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「セレ! お帰り、無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。おいで」
伯爵邸の玄関を開けるや否や、セレノアを待っていた長兄が両手を広げた。もう十七になるというのに兄たちはまだ子供扱いをしてくる。けれど、それが意外と嫌いではなかった。よく知らない学友の家の悪口を聞かされるのは億劫だが、家族からの愛情が鬱陶しいわけではないのだ。
ぎゅうっと力強く抱きしめられて、わしゃわしゃと頭を撫でられる。子犬にでもなった気分だ。
「パーティーはどうだった?」
「今日もスイーツが美味しかったです! 人脈の方は全然」
困り眉で兄を見上げると、長兄はでろでろと甘い顔になる。
「いいんだよセレ、きっと兄様たちがいい人を見つけてあげるからね」
長兄は装飾で重くなったセレノアのジャケットを丁寧に脱がすと傍に控えていた執事に手渡した。
「明日も学園だろう?」
「はい、明日はルノアの森で実習するんです」
「それじゃあ早く休まないと! パーティーなんてもっと早く切り上げてきてもよかったのに」
弟の明日のコンディションを心配する兄にセレノアは誇らしげに言った。
「貴族のツトメですから! ふふっ」
えっへん! と効果音がつきそうな得意顔に十も歳の離れた長兄は更に眉を垂らした。
「セレは本当に偉いね! 良い子だ。さすが兄様の自慢の弟だ!」
大げさな褒め言葉の連続に照れくさくなりながら自室へと向かう。
明日は実習。兄が心配した通り、いつもより少し体力を使う日だ。きっとすごくお腹を空かせて帰ってくるから、ディナーは大好きなミートボールスープが出るといいなあなんて能天気に考えながら眠りについた。
秋のカラッとした涼しい風を吸い込んで伸びをする。
久しぶりの実習に生徒たちはみんなソワソワと落ち着きがない。学年全体での今回の実習はいつもより規模が大きく、王都の中で一番大きなルノアの森で行われる。奥深くまで迷い込んでしまうと危険な魔獣もいるが、基本的には安全で穏やかな森だ。
「事前に説明した通り、渡した表の低級魔獣の捕獲と草花の採取をしてきてください。友人と協力しても、一人で取り組んでも構いません。終わった人からこの場所に戻ってくるように。それから、今回の実習は安全な範囲で行いますが、ここは高級魔獣もいる森です。くれぐれも奥深くには行かないように」
白いブレザーの制服に身を纏った生徒たちはチェックリスト片手に仲の良い友人たちと目配せし合う。セレノアも同じようにリュカ・モルア子爵令息とユミル・ネフィス男爵令息に笑いかけた。
教師が合図をして、皆一斉に友人たちと集まり出す。
「リュカ、ユミル、何から集めようか?」
セレノアはチェックリストを両手で掲げるようにして尋ねた。花が三種に薬草が二種、木の実が一種類に低級魔獣のブラックラビット。
「薬草は量をたくさん集めなくてはいけないので、お花と木の実を先に集めてしまうのはどうですか?」
「さすがリュカ! 僕もそれに賛成」
「私もです! 効率よく集めて、ピクニックの時間にしましょう。サンドイッチを持ってきたんです」
その言葉にセレノアは目を輝かせた。だって、料理上手のユミルのサンドイッチがご褒美に待っているのだ。そんなの頑張らないわけにはいかない。
リュカもユミルも下級貴族家だ。普通、上位貴族の子供は今後の人脈のために上位貴族同士で仲良くすることが多いが、のほほんとしたセレノアにとってはどうでも良かった。一緒にいて穏やかで楽しい二人との時間が心地いい。
森林の匂いを蓄えた涼やかな風を全身で感じながら三人は森へと入っていった。まだ紅葉には少し早く、生い茂る緑の中に黄色やピンクの野花が咲いている。
しばらく歩いたところでリュカが足を止めた。リュカはモルア子爵家の嫡男で、この中では一番のしっかりものだ。
「この辺りにお花と木の実が落ちていそうですね」
ユミルは持っていた大きな鞄から図鑑を取り出して指差した。図書館でしか見かけないような、ずっしりとした貴重な図鑑だ。
「この白いお花と薄紫のお花、濃い黄色のお花ですよね?」
「うん! あ、あそこの木の下に白いお花があるよ!」
