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第100話 英雄の帰還と祝宴
王都を蝕んでいた怠惰の霧が消せて、地下迷宮の最深部から俺たちが帰還した。冒険者の前はすでに人だかりで埋め尽くされていた。なんだこの人数は。やたら人がいるなあ。
先頭で扇を揺らし、妖艶な笑みを浮かべて待っていたのは、を束ねる女傑カサンドラだ。
「ギルドへお帰りなさい、リアム。まさか本当にあの眠りの王を永眠させてくるとはね。貴方の手際、もはや人の域を外れているわよ」
「当然の帰結だ。無駄を削ぎ落とし、最良の盤面を整えれば、負ける要素など存在しない。カサンドラに言うことがあって、事後処理の報告をさせてくれ。物流の滞りは解消されたか」
「ふふ、開口一番にそれ? ええ、解消されたわ。おかげでこの街は、貴方の領地シロ・ノヴァから届く物資で溢れかえっている。ギルドの連中も、貴方のことを死神ではなく、生ける救世主と呼び始めているわよ」
カサンドラが肩をすくめた途端、周囲の冒険者たちから地鳴りのような歓声が上がった。
「おい、見たかよ! あのデカブツを倒したってのは本当だったんだな!」
「さすがはグラナード公、シロ・ノヴァの主だ! あの魔圧を跳ね除けるなんて、とんでもねぇ御仁だぜ!」
「主、あまりの喧騒に、影の術式が揺らぎます。不愉快な視線はすべて、私が闇へ沈めましょうか」
「やめなさいな。今はわたくしたちの勝利を、いえ、リアム様の偉業を称える時ですわ。見てください、あのアリのような人々の羨望の眼差し。これこそが、リアム様に相応しい光景ですわ」
「アリシア様、貴女のその独占欲、隠すつもりすらないのですね。主の価値を分かっているのは私だけです」
「なんですって? わたくし以上にリアム様を敬愛している者がいるとお思い? セレーナとは一度、じっくりと話し合う必要がありそうですわね」
またも二人のバチバチのやり取りを背に、俺はの奥へと足を進める。そこには想定外の熱量が待ち構えているような気がするが。
「リアム様!!」
扉が開くと同時に、三つの影が俺に向かって突進してきた。な、なんだよ、いきなりか。
「王国の末姫、エレナか。なぜここに」
「リアム様が戻られたと聞いて、居ても立ってもいられませんでしたの! 見てください、私の増幅の魔力が、貴方の勝利を祝してこんなに高まっていますわ!」
エレナ姫が、その小さな身体で俺の右側に抱きついてきた。彼女の魔力が周囲の空気を震わせ、祝福の鐘のような音を鳴らしている。
「あら、エレナ姫。主の隣は、影である私の定位置です。少し離れていただけますか」
「あらあら、セレーナさん。そんなに殺気立たなくても。リアム様の魂が淀まないよう、私がこの浄化の光で、隅々まで清めて差し上げますから」
聖王国の聖女クラリスが、穏やかな笑みを浮かべながら左側から俺の腕を確保した。彼女の神聖な魔力が、迷宮で浴びた瘴気を一瞬で消し飛ばしていく。
「ふん。軟弱な女たちだな。リアム様を支えるには、この私の剛性に勝る肉体と意志が必要だ。他を寄せ付けるな」
帝国の第一皇女フィオナが、甲冑の触れ合う音を立てながら、正面から俺の胸板にその剛健な身を押し当ててきた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいな、貴女たち!!」
アリシアが、杖を突き出しながら叫ぶ。おいおい、バチバチな展開になりそうな予感。俺は大罪との戦いで疲れているのだぞ。
「エレナ姫に、クラリス様に、フィオナ様まで。いくら各国の有力者とはいえ、リアム様への距離が近すぎますわ。離れなさい。その場所は、わたくしがわたくしが、いつか勝ち取る場所ですのに」
「アリシア様、今の発言は負け犬の遠吠えに聞こえますね。主、このままでは計算に支障が出ます。一度、全員を影の中に封じ込めても?」
「クォオオン!」
シロが、俺の足元で銀狼の姿になり、三人の姫君たちを威嚇するように力強く鳴いた。彼女たちはシロの迫力すら愛らしい装飾として受け流している。
「ふふ、シロちゃんも元気ね。さあ、リアム様。今夜は王国と聖王国、そして帝国の三ヶ国合同で祝宴を開きますわよ! 最高級の食料と酒、そして私の増幅させた最高の演奏を楽しみにしていてくださいませ!」
「食事の前に、私の浄化で心身を整えましょう。リアム様を、誰にも触れさせない聖域へとお連れします」
「無駄話はいい。リアム様、宴の席では私の隣に座って。帝国の武勇を語り合おうではないですか」
俺は、三人の美女に絡みつかれながら、天井を仰いだ。
「以前の原作カイルなら、俺はここで彼女たちに惨めな最期を迎えるシナリオもあった。今はこの有り様だ」
俺が作り出した新しい秩序、そしてシロ・ノヴァを核とした物流の連鎖。それが運命を塗り替え、本来相容れないはずの強者たちを俺の周りに集めているのは確かだな。
「カサンドラ。祝宴の準備をし頼む。ただし、飲み過ぎて兵の計算を間違えるような真似は許さないからな。明日からは、帝国と聖王国を結ぶ新街道の建設に着手する」
「はいはい。まったく、世界を救った直後に街道建設なんて言い出すのは、リアムくらいなものね。でも、そういうところがみんなから好かれるのでしょうね」
カサンドラが楽しそうに笑い、酒杯を掲げた。
王都の夜は、管理の支配者である俺を称える、最も熱く、騒がしい祝宴に包まれていった。




