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婦人は息子の柔らかなベージュの髪をそっと撫でると、宝石をふんだんにあしらったリボンタイの角度を整え、心配そうに眉根を寄せた。


「セレ、今日のパーティーにはソルヴァイン家のご子息も参加するみたいだから気をつけるのよ」

「ヘリオフェルト様ですか?」


 母親に身を任せた少年は首を傾げた。


「そう、ああ心配だわ。どうしてあの人ったら私も参加させてくれなかったのかしら」

「ふふっ、お母様大丈夫ですよ。ヘリオフェルト様は学園でもたまに会いますし」


 セレノアの能天気な声に母親は「まあ!」と声を上げ、後ろに控える侍女たちに視線を向けた。


「こんなに可愛らしいのだから、それ意外にも不安なことだらけなのよ。ねえ?」

「ええそうですわ。坊っちゃまは大変お綺麗ですから気をつけてくださいまし」

「きっと皆様坊っちゃまに目を奪われますわ」


 女性陣はセレノアを置いてけぼりにして、きゃあきゃあと盛り上がっている。またはじまった。この頃みんな、早くいい相手を見つけて欲しくて浮き足だってばかりだ。

 ぎこちない笑みを浮かべて息をつく。


「お母様、そろそろ」

「あらもうそんな時間! とにかく気をつけて行ってくるのよ」


 相変わらず心配性な母親に丁寧に挨拶をして、馬車に乗り込んだ。

 パーティーに行く前から疲れてしまった。赤く柔らかい椅子に雪崩れ込むようにして座る。

 ブルーダイヤがふんだんにあしらわれたクリーム色の礼服は少し豪華すぎる気もする。その輝きをぼんやりと見つめてセレノアは長いため息をついた。

 この鉱石のせいでセレノアの生家であるクレール伯爵家とソルヴァイン侯爵家は対立しているのだ。事の発端は数代前に遡る。両家の領地の境で、希少なブルーダイヤが眠る鉱山が発見されたのだ。互いに所有権を譲らず、争いはいつしか子孫の代にまで持ち越された。

 鉱山に関しては王家中立の元、ネフィス商会が業務を下請けしそれぞれの領から毎月同じ分だけ採掘することになっている。

 そこで和解すれば良かったものの、両家はいまだに歪みあっている。政治に明るくないセレノアは、なぜ何十年間も対立し続けているのかまるで分からなかった。

 セレノアはクレール伯爵家の三男で末っ子。セレノアの住むアスティカル王国では男性同士の結婚も許されているので、将来はどこかの貴族に嫁ぐことになるだろう。

 すでに後継者の決まっている家に生まれた男児にとって必要なのは、政治の知識や手腕よりも、兄を支えるための知識や武勇、それからいかに良い結婚相手と結ばれる素質があるかである。その点でセレノアには人を惹きつける魅力が充分に備わっていた。儚げな美貌は家族や家の使用人でさえ虜にしている。ミルクティーのような柔らかなベージュの髪の奥に覗くブルーグレーの瞳は、クレール伯爵家自慢のブルーダイヤのように神秘的だ。

 幼い頃から家族に溺愛され、のほほんと過ごしてきたセレノアは所謂箱入り息子そのものであった。

 申し訳程度にやってくる家庭教師は、参考書の太字のみを丁寧に教えてくれるだけだ。ただ一つ、家族も家庭教師も、一介のメイドでさえ口を揃えて言ってくることがある。それが、ソルヴァイン侯爵家の悪評だ。やれ金の亡者だの、権力を盾に領地を侵攻してくるだの、冷酷極まりない一族だの。もう聞き飽きてしまった。

 セレノアにとって学園の廊下でたまにすれ違うソルヴァイン家の嫡男は他の生徒と対して変わらないように思える。家が敵対しているからか、蔑むような視線を感じないことはないが別にそれだけだ。ただ自分が嫌われているだけ。冷酷な印象も横暴な印象も受けない。

 けれどそんなことを言っては邸中で悲鳴が上がるだろう。セレノアは訳がわからないながらも、空気を読んで忠告に対して頷くようにしている。

 ガタガタと身体に響く振動が止まって、パーティー会場に到着したのだと気がついた。今宵は王都にあるリルモンド公爵家の邸で盛大な舞踏会が開催される。リルモンドの次男がセレノアと同学年だから呼ばれたのだろう。続々と人が吸い込まれていく会場にセレノアも重い足取りで向かった。


 キラキラと輝くシャンデリアと豪華な彫刻に彩られたダンスホールでは色とりどりに着飾った貴族たちが楽しげに踊っている。そんな姿を傍目にセレノアはスイーツをいくつか皿に盛って壁際に向かった。

 家族はみんなセレノアが早くいい相手を見つけることを望んでいるが、本人としてはそんな気は一切ない。まだ早い。それが率直な感想だ。

 やはり公爵家ともなると、スイーツ一つとっても別格。ムースは口の中でシュワっととろけるし、少しビターなチョコレートケーキは濃厚でカカオの芳醇な香りが鼻に抜ける。顔を綻ばせながら夢中になって食べる可憐な青年に、いつ誰が声をかけようかと、遠くでたくさんの令息たちが牽制しあっていることにも気が付かずにセレノアはおかわりのことを考えていた。

 辺りが騒がしくなって、そちらに視線をやる。人混みの中、漆黒の髪を撫で付けた色っぽい人物を見つけた。侯爵令息の登場に女性や若く中世的な青年たちが沸き立っているのだ。


「ヘリオフェルト様か……」


 小さくその名前を呟くが、彼がこちらを向くことはない。いつもそうだ。いつもいないものとして扱われる。たまにどうしても真正面からすれ違わないといけなくなると、罪人でも見るかのような目で射抜かれるが。

 ヘリオフェルトの鴉色の軍服風のロングコートには、セレノアの服を彩っているのと同じブルーダイヤが散りばめられている。一見すると仲が良いように見えるが、真逆だ。どちらの方がより大きな粒か、どちらの方がより綺麗な輝きか。そんなことで張り合っているせいで、伯爵令息にすぎないセレノアの礼服が必要以上に華美になっているのだから迷惑してしまう。出来ればあんまり目立ちたくないのに。

 美麗な見た目とは反対にあまり派手なことが好きではないセレノアが学園で仲良くしている級友たちは下級貴族ばかり。もちろん公爵家のパーティーになんて呼ばれない。つまらないなあと思いながら最低限の挨拶をすませ、早々に会場を後にした。

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