6話【ダリアの花が散った後に】
もしかして姉は元々リシス公爵の婚約者ではなかった?
いつ頃姉がリシス公爵の婚約者になったのか、私は知りません。
私の領地住まいは結局情報の隔離の為だったと言う事でしょうか。
兄に聞ければ早かったのですが、運悪く兄は婚約者の家に出かけてしまい当分戻ってこないと聞かされました。
これまでの事を考えると両親は事情を無闇に伏せたがる傾向があります。
どうしたものかと考えた結果、食事で両親が揃った時に、
「……そう言えば、お姉様の前の婚約者様はお元気ですか?」
ほんの少しだけズレた質問をしてみました。
これで両親の反応を見て考えるつもりでしたが、
「ああ、ブルーノ君か。元気にはしているようだよ」
「最近はそれなりに歩けるようになったらしいと聞きましたわ」
父も母も拍子抜けする程に、穏やかに言いました。
これは伏せている話ではなかった?
いまいち両親の線引きの根拠が分かりません。
「ブルーノ君か……彼と結婚していたらフランベルも過ちに走らなかったかもしれないな」
姉には以前に婚約者がいた事は判明しましたが、その先は何も考えておりませんでした。
順当に聞いてみるのが一番でしょうか。
「私は小さかったから覚えておりませんが、姉とブルーノ様が婚約がなくなったのはどのような理由だったでしょう?」
両親は顔を見合わせました。
何でしょうか。
「ああ、ごめんなさい。そんなに前だったとは思っていなかっただけなのよ」
「考えてみれば結構前の事だったんだな。大人はどうも時間感覚がズレている」
カトラリーを置いて父はため息をつきました。
「……まあ、色々あってなかなか言えない事もあるのだが、ブルーノ君の話はしておこう。特に隠す事はないのだからね」
父の話を要約すると、姉には幼い頃にトラス子爵家のブルーノ様と婚約していたそうです。
順調に交流を深め、姉が学園入学の年になった時、ブルーノ様は幼馴染みの令嬢に刺されて足が少し不自由になってしまったそうです。
特に馬に乗れないのは従軍の可能性のある貴族の後継としては致命的で後継を外される事となり、姉との婚約は解消されたと言う事です。
「幼馴染みの方と付き合っておられたと言う事ですか?」
「いいえ。そんな方ではなかったわ。誠実でしっかりとした方でしたが……母親の友人の娘とか言う幼馴染みは子爵夫人になりたかったようで、随分ブルーノ君に付きまとっていたのよ」
「トラス子爵家は今は離縁した奥方が少し癖があってな。その幼馴染みの男爵令嬢を可愛がってフランベルには冷たく接していた」
それは駄目でしょうと思うのですが、婚約も一度契約してしまうと難しいのですよね。
姉の最初の婚約は話を聞く限りあまり良いものではなかったようです。
「だが、トラス子爵もブルーノ君もはっきり令嬢を拒絶していた。当たり前の話だが貴族の後継は他家の後継となる者とは婚姻出来ない。必ず婿入りをして貰わなければならない時点で令嬢は諦めるべきだった」
男爵令嬢の立場は一人娘だったと言う事でしょう。
爵位が上の立場に嫁ぎたかったにしろ……あら? これって、姉の学園時代だった事を考えると、まさか婚約者の略奪騒ぎって。
「男爵令嬢の両親はブルーノ君の迷惑だろうと反対していた。元トラス子爵夫人も態度の割にフランベルと婚約を解消して令嬢と婚約し直す事には消極的だったが、その程度で終わってしまったのだ」
「普段は令嬢に甘すぎるぐらい甘かった元トラス子爵夫人が、少しばかり消極的になった程度で令嬢が何かを察してくれる程世の中甘くないのよ」
「ああ、そして、思い通りに婚約をしないブルーノ君に逆上した男爵令嬢はブルーノ君を教室で刺した」
男爵令嬢は精神が不安定であるとされ、遠い修道院が営む療養施設に入れられて数年の後に亡くなったそうです。
男爵家は慰謝料など多額の賠償金を払い平民になって何処かへ旅立ち、トラス子爵は夫人と離縁して第二子が後継となったと言う事です。
誰も得をしない、何とも悲しい話です。
部屋に戻った私は、両親が「そう言えば」と付け足した話の通り本棚を探しました。
毎日見ている本棚でもありましたが、以前に本を出し入れしたのはいつだったかは覚えがありません。王都で行われた姉の結婚式に出た以降、王都に来る用事もなかったのであの時のままの可能性はあります。
何度か本を出し入れを繰り返し、ようやく奥に中途半端に挟まっている本を発見しました。
取り出した本の表紙は思い出のままで、とても懐かしい気持ちになりながら開いてみると、当時の記憶通りのダリアの描かれた美しいしおりが挟んでありました。
これは覚えているのに、私はブルーノ様の事は全く記憶にありません。
このしおりは私がブルーノ様からいただいた物だそうです。
描かれているダリアはブルーノ様の住んでいらしたトラス子爵家の庭に咲いていたダリアだと両親は言っておりました。
ダリアです。
しおりをじっと見つめましたが、私は遠い日の記憶を思い出す事はありませんでした。
あの姉の記憶は、それだけがたまたま頭の隅に残っていたのかも知れません。
「愛していけないとは言わないけれど、誰かを傷付けて良いものではないでしょう」
あれは、恐らく幼い私をトラス子爵家に連れていった姉の記憶でしょう。
愛して傷付ける事を選んだ男爵令嬢に向けての言葉だと思います。
あの時の姉は今の姉と違って気高く、間違った事をするような人ではなかった。
「……学園時代、姉に何があったのかしら?」
姉の最初の婚約が解消されたのは学園の入学前後です。
姉が変わってしまった出来事があるとしたら、卒業直後にリシス公爵家に嫁いでいるので学園の在学中の事だったと思います。
リシス公爵の妹。
リシス公爵の元婚約者である元王女。
そして、リシス公爵自身。
姉を加えた四人に、一体何があったのか。
私はダリアのしおりを握りしめました。




