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第113話 暴落の鐘、狂乱の市場


 不夜城シロ・ノヴァの朝は悲鳴と共に幕を開けた。

 ギルドが管理する中央倉庫から、信じられない量の物資が市場へ流出したのだ。


「信じられませんわ。リアム様、あんな傲慢なだけのロベルト伯爵を、これほどまで完璧に飼い慣らしてしまわれるなんて」


 アリシアが法衣の袖を揺らし、窓から見える市場の騒がしいのを眺めて溜息をついた。横では、セレーナが短剣を磨きつつ薄く笑っている。


「あら、アリシア様。貴女が王城で無駄に高い身分を振りかざして時間を稼いでいる間に、私はリアム様の影として、伯爵の喉元にこの証拠を突きつけて差し上げたのですわ。貴女のように祈っているだけで物事が解決すると思っているお気楽な聖女様とは、積み上げてきた功績が違いますの」


「なにが言いたいのかしら。私が城で貴族たちの毒気に当てられながら、どれだけリアム様への風当たりを削いでいたと思っているのですか。セレーナこそ、影に隠れてコソコソと書類を盗む以外に能がないのではなくて」


「ふふ、そのコソコソした動き一つで、今や王都の物価はリアム様の掌の上ですわ。アリシア様のその神々しいだけの光で、小麦の値段を下げられるのかしら」


「お黙りなさいな、この暗殺メイド。リアム様、お聞きになりました? セレーナは私を無能呼ばわりいたしましたわ」


 二人の激しい視線の応酬を無視し、俺は地図の上に商人マルコから届いた報告書を広げる。


「騒ぐな。お前たちがそれぞれの役割を果たしたからこそ、ロベルト伯爵を動かす過剰な圧力が完成したんだ。カイン、城の方はどうだ」


 部屋の隅で、聖剣の修練を終えたカインが汗を拭きながらこちらを向く。


「凄まじい反響だよ。ベアトリクス第二皇女派の貴族たちは、自分たちが買い占めていた物資の価値が紙クズ同然になって、パニックに陥ってる。でも、アリシアの言う通り、ロベルト伯爵がここまで素直に動くなんて思わなかったよ」


「あいつは素直になったんじゃない。俺に握られた横領の証拠と、今すぐ在庫を放出すれば横領分を帳消しにするだけの利益が出るという俺の計算に屈しただけだ。強欲な奴ほど、数字の暴力には弱いからな」


 シロが足元で、


「クォオオン!」 


 と同意するように吠えた。


「あら、シロもそう思いますわよね。リアム様の計算高さは、もはや人の領域を超えておりますわ。それに引き換え、セレーナの顔は相変わらず冷酷な暗殺者のまま。少しはシロの愛くるしさを見習って、リアム様を癒やす努力をしたらどうかしら」


「アリシア様こそ、その厚化粧でリアム様の視界を汚すのはお止めなさいな。リアム様が必要としているのは、側に控える聖なる置物ではなく、敵を確実に狩る鋭い刃つまり私ですわ」


「なっ! 化粧などしておりませんわ! これは生まれ持った聖なる輝きです!」


「あら、そうでしたの。随分と不自然な輝き方ですこと。私の淹れるお茶の表面に浮く油膜のほうが、まだ自然な光を放っておりますわよ」


「後で聖水でその口を清めて差し上げますわ」


 再び始まった舌戦を、カインが困り顔で眺めている。俺も同じ気持ちである。シロも困った顔に見えるな。


「ねえ、セレーナ。さっきからアリシアに突っかかってるけど、本当は彼女の結界が完璧だったから、君も動きやすかったんじゃないのかい?」


「カイン様、余計なことを言わないでくださいまし。まあ、あのアリシア様にしては珍しく、一分一秒の狂いもなく障壁を維持していたことは認めますわ。おかげで、伯爵の私兵たちに気づかれずに済みましたけれど」


「あら、聞こえましたわよ。ようやく自分の未熟さを認めたということね」


「ふん、協力関係における最低限の評価をしたまでですわ」


 セレーナがそっぽを向くと、アリシアもふいっと顔を背けた。二人の魔力の波長は完璧に安定して同調している。これが、俺が求めていた機能としての連携だ。


「リアム。これでベアトリクス第二皇女の物流封鎖は、事実上崩壊したと考えていいのかい?」


「いや、第二皇女のことだ。市場が崩壊したなら、次は法で攻めてくる。ギルドの特権を盾に、シロ・ノヴァへの通行許可を取り消しにかかるだろうな」


 俺は机の上の駒を一つ進める。

 原作の知識によれば、彼女はここで聖王国の外交圧力を利用するはずだった。このシナリオでもやってくる可能性はある。俺としては準備はしておく。


「アリシア、カインたちは明日、教団の使節団と接触しよう。セレーナは皇女の直属騎士団の動きを監視。減衰に対抗するには、さらに大きな剛性をぶつける必要がある」


「リアム様。もし、第二皇女がそれ以上の強硬手段に出るつもりなら」


 アリシアが不安そうに俺の服の裾を掴もうとして、セレーナの冷たい視線に気づき、慌てて手を組んで祈りのポーズを取った。


「その時は、俺がこの手で王都の物流の仕組みそのものを書き換えてやる。マルコを呼ぼう。明日、ギルドの全会合に新規参入者として乗り込むぞ」


「クォオオン!」


 シロの雄叫びが部屋に響く。シロはじっとしているよりも行動したいか。

 俺の頭の中には、すでに次の最適解が描かれていた。

 第二皇女が何を企もうと、俺の街道を止めることはできなくさせる。

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