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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一


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9話【愛していない者達は愛に溺れ】


 伝え方一つで善意溢れる言葉も悪意に満ちた言葉になる。


 発言元を辿れと言われた私は、リシス公爵にそう諭された気がしました。

 貴族という存在は狡猾です。

 私は現に状況から悪意の言葉だと思いましたが、そう聞こえるように切り取った可能性は否定出来るものではありません。


 姉の発言の真逆だったからと言っても、リシス公爵の妹がどのような状況で発言したのか。

 それが分かって初めて本来の言葉の意味が分かるのです。


『愛していないならば、誰を傷付けても責任はない』


 私はこの言葉を不貞を肯定する言葉だと思っておりました。

 ですが、リシス公爵は妹の事を教えても問題ないと、身内ではなくなる私にはっきりと仰いました。

 もしもリシス公爵の妹が姉のように不貞などをしていたら、家の醜聞として当初のようにいなかった扱いにするのが普通だと思うのです。


 果たしてリシス公爵の妹は不貞側だったのでしょうか?




 一応両親にリシス公爵の妹の事を尋ねてみましたが、知る必要はないとの一言でした。

 予想通りなので、特に気にはなりません。

 年齢的に私よりも知ってそうな兄とロウリスに手紙を書き、セルーア侯爵令嬢にも手紙を送ってみました。


 セルーア侯爵家はロアズ伯爵家とは付き合いのない家門なので少し心配でしたが、返信は数日後に届きました。

 慌てて開けた手紙には短く日付と会いたいと書いてありました。

 動かない手でわざわざ直筆で書いて送ってきた事に、私はセルーア侯爵令嬢も何かを知りたいと思っているのだと確信しました。




 当日、セルーア侯爵家に伺うと、何故か客室でもなく侯爵夫人とその友人らしき夫人がおられるサロンに連れて行かれました。

 何というか歓迎しない雰囲気のセルーア侯爵夫人達が私を上から下まで見て、


「貴女、あの女の身内よね。はしたない不貞女の」

「妹の婚約者を奪う女の身内でしょ。取られたなんて言いながら、貴女も別な所で散々遊び歩いていたのじゃないの?」


 これは……女同士の品定めというものでしょうか。

 確かに付き合いのない令嬢、まして身内が問題を起こした令嬢が友人として呼ばれるのを警戒する気持ちは理解出来ます。


「はい。姉に婚約者を取られた上に結婚式で婚約者に殴られたのは私です。それが何か?」


 私は笑顔で言います。

 喧嘩は時と場合によっては正面から迎え撃った方が良い時があります。


「……え?」

「私の名前を騙っていた姉を愛してしまった婚約者に、別人扱いされて挙げ句に思いっきり殴られて、神官様から治療を受けました。はい、姉の所為で命の危険もありました」


 笑顔で続けます。

 家族である事と直ぐに治療が間に合った事で有耶無耶になっていますが、それが姉の行為の真実です。

 私は妹が殺されかける切っ掛けを作った自覚すらなかった姉のとばっちりを受ける気などさらさらありませんし、社交界の渡り方を知らない分正面から受けて立ちます。


「私以上に人生経験の豊富な夫人も御存知かと思いますが、厄介な身内がいるって大変なのですよ」

「……ごめんなさい。そこまで情報が回ってなかったのよ。貴女が殴られた令嬢だったなんて本当に知らなかったのよ」

「私もごめんなさい。その……男の不貞で犠牲になった子が可哀想だと思っていたから言い過ぎてしまったわ」


 他に不貞の話がありすぎて私の一件は埋もれていると聞いた事は、どうやら間違いではなかったようです。

 侯爵家でも正しい情報を掴み損ねたのでしょう。

 無闇な当て擦りは侯爵夫人の身分であっても非礼に当たるので、拗れる前に早めに謝るのも流石の侯爵夫人とその友人と言えます。


「貴女が例の……」


 いくつも明らかになった不貞事件の中で殴られたのは私だけですが、残念な事実として私以外の方々も悲惨な目に会っておりました。

 まさにセルーア侯爵令嬢も。


 セルーア侯爵令嬢の婚約者は婚約期間から不貞相手にのめり込み、結婚した彼女を不倫相手とすげ替えようとしたそうです。

 一見無理そうな話ですが、ここでも男女をあまり会わせないようにした弊害があり、セルーア侯爵令嬢の婚約者の周囲は不倫相手をセルーア侯爵令嬢と思い込んでいたそうです。

 遅れて結婚祝いを持ってきたセルーア侯爵令嬢の親戚の方が、新居で対応したセルーア侯爵令嬢が別人である事に気付いてセルーア侯爵家に駆け込んで事件が発覚したそうです。

 地下牢に閉じ込められていたセルーア侯爵令嬢は、瀕死の状態だったと聞きました。


 男の方は妻への殺人未遂で捕まったそうです。

 怖いのは不貞相手はまだ逃げていると言う事です。


「うちの娘が同じ被害者だから声をかけたの?」

「私の方が身分が下ですので、こちらからお声は……」

「そうよね。うちの娘が声をかけたに決まっているわね。間違えた事で私も動揺しているみたい。ああ……うちの娘の方が興味を持ったのね」


 どうやらセルーア侯爵夫人は令嬢側と意思疎通が上手くいっていないようです。

 もしかすると……セルーア侯爵夫人は婚約者に問題が起きていると知っていても令嬢を政略結婚だからと行かせたのかも知れません。使用人達から令嬢について報告がなくても夫人が強く出られないのなら、その可能性は高い気がしました。

