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第106話 物流と帝国の宣戦
聖王都の検問所が自由通行となったことで、街道には見たこともないほどの物資が溢れていた。俺は王都の広場に設営された仮設の荷受所で、帳簿を片手に流れを注視する。俺の構想に近い形になったかな。活気があるからな。
「計算通りだ。聖王都の余剰穀物が帝国へ流れ、帝国の工芸品が聖王国へ入る。この循環を止めていたのは、関税だったというわけだ」
「リアム様、ご覧になって。街の人々の顔に活気が戻っていますわ。でも、少し騒がしすぎますわね。わたくしたち貴族が歩く道くらい、金糸の絨毯を敷き詰めて整理させるべきではなくて?」
アリシアが豪華な扇子を広げ、行き交う荷馬車を眺めながら不満を漏らす。
「相変わらずその頭の中は花畑のままのようですね。主が構築されたのは巡りです。絨毯など敷けば、荷馬車の車輪が重くなり、供給速度が零点数パーセント低下します。アリシア様の存在自体が、主の計算における最大の摩擦だと気づけませんかね」
「なんですって、セレーナこそ影の中でホコリでも数えていなさいな。主の隣で光り輝くのは、公爵家の令嬢であるわたくしの役目ですと言っておきます」
「光り輝く? 眩しいだけです。主が求めているのは、一切の無駄を削ぎ落とした静かなる機能美。主、地下の備蓄庫の整理は完了しました。不浄な穀物はすべて、影の毒で分解して肥料に変えてあります」
「ああ、助かる。セレーナは少し休みを取っていいぞ。アリシアはそうだな。その溢れる魔力を、聖女との共同作業に回して来るのもいいだろう。民に顔を売っておくのも、後の支配に役立つ」
「主の仰せのままに。聖女と共に、リアム様の慈悲深さをこの街に刻んでまいりますわ」
「主。アリシア様が行くと、慈悲ではなく威圧になりそうですがよろしいので?」
「構わん。恐怖による統治も、時には物流を円滑にする。カインは何を突っ立っている。ギルドの連中が、荷受所の護衛に不満を垂れているぞ。勇者様として、少しばかり穏やかにして欲しいが」
荷受所の隅で、ギルドの荒くれ者たちに囲まれているカインを指差す。
「ええっ!? リアム、僕が? 勇者の僕が、ギルドの揉め事の仲裁なんて。聖剣ガラティーンが泣いちゃうよ」
「聖剣は泣かない。泣くのは、護衛が機能せずに荷物を奪われる商人たちだ。行くんだ頼むぞ」
「うう、分かったよ。あ、あの、皆さん。喧嘩はやめてください! 僕と一緒に、荷運びをしませんか? 痛っ、石を投げないで!」
大丈夫かな。カインが揉みくちゃにされるのを横目に、俺は手元の水晶板に意識を向けた。聖王都の物流拠点化は完了した。次は、この安定を脅かす外的要因の排除だ。
「来たか」
突如、王都の鐘が鳴り響く。鐘は祈りの時間を示す鐘ではない。警戒を呼びかける、鋭い鐘の音だ。
「報告を! リアム卿、大変ですわ!」
聖女クラリスが、肩を震わせながら駆け寄ってくる。その後ろには、顔を真っ赤にしたアリシアと、冷ややかな視線を崩さないセレーナが続いていた。
「クラリス、慌てるな。帝国の動きか?」
「はい。帝国の国境守備隊が、我が聖王国の領土に向けて進軍を開始したとの報が入りました。それも、不当な市場独占を排除するという大義名分を掲げて」
「市場独占、ね。単に、利権を俺に奪われたのが気に食わないだけだろう」
「リアム様、これは宣戦布告ですわ。わたくしたちの美しい街道を、野蛮な帝国軍が踏みにじろうとしていますのよ。お許しになれますか」
「主。影の報告によれば、帝国の最前線には雷光の将軍が控えているようです。いかがなさいますか。私が今夜、その首を影に沈めてまいりましょうか」
「セレーナ。それでは一時しのぎにしかならんな。街道の物流とは、暴力ではなく、圧倒的な利便性で屈服させるものだ。そうだな、とりあえずカインは戻っていい。戦争だ」
「えっ? 戦争? 君がそんなことを口にするなんて」
カインが、泥だらけの顔で駆け寄ってくる。
「勘違いするな。俺がするのは武力衝突ではない。帝国の経済を、供給路の遮断と情報の飽和で、内部から崩壊させる。物流を握る者が、戦場を支配することを教えてやる」
俺の背後で、シロが低く唸りを上げた。
「クォオオン!」
「シロ、頼んだぞ。街道の防衛術式を起動してくれ。帝国軍が踏み込んだ瞬間に、彼らの持つ保存食をすべて、我が領地の物へと変換する」
空が、帝国の魔導飛空艇の影で覆われ始める。
俺の口元には笑みが浮かんでいた。
原作シナリオにもあったが、物流王による戦争が幕を開けようとしていた。少し変わったシナリオにしてやろう。
「帝国が動くのは計算の内だ。この戦争が終わる頃には、帝国の皇帝さえも、俺の敷いた街道なしでは朝食さえ食べられなくなっているだろう」




