8話【その女は家族であり】
姉とリシス公爵の離縁は静かに決まりました。
騎士団本部で私が聞いた話に両親は疑う言葉も発する事もありませんでした。
姉の言い分など誰も改めて確かめる事もなく書類上で姉は離婚し、我が家からも除籍となりました。
実に呆気ないものです。
私が聞かされていた姉とはは虚像だったのでしょうか。
リシス公爵家で姉の荷物を片付けながら私は考えておりました。
「あっ……」
集中力を欠いていたのでバランスを崩し、姉の本が何冊か手元から落ちてしまいました。
「お嬢様、重い物は私が替わりますよ?」
「手が滑っただけよ」
拾い上げると本からメモが複数落ちてきました。
拾い上げると姉の綺麗な字で、複雑な計算式や地方の話などが細かく書いてありました。私には一つも意味が分かりません。
古い物も新しい物も……どれも真面目で真摯な文章でした。
「お姉様って……本当に優秀だった?」
「学業は凄く評価が高かったって聞いておりますね。所謂学問は出来るけど、他はちょっと……って感じだったのでしょうね」
そのプリシラの説明で私はすんなり姉の一面が理解出来ました。
実務は問題なくやれていたのでしょう。
もしも出来ていなかったら、姉はリシス公爵とはもっと早くに離縁していたのに。
「……申し上げるべきではないと思うのですが、荷物を持って帰られるのですか?」
手伝ってくれていたリシス公爵家のメイドが控え目に私に尋ねてきました。
もう帰ってくる事もない姉の荷物を引き取らず処分して貰う方が、確かに一般的でしょう。
「勝手に我が家から持ち出した物と墓に入れる分だけですよ」
不祥事を起こした者は、家のけじめとして死んだ者として扱う貴族家は多いそうです。
帰ってくる事を許さないという意味があるとか。
両親もそれに倣って、一族の墓とは離れた場所に姉の墓を建てると言っておりました。
「そうですか。差し出がましく言って申し訳ありません」
「いいのよ。こんな不倫女の持ち物、持って帰る神経が分からないのは無理ないわ」
私でもリシス公爵家のメイドでもなく、プリシラが吹き出しました。
思わぬ所から起きた失笑に、私もリシス公爵家のメイドも思わず笑顔になり仕分けの作業に戻りました。
確認が全て終わると、持ち帰る荷物はプリシラが一人で抱えられる量しかありませんでした。
楽と言えば楽なのですが、姉が嫁いで八年間の結末がこれだけと思うと少しだけ寂しいものを感じました。
リシス公爵家を後にする前に、公爵へ挨拶に行きました。
恐らくこれが私の義理の妹としての公爵への最後の挨拶でしょう。
執務室に通されると、リシス公爵と側近の方が待っておられました。
「残りの荷物は処分する事になるが、本当に良いだろうか?」
「はい。最後までお手間を取らせて申し訳ないと父が申しておりました」
残りの姉の私物の中には嫁いだ時に持ってきた宝飾品もありましたが、両親は持って帰る必要はないと全部公爵家に置いていく事を望みました。
高いという程でなく、安いという程でもない品で、多分リシス公爵への慰謝料の一部としたのでしょう。
リシス公爵と姉の離婚の協議内容は私には知らされておりません。
今後リシス公爵家とはどのような関係となるかは勿論、今後考えられる不利益も教えて貰えないので私は不安を感じております。
今のところ姉だけが非難されているのは知っているのですが、誰が何を思っているかは分かる筈もありませんから。
「……義理の兄として君には何もしなかった八年だった。次に君が結婚する時には我が家からしっかりとお祝いを贈ろう」
「お気遣い誠に痛み入ります。両親も喜ぶでしょう」
関係性が悪くないとお互いアピールするのが大事ですから、私も当然受け取るの答えだけです。
令嬢でも家の事を考えなければいけません。
……もしもジェイク様と結婚していたら、家を優先する生活に私は頭を切り替えられていたでしょうか。
「君の次の結婚は恋愛だったのなら、気をつける事だ。恋愛で結婚したら家の事なんて頭から抜け出てしまう。上手くやらないと家族を巻き込むからね。私の義兄としての最後の忠告だ」
「恋愛? ……もしかして姉と公爵様は恋愛結婚でしたか」
「そこも伏せられていたのか。まあ、仕方ない。私の結婚は王女が他の男性と不貞関係となった事が切っ掛けだったからね」
元王女とリシス公爵の婚約がなくなったのはそれしかないと思っていました。
その元王女も姉と同じように今現在不倫問題で揺れています。
これを偶然で片付けて良いのでしょうか?
「今日で終わりの関係だ。最後だから、もしも君が他に気になる話があったら聞いても良いよ」
若干躊躇いました。
けれど、リシス公爵の仰る通り、今日が私が個人的に会える最後の日です。
「……公爵様には妹がおられましたよね?」
「何処でそれを?」
「ある方から公爵様の妹の言葉として『愛していないならば、誰を傷付けても責任はない』と伺いました。その言葉の意味をお聞かせ下さい」
リシス公爵は腕を組んで天を見上げました。
私がリシス公爵家の屋敷を歩いても、姉以外の女性がいるとは思えない屋敷でした。
恐らくこの屋敷内にはいないのでしょう。
側近の方は私が公爵の妹と言ったらキョトンとしておりました。
「……いや、別に教える事に問題はない。だけど一つ条件をつけよう」
リシス公爵は体勢を戻して私と向き合いました。
「君が妹の言葉を教えて貰った相手が誰から聞いたのか、その話の出所を可能な限り辿れたら教えてあげよう」




