7話【罪深さは本人が計れないものか】
神殿から騎士団に姉の居場所が変わると、それはそれで新たな問題となりました。
姉が使う衣服などを誰か届けるかと言う事です。
神殿とは違って騎士団は何か起こした者が入る場所であり、これまで離婚が成立するまではと届けていたリシス公爵家も今以上の醜聞と混乱になりかねないと、届け物は止める連絡があったそうです、
姉の方は……ロウリスは微妙と言っていましたが、やはり不倫した側ですから醜聞というか非難の的にはなっているようです。
大体同時期に一気に不貞が明らかになるなんて、他人事として言わせて頂くと面白いの一言です。
「考える事は皆一緒という事です。王都なんていっても貴族社会は狭いものですから皆同じようなものを見て、同じような発想をして同じ事をやるんです。不貞も皆がやっているからと思って不貞する人が結構いますね」
騎士団まで同行して下さる女性騎士が仰いました。騎士の制服ではなく私服なのは一応目立たない為です。
主に女性騎士は異性が警護でも近付く事を認めない要人の為の警護をしている方々で、私程度の身分では普通は会う事もありません。
「倫理観が薄いものですね」
「政略で気が合わない結婚をした場合は、割り切っても生活出来ない場合もありますからね」
私は寧ろ殴られたおかげで冷たい結婚を回避出来た幸運の持ち主でした。
世の中、何が幸運に繋がるか分かりません。
「お互い不倫して、不倫相手の子供が出来たらどうするのでしょう?」
「男が不倫して出来た子は確実に男の子供だと証明出来ないケースが多いので、基本的には認められません。対して女の方は自分の実子だと証明出来るので……使用人に口裏を合わせさせて夫の子だと言われてしまえば終わりになってしまうとか」
「え、それって……」
「政略結婚で実際にあったケースです。成長した子供が不倫相手にそっくりになってしまった為、女性側の不貞の子だと分かったそうですが、これが女性側に似た子供だったらそのままだったでしょうね」
相性悪くて乗っ取り。
女性の方が立場が弱いかと思えば、ここまで大胆に不倫の子の出生を誤魔化す事が出来るのは女性だけだったなんて、王都に来なければ知らないままでした。
まあ、王都にいたらこういう事を聞いてしまって興味を覚え、安易に火遊びに手を出すのだと言われれば、可能性の部分だけは否定は出来ません。
「この一件があったので、王都では性格が合わない政略結婚はしないのですよ。この話はよくよくご両親にお伝え下さい」
「本当ですね。しっかり伝えておきます」
最終的に話が私の両親に繋がったのは、父とジェイク様の父である子爵が結局解消となったとは言え婚約や結婚の継続を模索したと騎士団に知られたからです。
無論、騎士団が貴族家の婚約や結婚に口出す権利はありません。
ただ、絶対に問題が起きそうな結婚、まして結婚式の時のように一方的に被害に遭うのが私でしかないのであれば、同じ女性として女性騎士は見過ごせないと仰いました。
馬車から降りて姉妹のように話している内に、騎士団の本部が見えてきました。
楽しかった時間が終わる事より、姉に会う事を考えると足が重く感じます。
「やっぱり結構集まっているようです。本部玄関ではなく、訓練所の方に回りましょう」
私の目に集まっている方々が映る前に。さっと早めに進路を変えた。
実際にどれ程の数が姉が自分の夫や婚約者と不貞したと思い込んでいるのか分かりませんでしたが、
「あそこで集まっている夫人に聞いたんだけど、夫が不倫相手にのめり込んで財産を食い潰したんだってよ」
「泣くしかないのが貴族女の辛いとこだよな……」
強かな女性がいる一方で、弱い女性もいる。
通りすがりの平民らしき女性達は、同情だけして去って行きました。
あの可哀想な女性達の夫や婚約者と、姉は関係していたのかも知れない。
可能性を考えるだけで私は憂鬱になります。
本当は騎士団に行くのは両親のどちらかにして欲しかったのですが、姉の不貞の一件で被害者になった私なら、姉を疑う者達に身元がばれても強く出られないという理由で騎士団に行かせられました。
何が幸運となるか不幸となるかを考えたら、姉が姉であった事が私の不幸の元だったのでしょう。
大回りして私達は訓練所から本部に入りました。
そこで姉に会う為の付き添いになる騎士と女性騎士が交代となります。
「お久し振りです」
「うん。久し振りだね。結婚式は災難だったね。今言う事じゃないんだけどさ」
「お気遣いありがとう御座います」
この方はロウリスの相棒の騎士で、やはり兄の友人で何度かお目にかかった事があります。
でも、何故か今日は一人きりです。隣にいる筈のロウリスの姿がないので私はキョロキョロしてしまいました。
「ロウリスなら今回は外されたんだ」
「そうなのですか?」
「聞いてないのか。ロウリスの兄の奥さん、その奥さんの実の兄が不倫をしてさ。どうも多額の慰謝料やらを払う事になるらしく、離婚するかどうするかになっているらしい」
何故ロウリスがその事で外される?