セレノアは二人の先頭に立って大きな木の方へ向かう。太い根が地表に出てきていて足場が悪いが、先ほどユミルが指差した白い花が身を寄せ合うようにして数輪咲いていた。
「さすがセレノア様ですね。すぐに見つかっちゃいました」
「この調子ならすぐに終わりそうですね」
二人にあたたかい言葉をかけられてセレノアの口元が緩む。
「リュカがここまで連れてきてくれて、ユミルが重いのに図鑑を持ってきてくれたからだよ」
三人は目が合うと、揃ってくふくふ笑い出した。
辺りをよく見回すと、リュカの言った通り表に載っていた花や木の実がたくさんある。黙々と拾うと、あっという間に必要な分が籠に集まった。
「あとは薬草とブラックラビットかあ」
少し疲れてきたセレノアは木の幹に寄りかかりながら呟いた。セレノアの細い腰の帯剣ベルトには、質のいい剣が出番なくぶら下がっている。家族に持っていけと言われて、扱えもしないのに持ってきたものだ。
「ブラックラビットは僕が仕留めますね。最近剣も上達してきたんですよ」
リュカが自慢げにそう言うので、救われた気持ちになる。魔獣の捕獲以前に、セレノアは極度の運動音痴なのだ。勉強も運動も得意ではないので、伯爵家の三男という出自と美貌がなければ今頃落ちこぼれのレッテルを貼られていたことだろう。
「ありがとう、リュカ。そしたら僕たちはちゃちゃっと薬草を集めるから、僕の剣を持っていくといいよ。僕には勿体無いくらいいい剣なんだ。きっとすぐに捕獲できるよ」
「私はセレノア様の方についていきますね。何かあったら叫んでください」
腰から剣を外して、遠慮しているリュカに手渡す。斬れ味がいいから、きっと一人でも大丈夫だろう。魔獣の捕獲に関して足手まといになってしまうことに負い目を感じているので、持って行ってくれた方がありがたいのだ。
リュカと別れて、セレノアとユミルは二人して図鑑を覗き込んだ。
「リルリル草とランラン草はもうちょっと日の当たらないところにあるみたいだね」
「もう少し奥まで入ってみましょうか」
二人は木の生い茂る方へ進み始めた。ユミルの腰には一応短剣があるものの、実技の点数はセレノアと対して変わらない。
「そういえば、昨日はリルモンド公爵のお祝いに行かれていたとか」
「そうなんだよ。早めに抜けてきちゃったけどね」
大袈裟に肩を竦めて見せるセレノアにユミルは苦笑した。
「ハハッ、セレノア様に声をかけたいと集まった方達が可哀想です」
「そんな人いないよ」
「そんなことないですよ。公爵邸のパーティーってどんな感じなんですか?」
「うーん、料理が美味しかったかな?」
セレノアの答えに、輝いていたユミルの目が半目になった。
「もう、そんなことばっかりおっしゃる。きっと調度品も豪華で、参加される方々の衣装や装飾も貴重なものばかりなんだろうなあ。一度でいいから行ってみたい」
「まあ言われてみればそうかもだけど……ユミルはパーティーが好きなの?」
「家業の影響ですけどね。踊りたいとかではなくて」
家業と言われてセレノアは斜め上を見上げた。たしか、ユミルの家は何かしらの商売をしていたはずだ。けれど、そういうことに疎く、友人の出自のことをあまり気にしていないセレノアの頭の中には細かいことは記憶されていなかった。
まあいいか、とまた前を向く。
随分歩いて、漸くお目当てのものを見つけた。もう足はぱんぱんだ。
「ユミル、あれってリルリル草だよね?」
「あ! 本当ですね、やっと見つかった……」
疲れも忘れて駆け寄れば、ちらほらとリルリル草が生えている。これを大量に採集しなくてはいけないから大変だ。
「ランラン草は見当たりませんね……セレノア様、ここでリルリル草を集めていて貰えますか? 私はまだ疲れてないのでランラン草を探してきます」
セレノアは足を止め自分より少し背の高いユミルの顔を伺った。
「本当に大丈夫? 僕もまだ大丈夫だよ、一緒に行こうか?」
「いえ、きっと近くにあるはずですし! 早く終わらせて戻りましょう?」
ユミルの明るい声に縦に首を振ると、セレノアは地面にしゃがみこんだ。リルリル草を根元から優しく採集する。
「気をつけて行ってきてね? 何かあったら叫んで!」
「フフッ、セレノア様も。それじゃあちょっと行ってきます」