 無理な政略結婚は親子の断絶も招くので良くはありません。

 女性騎士が言ったようにある程度は政略結婚も改善されていると他でも聞きましたが、残念な事に家の利益しか見ない親達は今も少なからずいるという事でしょう。


「……ここだけの話、貴女にこれから質問する事も黙っていて欲しいと頼んでも良いかしら?」


 その目は縋るようなものがあったので、私は頷きました。

 世の中難しいのは政略結婚を強要したからと言って、親達が娘を愛していなかった訳ではないからです。


「わざわざ貴女に来て貰ってまで、娘は貴女に何を聞きたかったの?」

「……正直に申し上げますが、私の方がセルーア侯爵令嬢に伺いたい事があって参りました」


 話を始めた所で、侍女が飛び込んで来ました。

 侯爵夫人の耳元で何かを話している間に、私の到着は聞いていたらしいセルーア侯爵令嬢が部屋に入ってきました。

 前回と同じく護衛の方が抱えられております。


「お母様方?」

「ごめんなさい! でも、貴女に悪い存在だったらと心配したのよ」

「それで、私の起きていられる時間を削って話を聞いていたと言う事ですか」

「……本当にごめんなさい」


 侯爵夫人達は小さくなりました。

 ため息をつくセルーア侯爵令嬢は、今日もベールやドレスで体を完全に隠しておりました。

 単純に虐待とだけ噂されておりますが、ここまで隠すとなると悲しい想像に私は目を伏せました。


 使用人達の手でセルーア侯爵令嬢が椅子に座られました。

 前よりも偶然近い距離だったので、薬の匂いがセルーア侯爵令嬢からしました。

 無論、指摘などする訳もありません。


「リシス公爵の妹さんの言葉を誰から聞いたのかという話よね。それは今ここにいるレセラ伯爵夫人よ」

「え、私の話でしたの!?」

「夫人から聞いた話の方です。以前リシス公爵の妹の言葉として『愛していないならば、誰を傷付けても責任はない』と仰っていましたよね」

「言ったかしら? でも言ってないとも言いきれないわね。それをロアズ伯爵令嬢に話したの?」

「はい。リシス公爵の義理の妹でしたから、意味を知っているかも知れないと思いました」


 結局、色々私は想像しましたが、セルーア侯爵令嬢は本当に言葉の意味を知りたかっただけのようでした。

 難しいですね。

 付き合いのない分セルーア侯爵令嬢もそのままの言葉を投げかけただけなのに、私も付き合いのない分正確に理解出来ませんでした。


「そんな事聞いても意味がないでしょう?」

「お母様、私はその言葉を元夫とその不倫相手からも聞かされたのですよ?」


 悪意の言葉として聞いていたのはセルーア侯爵令嬢の方でした。

 リシス公爵の妹の言葉は確かに不貞をする者にとっては都合の良い言葉にも聞こえます。

 本来の言葉の意味を知りたいのは、私にも理解出来る気持ちでした。


 私とセルーア侯爵令嬢が、侯爵夫人とその友人をじっと見つめました。

 しばらくして躊躇いながらもセルーア侯爵夫人は話し出しました。


「……伏せておく事になっているけどね」


 侯爵夫人も伏せなければいけない時点で何処から圧力がかかっているかなど分かってしまいます。

 心なしか侯爵夫人の友人は顔色が悪そうです・


「リシス公爵の妹の……クレア様は当時の皇太子の婚約者だったわ。けれど当時の王太子は政略結婚が気に入らず別の女性を横に置きたがった」


『愛していないならば、誰を傷付けても責任はない』

 それは誰と誰の事を言っていたのか。


