107
第107話 供給断絶の帝国攻防戦
空を埋め尽くす帝国の魔導飛空艇が、聖王都の空に巨大な影を落としていた。
空の光景は破滅の予兆だった。今の俺にとっては、ただの不効率な鉄の塊が並んでいるに過ぎないからな。
「リアム様、見てくださいませ。魔導飛空艇たち、わたくしたちの美しい街道を汚す気満々ですわ。ふふ、でも安心してくださいな。わたくしが極大魔法で、魔導飛空艇のゴミを一掃して差し上げますわ」
「相変わらずその頭の中は光魔法で焼き切れているようですね。あのような高価な魔導機械を破壊するなど、主の美学に反します。主が求めているのは破壊ではなく、略奪を伴わない所有権の移転。すなわち、相手が膝を屈して差し出す状況を作ることです。アリシア様のような大雑把な女には、その繊細な計算は一生理解できないでしょうが」
「言ってくれるわね。セレーナこそ影の中でじっとしていなさいな。主の隣で勝利の喝采を浴びるのは、このアリシア・ド・グラナードですわ。セレーナのような、主の背後にこびりついたススのような女ではありませんわ」
「ススは火を消した後に残るもの。アリシア様のように無駄に燃え上がるだけの存在が消えた後、最後に主の役に立つのは私です。主、帝国軍の進軍速度から逆算した補給物資の到着予定時刻、およびその輸送経路の特定を完了しました。いつでも遮断可能です」
「二人とも、私語を慎むのを俺は望む。セレーナはよくやった、ありがとう。アリシアは魔力を温存してくれ。カインは震えすぎだ。聖剣が鞘の中でカタカタ鳴っているぞ」
俺の言葉に、カインが情けない声を上げた。魔導飛空艇にびびっているようだ。
「だって、リアム、相手は雷光の将軍が率いる帝国正規軍だよ!? 物流を止めるだけで勝てるなんて、そんなの、おとぎ話でも聞いたことないよ。僕、やっぱり前に出て戦った方がいいんじゃ」
「カイン様は本当に救いようのない武骨者ですね。剣を振るうしか能がないのであれば、そこら辺のカカシと変わりありませんわ。リアム様が立てられた策は、血を流さずとも敵を飢えさせ、戦う意欲を根こそぎ奪う至高の芸術ですのよ」
「アリシア様の言う通りです。カインは、その光る棒を抱えて、主の背中で震えていればよろしいのです。主、帝国の先陣が我が街道の第一結界を越えました。シロ、準備は?」
「クォオオン!」
シロが俺の足元で低く喉を鳴らす。瞳には、すでに帝国の飛空艇が運んでいる食料の魔力的波動が映っていた。
「始めろ。シロ、街道に敷いた術式を反転させよう。帝国軍が積み込んでいる魔導保存食に付与された防腐の術式を、そのまま腐敗の触媒に変える」
俺の指示と同時に、シロが鋭い声を上げた。
「クォオオン!!」
大気を震わせるシロの声が、街道全体に埋め込まれた古龍の核と共鳴する。
帝国軍の飛空艇群から、突如として異臭が立ち上り始めた。
「な、何だ!? 食料が一瞬で腐り落ちていくだと!?」
飛空艇からの通信魔法が混線し、狼狽する兵士たちの声が響く。
「ふん、無知な連中だ。魔導保存食は、外部からの魔力干渉に弱い。セレーナ、第二段階に移行しよう。帝国軍の輸送ギルドに潜り込ませた者に、偽の補給情報を流そう。彼らが次にたどり着くはずの補給地点には、食料ではなく、我が領地特産の頑丈すぎて噛み切れない石のパンを山積みにさせておけばいい」
「御意、主。すでに手配済みです。ついでに、彼らの水袋の中身をすべて、一瞬で胃腸を刺激する薬入りの水に差し替えておきました。今頃、帝国の精鋭たちは戦場ではなく、お便所の奪い合いをしているはずです」
「セレーナという女は本当に性格がねじ曲がっていますわね。嫌いじゃありませんわ。リアム様のために、そこまで徹底的に泥を被るその姿勢だけは、認めて差し上げてもよろしくてよ」
「アリシア様に認められても、主の評価には何の影響もありません。主、敵の将軍が激しく全軍に突撃命令を下しました。どうやら、空腹のあまり理性を失ったようです」
「いいだろう。カイン、出番だ。戦う必要はない。聖剣を天に掲げ、まぶしく輝かせるんだ。ここに来れば温かい飯が食えるぞと、腹を空かせた哀れな連中に教えてやるんだ」
「えっ? あ、ああ、分かったよ! 光り輝け、ガラティーン!」
カインが掲げた聖剣が、戦場を真昼のように照らし出す。
空腹と腹痛に喘ぎながら突撃してきた帝国兵たちの目に映ったのは、俺が用意させた巨大な炊き出し用の釜と、山積みの焼きたてパンだった。
原作知識では、ここで数万の兵が激突し、数年にわたる泥沼の消耗戦が続くはずだった。供給を断ち、こちらが新たな供給元になれば、戦争そのものが成立しなくなるのが目的だ。
武器を捨て、パンの香りに吸い寄せられてくる帝国兵たちを眺めながら、俺は手元の計算盤を弾いた。
「マルコ。帝国兵一人につき、パン一個と引き換えに武器を回収とする。回収した魔導武器は、そのまま街道の街灯の材料に再利用する。無駄のない、良い巡りだと思わないか?」
「リアム様、貴方は本当に、恐ろしい御方です。でも、わたくし、そんな貴方に一生ついていくと決めました」
「主。敵の将軍が、パンを片手に泣きながら降伏文書に署名しました。これで、聖王国と帝国の間の壁は、名実ともに消滅しました」
「ああ。物流の障害が、また一つ消えたな」
俺は満足げに鼻を鳴らすシロの頭を撫で、遠くの地平線を見つめた。
「さて。次は、この平和を邪魔しようとする怠惰な連中を、叩き起こしに行くか」




