表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/139

105

第105話 影と聖女の祈り


 聖王国の国境検問所を自由通行にして開放した俺たちは、その足で聖王都へと向かっていた。役人の腐敗は確実にあるのはわかったから、取り除くとしていくのはこれからもあるだろう。王都を目前にした街道の宿場町で、俺たちは奇妙な静けさに包まれる。

 人影はあるが、活気がない。行き交う民の目はうつろで、まるで何かに魂を吸い取られているかのようだった。なにか変だな。


「リアム様、この空気、不快ですわ。光の加護が届かない、粘つくような悪意を感じますの」


 アリシアが扇子で口元を覆い、眉をひそめる。

「アリシア様、ようやくその節穴のような目でも異変に気づけましたか。主、この街の地下、および路地裏の影に寄生している連中がいます。それも、聖王国の高官と繋がっている質の悪い連中が」


 セレーナが俺の影から音もなく滑り出し、報告を口にする。いつも報告ありがとう。


「だろうな。この時期、聖王都周辺では忘却の香料を使った人身売買が横行していたはずだ。背後にいるのは聖教会の枢機卿。セレーナの出番だ。俺たちが表で聖女と会談している間に、ネズミを一匹残らず仕留めて来てほしいが、できるか?」


「御意、主。誰にも悟られぬよう、慈悲なき終わりを刻んでまいります」


「えっ、リアム? セレーナさん一人で行かせるの? 相手は枢機卿の私兵なんだろ? 僕も行った方が」


 カインが聖剣の柄に手をかけるが、セレーナの冷ややかな目に動きを止めた。


「カイン様、貴方はただ光るだけの剣を抱えて、主の隣でカカシのように立っていればよろしいのです。貴方のような目立つ存在が動けば、ネズミが逃げてしまいます」


「か、カカシって。僕、一応勇者なんだけどなあ」


「あら、セレーナこそ、主に隠れて一人で良い格好をしようだなんて、浅ましいですわ。わたくしがこの不浄な街を光で浄化して差し上げてもよろしくてよ」


「アリシア様が魔法を放てば、その瞬間に街ごと消し飛ぶでしょう。主が求めているのは、緻密で静かな街の正常化です。貴女のような大雑把な光は、今はただの騒音でしかありません」


「なんですって? この影女!」


「二人とも、そこまでにしておこうか。セレーナは俺の指示通りに行動を。アリシアは俺の隣で、聖女クラリスを制ししてくれ。アリシアの家柄と威光は、ああいう生真面目な女には効果的だ」


「主の直命とあらば。それでは、行ってまいります」


 暗殺メイドのセレーナがスッと影に沈み、気配が完全に消える。


「ふん。リアム様に必要とされているのは、やはりわたくしですわね。セレーナのような裏方は、せいぜい影の中で汚れ仕事でもしていればよろしいのですわ」


「カイン、行くぞ。シロはセレーナの影を追つてくれ。万が一、逃げ出そうとする奴がいたら、逃走経路を封鎖しろ」


「クォオオン!」


 シロが短く応え、セレーナが消えた影の跡を追うように駆け出した。頼むぞシロ。




 数分後。聖教会の地下深く、人身売買の拠点となっている広大な空洞。

 そこには、鎖に繋がれた亜人の子供たちと、それを選別する仮面の男たちがいた。


「ヒヒッ、今回の獲物は上等だ。枢機卿様も喜ばれる。ん? 影が揺れたか?」


 仮面の男が振り返るが、そこには何もない。足元から伸びる自分の影が、突然鎌のようになった。


「不浄な。主の作る新しい街道に、貴様らのような汚れは必要ないのです」


「な、何だ貴様! どこからぐあぁっ!」


 叫び声すら影に飲み込まれる。セレーナは実体を持たない黒い刃を操り、舞うように敵を斬り伏せていく。魔法の詠唱も、武器がぶつかり合う音もない。ただ、影が揺れるたびに、命の灯火が消えていく。


「主は、物流の停滞を何よりも嫌われる。子供を売り買いし、流通を歪める貴様らは、主の演算を乱すゴミ。死して、主の領地の土を肥やす糧となるがいい」


「ひ、卑怯だぞ! 姿を見せろ!」


「姿、ですか。貴方の後ろに、ずっといたはずですよ」


 男の背後から伸びた細い腕が、優しく容しゃなく首筋を撫でる。

 その瞬間、地下空洞にいた数十人の私兵は、一人の例外もなく影に貫かれた。


「片付きました。シロ、逃げた者は?」


 空洞の入り口で、シロが誇らしげに鼻を鳴らした。その足元には、数人の男たちが氷漬けにされて転がっている。


「クォオオン!」


「よくやりましたね。さて、主。地下の掃討、および被害者の保護を完了しました。これで、聖女との交渉も有利に進むはずです」


 セレーナが髪を整え、何事もなかったかのように影の奥へと消えていく。




 一方、地上。聖王都の宮殿。俺とアリシアは、困惑した表情の聖女クラリスと対峙していた。


「リアム様、信じられません。我が教会の枢機卿が、そのような腐敗を。ですが、証拠がなければ」


「証拠なら、今まさに俺の配下が現物を回収したところだ。クラリスの清らかさは買っているが、組織の膿には気づかなかったようだな。それとも、俺が今ここで、この件を各国へ供給した方がいいか?」


「あっ、お待ちください。分かりました。街道の管理権、および関税の撤廃すべて、貴方の条件を呑みましょう」


 クラリスが力なく項垂れる。


「ふん、当然の結果ですわ。リアム様の先を見通す眼力は、神の託宣よりも正確ですもの。クラリス様はただ、リアム様が整えた道を、祈りながら歩いていればよろしいのですわ」


 アリシアが勝利を確信した笑みを浮かべ、俺の肩に手を置く。


 原作知識では、この枢機卿の陰謀を暴くのはカインたちの役目だった。俺が事前に処理すれば、無駄な犠牲も時間も省ける。すべては、最速の物流のためにな。

 影から戻ってきたセレーナが、俺の背後で満足げに微笑んだのを、俺は見逃さなかった。どうやら地下教会の人身売買をあばく作戦は成功したようだな。お疲れ様。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