆる魔法攻撃を無効化し、持ち主の魔力出力を限界以上に引き出す、ぶっ壊れ装備の一つだ。俺はためらうことなく、その滑らかな布地に手を伸ばした。
「やっと手に入れた。これで俺の生存率は跳ね上がる」
羽織った瞬間、全身に電気が走ったような衝撃があった。
視界が真っ赤に染まり、心臓が爆音を立てて脈打ち始める。
「ぐ、ああっ!? なんだ、この魔力の流れは!」
「リアム様!? いかがなさいましたの、そんなに苦しそうに!」
駆け寄ろうとするアリシアを、俺は手で制した。
頭の芯が焼け付くように熱い。脳内の真理の速読が制御不能な速度でページをめくり、膨大な魔法知識が強制的に意識へと叩き込まれていく。
クソ、これか!
ゲームの設定にはなかった、隠されたデメリットバグか。
この法衣は、魔力を引き出す代わりに、着ている者の理性を燃料として燃やし尽くす。
意識が混濁し、目の前のアリシアさえ排除すべき対象に見えてくる。
「どけ。どけ、アリシア。俺に近寄るな、殺して、しまう!」
「まあ、殺すだなんて! そんなに強く私を求めてくださるのですか?」
「違う! 冗談を言ってる場合じゃあ、ああああ!」
俺の体から、黒い稲妻が制御を失って周囲の壁を砕き始めた。
アリシアは怯えるどころか、うっとりとした表情で俺に一歩近づく。
「リアム様、苦しいのでしょう? あなたの気高い理性が、その強すぎる力に耐えかねて悲鳴を上げていますわ」
「黙れ! 俺は、俺の意識を、失うわけにはいかないんだ!」
「いいえ、失っていいのですわ。理屈や理性なんて、私たちが一つになる邪魔な壁でしかありませんもの。ねえ、リアム様。今のあなた、とっても素敵。獣のように私を睨んで」
「正気か、お前! 離れろと言って、ぐっ、がはっ!」
膝をついた俺の顔を、アリシアが両手で優しく包み込んだ。
彼女の指先から、どろりとした闇属性の魔力が流れ込んでくる。それは俺の暴走を鎮めるためではなく、むしろ俺の狂気に寄り添うような不気味な感触だった。
「大丈夫ですわ、リアム様。あなたの理性が壊れて、何も分からなくなっても。私があなたの代わりに考え、あなたの代わりに世界を呪ってあげます。あなたはただ、私の腕の中で、最強の王として君臨していればいいのです」
「お前の言いなりに、なるつもりは、ない」
「あら、そんな意地を張るところも大好きです。でも、見てください。あなたの魔力が、私の闇と混ざり合って、こんなに綺麗」
アリシアの瞳が至近距離で、ぐるぐると不気味な光を放つ。
俺は必死に歯を食いしばり、消えゆく理性をかき集めて、脳内のスキルを強引に書き換えようとした。
ふざけるな!
俺は、誰の操り人形にもならない。 アリシア、お前の愛ごと、この法衣を捻り潰してやる。
「ふふ、無駄ですわ。今のあなたは、私の愛の檻の中。さあ、すべてを委ねてくださいな。私たちの新しい、終わらない夜が始まりますのよ」
「やかましいんだよ、ストーカー聖女がぁ!」
俺は最後の理性を振り絞り、自分自身の精神に強制沈静の魔法を叩き込んだ。
一瞬、意識が真っ白に飛び、法衣の暴走が止まる。
俺はそのまま、アリシアの腕の中に崩れ落ちた。