「自分が好きな女性と結ばれるためにクレア様を罪人に仕立て上げ、最北の修道院に向かう途中に殺そうとまでしたのよ」


 あまりの非道な行いに、私も言葉をなくしました。

 全ては明るみに出ているとは言え、流石に王家が伏せようとするだけの内容でしょう。

 そう思ったのは、貴族流儀に疎い私だけでした。


「それだけ? それだけであの言葉はおかしいのではなくて?」

「勿論これだけでは終わらなかったわ。クレア様は隣国の公爵家の方々に助けられて隣国から当時の王太子を追及したの。それで追い詰められた王太子にクレア様が仰った言葉が『愛していないならば、誰を傷付けても責任はないの?』よ」


 不貞側の都合の良い言葉は、本来不貞された側が言い返した言葉でした。

 ほんの少しの変換で真逆の意味に変えられている事にぞっとしました。


「元々は王太子の話じゃない……」

「王家の事を持ち出せないからリシス公爵の妹の発言をいじったのでしょうね。これはこれで問題ですから、この話は私が騎士団に連絡しておきます」


 誰かがリシス公爵の妹の発言を変換して流した。

 誰かがリシス公爵の妹を貶めようとした。


 私もその流れの奥にはもっと深い悪意があるのを感じておりました。

 もしかすると、姉の動きもまたその悪意の流れの一部だったのかと思う心もまだ私にはあったようです。

 私の声は緊張で少し擦れました。


「こんな事を誰がやったのでしょう?」

「……さあ、見当もつかないわ。あの時、誰かが誰かに心を移して婚約の破棄や解消が多かった。クレア様と言うか元王太子の件はその最初のきっかけ。もしかすると最初に噂を流したのは、思い出せと伝えようとしたのかも知れない」


 思い出して?


 私はそれが警告には聞こえなかったのですが、チラリと見たセルーア侯爵令嬢は何を考えているのかは窺い知れず、侯爵夫人の友人を見ると、少し何とも言えない表情をしておりました。


「それで皆思い出して、あの時のようにあの当時に学園にいた者達は不貞を始めたのよ。少なくとも私はそう思っている」


 侯爵夫人とその友人は疲れたように顔を伏せられました。

 かつて大きな問題となった学園での出来事は全員が伏せる事で封印したつもりだったのでしょうが、それで人間の記憶からまでも消し去れる訳がありません。


 不貞と一括りになってしまう出来事も、当時の学園の者達にしたら恋愛を楽しんでいただけだった事は何となく想像出来ております。

 姉も学園で恋愛を楽しみ、リシス公爵と出会って結婚となりました。

 その感覚を思い出してしまった姉達は、誰かの言葉に踊らされるように恋と言う名で不倫を楽しんでいたのでしょうね。



 セルーア侯爵家から退出したのは、それから間もなくでした。

 まだまだセルーア侯爵令嬢の体調は思わしくなく、令嬢がベッドに戻るタイミングで私も帰宅する事を選びました。


 部屋に通された時とは打って変わって、セルーア侯爵夫人とは和やかに挨拶をして馬車に乗り込みました。

 出発した馬車の中には私一人で、ようやく緊張が解けてほっとしました。

 分かった事への高揚感と、リシス公爵の注意した通りに私が噂に誘導されていた事への反省。

 家までの短い距離の中で私が思うのはそれではありません。


 意図的に姉達にいつ何が起こったのか、誰もが微妙に口にしません。

 それをやっては逆に気が付きます。


 姉とリシス公爵の話が本来は不貞だったって事。





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