尋ねようと開きかけた口を私は閉ざしました。
そのロウリスの義姉の実兄の不倫も私の姉が相手ではないかと、関係を疑われているのかも知れません。
「……男性側は姉だと仰っているのですか?」
「いいや、沈黙している。だからこそ、公爵夫人や元王女と不倫していたんじゃないかと焦っているんだよ。連座になりたくないだろう?」
最悪の流れになっていました。
醜聞にはなっていないなんて中途半端な言い方ばかり聞いておりましたが、姦通罪からの乗っ取り疑惑による連座を心配してそれどころじゃないが正解だったなんて!
私は今一度姉の罪深さを認識しました。
「あ……これ言うなって言われてたような?」
「事実を知りたかったので、ありがとう御座います。隠されても今後対応に困る事でもありますし、助かりました」
「うん? ならいいか」
ロウリスの相棒は細かい事は気にしません。
良い方ですよ?
ただちょっと、今から姉に会うには不安のある付き添いです。
案内を始めたそうそうに書類とペンを忘れた事に気付いて戻って行ったので、更に不安は倍増しました。
幸いにも、姉と会う部屋には私の方の入り口と姉の入ってきた扉の前に、それぞれ別の騎士の方々が立っておられました。
がっしりとした体躯で普段は怖いと思うのですが、今日は全く感じませんでした。
何故か、姉とは鉄格子越しだった事で心が麻痺したのかも知れません。
保護と聞いていた姉が鉄格子の向こう側にいる事に、私は大いに動揺して言葉が出なくなりました。
ロウリスの相棒の騎士を振り返ると視線を逸らされます。
「……ねえ、そんなつもりじゃなかったの」
動揺して声が出ないだけの私の態度を怒っていると勘違いされたようです。
姉は視線を彷徨わせながら、そんな事を言い出しました。
騎士団で話を聞いても姉の話は要領を得ないので私に合って欲しいと頼まれただけで、何を質問して欲しいとは言われておりません。
取り敢えず、自分の聞いてみたい事を尋ねてみようかと思いました。
「お姉様、どうしてジェイク様と不倫をしたの?」
「え? どうしてって……」
賢い姉、素晴らしい姉……。
私が知っている姉は全て誰かから聞かされたものです。
真実の姉は話とは多少違っていても公爵夫人になれた事実は間違いなく、そう私は思おうとしておりました。
ですが、一瞬キョトンとした姉は、
「だって、貴女の夫になるのでしょう? その前に味見をしかっただけなの」
「は?」
私は姉を見返しました。
鉄格子の向こうの姉は……心底別におかしい事でも何でもないという顔をしておりました。
「……私の夫になるからって、何故味見をしなくてはいけないのですか?」
「だって、良い男なら摘まんでみたいものじゃない……」
また忙しなく視線を彷徨わせ始めましたが、その態度は悪い事をしたからと言う意味とは違うのではないかと思いました。
そう、もしかすると、私の結婚式で謝りながら泣いていた意味も、また違っているかも知れない。
「私の結婚式をぶち壊して泣いていたのではなかったのですか?」
「え、ええ……壊してしまったから謝るしか出来なくて……だってジェイクは気が付かないままだったから、私を愛してしまったのよ……」
そして被害者然として涙を浮かべる姉に、私は鉄格子に手を叩き付けた。
大きな音に驚き、体を震わせた姉に、
「良かったですね。貴女を愛した事でジェイク様は姦通罪と乗っ取り疑惑で死罪相当らしいです。妹の婚約者を味見で犯罪者にするなんて、粋な結婚祝いですわね」
一拍おいて悲鳴が部屋中に響き渡りました。
今更です。
騎士達も伝えていた筈でしょうに、聞いていなかったのか理解しなかったのか。
いずれにせよ、私は剣を持ってくるべきでした。
「叩き切れたら叩き切っていたのに」
私の呟きは騎士達は聞かなかった事にしたようで、誰も動く事も口を出す事もありませんでした。
事実を知った姉が錯乱状態になった事で、私は部屋の外に出されました。
外にはウロウロしながらロウリスが待っておりました。
「どうした? 何か悲鳴が」
私は思わずロウリスに抱きつきました。
淑女だとかそんな事はどうでも良かった。
あんなのが姉だったなんて、私には我慢が出来ませんでした。
「それじゃ、送ってあげてねー」
「あ、おま、ちょっと!」
ひらりと手を振ってロウリスの相棒は廊下の向こうに消えました。
気を遣って貰って申し訳ない気持ちもありますが、姉の目の前の鉄格子を叩いた事もまだ我慢の範疇だったようです。
ロウリスと会った事で、あれでも押さえていた感情が一気に溢れだしてどうしようもなくなっていました。
「ああ……もう、仕方ない」
結局ロウリスが家まで送り届けてくれました。
後日、兄にも泣き付いたと私が言うと、ロウリスはとても怒ってしまいました。
やはり、私は泣きすぎだったようですね。




