101
第101話 新街道の利権争い
七人の大罪ベルフェゴールを討伐した翌朝。王都の冒険者ギルドは、昨夜の祝宴の名残と、新たな時代の幕開けに対する熱気で沸き立っていた。まだ大罪は残っているから、安心はできないな。
俺はギルドの執務室で、三つの大国を繋ぐ新たな物流路の図面を広げていた。図面には本来いるべきではない華やかな人影が三つ、俺を包囲するように存在していた。
「リアム様、見てくださいまし。私の増幅の魔力を込めたこの署名。これを街道の通行証に使えば、馬車の速度も二割は向上しますわ」
「エレナ姫、姑息な真似を。リアム様、私の浄化を施した石材を使えば、百年は壊れぬ不滅の道となります。聖王国の威信にかけ、無償で提供いたしましょう」
「口先ばかりだな。リアム様、帝国の剛性を誇る魔導重機を貸し出そう。岩山など一日で平地にしてやる。その代わり、街道の拠点は我が軍が警護する」
エレナ、クラリス、フィオナ。各国の至宝とも呼ばれる姫君たちが、俺の肩や腕に触れんばかりの距離で利権を主張してくる。
「各々、離れてくれないか。熱気で図面の魔力回路が狂うだろう。街道の主導権は俺が持つ。これは決定事項だ。シロ、位置を修正してくれ」
「クォオオン!」
足元にいたシロが銀の毛並みを揺らして一声上げると、鋭い風が巻き起こり、三人を僅かに押し戻した。
「あら、シロちゃんまで冷たいですわ。リアム様、わたくしはただ、貴方のお役に立ちたいだけなのです。シロ・ノヴァの発展は、王国の発展。そうですわよね?」
「お黙りなさい、末姫。主が求めているのは、国家間のしがらみを超えた純粋な供給の最適化です。貴女のような欲深い光は、主の眼をくらませる毒だけですわ」
影から現れた暗殺メイドのセレーナが、冷え切った声でエレナを遮る。
「あら、セレーナさん。貴女こそ、いつまでリアム様の影に寄生しているのかしら。主の隣に必要なのは、汚れを払う清浄な光。わたくしのような存在ですわ」
アリシアが扇子で口元を隠しながら、セレーナの前に立ちふさがった。俺は重要な会議をしている最中なのにな。
「清浄な光? 笑わせないでください。貴女のそれは、主の孤独を美化して悦に浸っているだけの、自己満足な輝きです。主が求めているのは、機能としての私。装飾品アクセサリーである貴女ではありません」
「なんですって? 貴女のような殺気しか取り柄のない影に、リアム様の高潔な理想が理解できて? 以前の、ただの暴食の豚だと思われていた頃から、わたくしだけはリアム様の真価を見抜いていましたのよ」
「ふん、見抜いていた? それは単なる執着でしょう。私は主の思考の断片を、文字通りその身に刻んで共有しています。貴女とは繋がりの深さが違います」
二人の周囲で、魔力がバチバチと火花を散らす。もはや毒舌の応酬というより、物理的な衝突の一歩手前だ。やかましいな本当に。
「ねぇ、リアム。僕、どうすればいい? 部屋の空気が重すぎて、聖剣が勝手に共鳴し始めてるんだけど」
部屋の隅で、派手な勇者の格好をした原作主人公のカインが震えていた。
「カインはあちらでエレナ姫たちの茶の相手でもして欲しい。セレーナ、アリシア。騒ぐなら外へ出なさい。図面の演算が三秒遅れたからな」
「「申し訳ございません、リアム様(主)」」
二人は一瞬で静まったが、視線だけはお互いを射抜かんばかりに鋭いままだ。疲れるな。
「さて。カサンドラにギルドマスターとして意見を聞こう。帝国と聖王国を繋ぐこの三首街道がある。関税の徴収権を、すべて俺の直轄にするという案、呑めるか?」
壁際で酒瓶を片手に眺めていたカサンドラが、呆れたように笑った。
「呑めるかって。普通なら戦争ものよ、リアム。でも、あんたにこれだけの各国の姫君たちを独占している現状じゃ、文句を言える国なんてないわね。冒険者たちも、あんたの作る道なら魔物の心配がないって、こぞって護衛に名乗りを上げているわ」
「当然だ。魔物の出現傾向はすでにマッピング済みだ。シロ、例の地点に空間のクサビを打て。物流の停滞は、この世で最も重い罪だ」
「クォオオン!」
シロが力強く応え、俺の足元で銀狼の威容を取り戻す。
「リアム様、街道ができたら、わたくしと一番に馬車で通りましょうね!」
「いいえ、私がその道の始まりから終わりまで、主の魂を浄化し続けますわ」
「私と、軍事演習を兼ねた試走をするのが先だ」
再び姫君たちの包囲網が縮まる。アリシアとセレーナがそれを力尽くで引き剥がそうとし、カインがその間に入って右往左往する。カインよ、勇者補正があるのだから、なんとかしてくれ。
以前のゲーム知識によれば、この街道建設は凄惨な利権争いになり、後に戦乱の火種になるはずだったイベントだ。俺がすべてを握れば、それは単なる効率化の一工程に過ぎなくできるな。
俺は、熱狂と騒ぎに包まれた執務室で、誰にも気づかれない程度の笑みを浮かべた。
「行くぞ。新時代の供給網を、この地に刻み込む」
俺の言葉に、シロの地響きのような遠吠えが重なった。




