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第109話 ぬかるみの再起と、ギルドの招集
「全車、停止だ。荷を下ろそう。ぬかるみに沈む前にな」
俺の指示が響く。新街道の強固な路面が、ベアトリクスの減衰によって無惨に崩れ、湿地帯のように変わっていた。
姉のフィオナが膝をつき、自分の手を汚しながら泥を掴む。
「信じられない。私の剛性を、これほどまでに根こそぎ奪い去るとは。リアム様、妹ベアトリクスは、ただのわがままな皇女ではない。存在そのものが剥奪なのです」
「分かっている。だが、立ち止まっても物流は回復しない。アリシア、セレーナ、カイン。一度、王国へ戻る。補給路の再編と、ベアトリクスへの対策が必要だ」
「承知いたしましたわ、リアム様。おーっほっほ! と笑って逃げたあの蛇女、次は私の魔術で黙らせてやりたいですわ」
アリシアがドレスの裾を気にしながらも、鋭い視線を空の彼方へ向けた。
「あら、アリシア。貴女のその小さな魔力で? 相手は帝国の第二皇女ですのよ。身の程をわきまえたらどうかしら? 泥遊びなら、一人で十分でしょうに」
セレーナが冷ややかに言い放つ。
「私が劣るとでも? セレーナこそリアム様の足手まといにならぬよう、その派手な飾りを外して馬車でも引いたらどうですの」
「ふん、少なくとも貴女のように、危機に際して声を荒らげるだけの無能ではありませんわ」
「二人とも、そこまでだ。王国に戻るぞ」
俺が割って入ると、二人は「ふんっ」と顔を背けた。全く、どんな状況でもこの調子か。
「カイン、悪いが破損した物資の目録を作ってくれ。後で商人マルコに提出する」
「分かりました、リアム。しかし、この街道古龍の核まで響いていなければいいが」
カインが心配そうに地面を見つめる。
「構造の根幹は無事だ。フィオナの力で一時的に硬化させておこうか。俺たちは一度ギルドへ向かう」
「クォオオン!」
シロが同意するように、力強く吠えた。
◇
王国の冒険者ギルド。その最深部にあるマスター室で、ギルドマスターのカサンドラは、俺の報告を聞いて煙を吐いた。俺は街道の件、ベアトリクスのことを話した。
「ベアトリクス、か。帝国の狂い花が動いたね。リアム、あんたの物資の街道が、あちらさんの逆鱗に触れたってわけだ」
「合理的じゃない嫌がらせだ。おかげで予定が大幅に狂った。街道の修復には時間がかかる」
「だろうね。休んでいる暇はないよ。あんたに新しい依頼だ。断る権利はないと思っておくれ」
カサンドラが机に一枚の羊皮紙を叩きつけた。依頼? なんだろうか、まさか残りの大罪か。
色欲のリリス討伐。
強欲のマモン討伐。
暴食のベルゼブブ討伐。
怠惰のベルフェゴール討伐。
4人の大罪を倒した。残りは3人となったが、今のところは大罪の話を聞いていない。
「王国北部の農村だ。最近、魔物が農作物を荒らしている。ただの被害じゃない。地面そのものが死にかけ、植物が異常な速さで枯れているらしい」
「植物が枯れる? それは単なる獣の仕業じゃないな」
「そうさ。依頼主は農民たちだが、裏で糸を引いている何かがいる。リアム、あんたの知識で、この事態を解決してきな」
「物流の次は農業か。効率が悪いな。食料の確保は最優先事項だ。受けてやろう」
「よろしく頼のむ。カインも頑張って」
「頑張ります」
内政もあるし、街道の建設もしていて忙しいところへ今度は農民の様子を見てこいとなった。大罪のこともあるし、向かうと決めた。
◇
翌日。俺たちは依頼のあった村へと向かった。
村の入り口では、痩せ細った農民たちが、絶望した表情で畑を見つめていた。
「ギルドの方ですか。見てください、この畑を。一晩で、すべての麦が炭のように」
アリシアが畑に足を踏み入れ、眉をひそめた。
「これは嫌な気配ですわ。ただの腐敗ではありませんわね」
「そうですね。生命力が無理やり吸い取られたような。カイン、何か感じますか?」
セレーナが問いかけると、カインは剣の柄に手をかけた。
「あそこです。森の奥から、歪んだ魔力を感じます。魔物というよりは、呪具のような」
「クォオオン!」
シロがいち早く反応し、森へ向かって駆け出した。
「行くぞ。原因を叩き潰して、さっさと食料生産を正常化させよう。農民のために。セレーナ、浄化の準備をしておくこと。アリシアはカインの後ろだ。俺の計算をこれ以上狂わせるものは、すべて排除する」
どんな魔物かまだはっきりとしない。森の奥で俺たちを待っていたのは、植物を腐らせ、周囲の魔力を吸収し続ける巨大な腐肉の花、ミート・ブロッサムだった。
「ふん、効率の悪い食事だな。シロ、仕掛けるぞ!」
俺の掌から、古代魔術の術式が展開される。ベアトリクスの件で溜まっていたストレスを、この魔物にすべてぶつけてやることにした。




