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第108話 帝国の狂花と、崩れる計算


 帝国の正規軍を俺の言う通りにさせて、物流の要として再編する。

 俺が描いたその設計図は、不吉な黒塗りの飛空艇によって、音を立てて破り捨てられた。


「計算外だな。フィオナ、あの飛空艇の紋章、見覚えがあるぞ」


「ななな、なななななっ、なぜ彼女がここに。リアム様、あれは私の妹、ベアトリクスだ。帝国の中でも最も蛇に近い女だぞ」


 フィオナが忌々しげに顔を歪める。降り立ったのは、紫のドレスを翻す少女だった。第一皇女フィオナの妹が第二皇女ベアトリクスであった。


「あらあら、お姉様。こんな辺境の、豚の餌のようなパンを配る現場で何をしていらっしゃるの? 帝国の誇りは、そのパンと一緒に胃袋へ流してしまったのかしら?」


「ベアトリクス! 貴様、何の権限があってここに来た!」


「権限? 笑わせないで。お父様は、無能な姉が辺境の小悪党に惑わされたと聞いて、私を派遣されたのですわ。さて、貴方がその小悪党、リアム・ド・グラナードかしら?」


 ベアトリクスが扇子を向け、俺を値踏みするように見つめる。この感じだと、姉と妹の仲は良いとはいえないか。となると面倒っぽいな。


「小悪党で結構だ。今は仕事中だ。邪魔をするなら、帝国の皇女といえど追い出すぞ」


「ふふ、威勢がいいですわね。ですが、貴方のその浅薄な聖王国と帝国の街道の物流構想、今この瞬間をもって凍結させていただきますわ。お姉様、貴女が施した街道の剛性、私がすべて減衰させておきましたわよ」


「なっ何だと!?」


 フィオナが絶句する。見れば、これまで岩のように強固だった新街道の路面が、みるみるうちに、もろい砂利へと変わっていく。


「おい、ベアトリクス。この街道は帝国、聖王国、そして俺の領地を結ぶ命の糸だ。これを壊して、帝国に何の利益がある?」


「利益? そんなもの、私がこれから独占するから生まれるのですわ。貴方の物流網は、明日からすべて帝国のいえ、私の直轄管理下に置きます。従わない商人の荷は、すべて私の魔力で腐らせて差し上げますわ」


「正気か? そんなことをすれば、流通が滞り、帝国内の物価も跳ね上がるぞ。お前の国が死ぬんだぞ」


「死ねばいいではありませんか。生き残った強者だけが、私の足元にひざまずけば、それで十分。さあ、リアム様、貴方の完璧な予定が崩れる音、聞こえていらっしゃるかしら」


 アリシアが激昂して前に出る。


「貴女! リアム様の努力を、そんな身勝手な理由で踏みにじるなんて! 万死に値しますわ!」


「あら、そのお人形のような女が、噂の没落令嬢? お似合いですわね、無能な男には無能な女が」


「セレーナ、カイン。総員、荷馬車を止めろ! 街道の地盤が持たない!」


 俺の指示は間に合わなかった。

 過積載気味の大型馬車が、もろくなった街道に足を取られ、無惨に横転する。積まれていた貴重な魔導結晶と、聖王国から運んできたばかりの食料が泥の中に散らばった。


「クォオオン」


 シロが悲しげな声を上げる。

 

「くそっ。この物量とタイミングで地盤を殺されるとは。ベアトリクスは自分が何をしたか分かっているのか。これでシロ・フォートレスへの供給は一ヶ月以上遅れるぞ」


「それが私の望みですもの。さあ、リアムの合理とやらで、この絶望をどう計算し直すのかしら? 楽しみにしておりますわね。おーっほっほっほ!」


 高笑いと共に飛空艇へと戻るベアトリクス。

 残されたのは、寸断された街道と、泥にまみれた物資、そして、

 

「リアム様、申し訳ない。私の甘さが、この事態を」


「謝るな、フィオナ。認めざるを得ないな。俺の物流構想は、今、明確に失敗したからな」


 目の前の惨状を見つめながら、俺は脳内の地図を真っ白に戻した。

 帝国第二皇女、絶対に後悔させてやる。

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