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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一


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10話【巻き込まれる理不尽はまき散らされている】


 姉の学園での不貞なんて、聞いても両親が教えてくれる筈もありません。

 分かりきっているので私も一言も両親に話しませんでした。

 一方で、両親は私の行動に疑問を持ったようで尋ねてきました。


「貴女。セルーア侯爵家に行ったと聞いたけれど、知り合いだったかしら?」

「先日偶然知り合ったのです。その時に盛り上がったお話の続きを少々」

「……具体的には?」

「リシス公爵が大変魅力的というお話です。私の年と同じくらいの時には女性に大変に人気だったとお聞きして。大変盛り上がりました」


 私が微笑みながら仕掛けると、不審げだった母は深いため息をつきました。


「貴女ね……でも、注意してもそう言う年齢なのね。リシス公爵は確かに昔から素晴らしい方です。憧れるのはどうしようもありませんが、程々にしなさい」


 残念ですが、私の母は私の母でした。

 私の言葉の含みに全く気付いた様子もなく、きっちり言葉通りの意味だと納得して私の部屋から出て行きました。


 私が知っていると知らないからの態度なのかも知れませんが。



 今まで聞いた話から、私と同じくらいの学園時代のリシス公爵には元々の婚約者と姉、少なくとも二人の女性の影があったと判明しております。

 姉がブルーノ様と婚約解消したのは学園に通い出す前、リシス公爵と結婚したのは学園卒業直後。

 私のメモを預かるプリシラは母が来るまで書いていたメモを見ながら、


「王女様が不貞をしたからフランベルお嬢様と結婚したんですよね?」

「そう。学年も違うリシス公爵と姉は本来付き合いのない家同士にも関わらず、恋愛結婚で」


 プリシラも気付いたようで手で口を押さえました。

 姉の話をどんどん調べて真実が分かっていくと同時に、リシス公爵も段々グレーに見えてきました。

 ただ、姉とリシス公爵の関係は問題があったとは誰も言っておりません。

 ここまできたら何処かから過去の醜聞が噂となって回っていてもおかしくない筈ですが、セルーア侯爵家でも何も聞きませんでした。


「それにしても、同じ家の兄妹どちらにも王家が縁付くっておかしいんじゃない?」


 当時の王太子とクレア様、王女様とリシス公爵。血の濃さを気にする王侯貴族は同じ家と何度も縁組みする事は本来あり得ません。


「うーん……リシス公爵様の王女との婚約は、クレア様が婚約を破棄した後だったならあり得るのでは?」

「クレア様の話は少なくとも姉の学園時代の話よ。それを切っ掛けに学園では婚約者を奪ったりする事例が多発した。その流れでリシス公爵と婚約していた王女も不貞が発覚して婚約が破棄となった」


 当事者の一人であるリシス公爵に直接尋ねるにしても、縁は悪い形で切れておりますから、屋敷に赴いて聞けるのは一度きりが限度です。

 考えるだけ考えるしかないのですが、本当に頭の痛い事。


「お嬢様……一つだけ私が言えるなら、たった三年間でやる事ではありません」

「私が言えるとしたら、学園まで行って姉達は何をしていたのかしらね」


 私達はどちらともなくため息をつきました。




 王都に図書館がある事を王都育ちの侍女の話で知りました。

 貴族当主直筆の紹介状か、莫大な保証金を出すかしないと入館出来ず、基本的には貴族用と言って良い場所だそうです。

 私の生活とは縁遠い場所でもあるので、父には不審がられて簡単に紹介状を書いて貰えないと思いながらも「一度行ってみたいのです」と頼んでみました。

 すると、理由も聞かず父はあっさり紹介状を書いてくれました。


「王都観光を楽しんでおいで。気分転換になるだろう」


 母も母でしたが、父も父でした。

 その言葉や行動の裏側をあまり考える性格ではないようです。

 私は恐らく両親に似ているので、今後の生活は気をつけていこうと思いました。



 結論から言えば、私は本を開く事はありませんでした。

 調べたい事をこっそり司書の女性に話すと、私は更に図書館の小部屋に連れて行かれて、


「王家の問題は図書館で調べると騎士団に目をつけられます。そうですね……当時学園に通っていた者が兄弟姉妹にいる方に聞いた方が良いと思います。親世代はとにかくまるごと伏せてなかった事にしたがっていますから」


 私が最初にこっそり聞いたのは正解だったようで、司書の方も小部屋で更に小声で話しておりました。

 王家の問題が混じっている事を私は甘く見ていたようです。


「お言葉ですが、貴女も当時学園に通っていた年齢だとお見受けしますが」

「私達は何かと監視されております」


 小部屋の扉をコンコンと叩く者がいた。

 タイミング的に私は司書の方を見上げると、司書の方は一度頷いて扉に向かいました。


「何でしょうか?」

「……何処かの令嬢と部屋に入って行ったのが見えたので、何をしているのかと思いましたの」


 年配の女性の声は固い。

 咎めると言うより探る気配が強い言葉に私は司書の方の仰った事が理解出来ました。


「ドレスを直して差し上げておりました。若い令嬢ですからね」

「申し訳ありません。助かりました。これ以上ご迷惑はおかけ出来ませんから、私はこれで失礼しますね」


 ドレスに触れながら私の方から扉を開けて外に出ると、司書の方の上司と思しき女性が立っておりました。


「私の不手際でお手数をかけて申し訳ありません」

「いえ……そう言う事も御座いますね」


 私が心底申し訳なさそうに言うと、上司は深く追及せずに去って行きました。


「すんなりと認めて下さいましたね」

「あの方は監視の仕事をする事に良心の呵責もあるようですから、ある程度言い分が通るものであれば追及はされないのですよ」


 本当に監視しなくてはいけない人達は野放しで、監視しなくても良い方々は無理な監視をしていると言う事ですか。

 本当に見当違いの対応を続けているのは意味が分かりません。



 ですが、その上司の方に図書館を出るときに黙ってすれ違いざま紙片を押しつけられました。

 物陰でさらっと確認すると、私は図書館玄関で待っていたプリシラと共に馬車に乗り込もうとしました。


「おい!」

「はい?」


 何人かの男性達が私達の元に走ってきたので、ロアズ伯爵家の護衛達が私達の前に立ちます。


「ロアズ伯爵家の紋章が見えないのか!」


 護衛の言葉に男達は一瞬怯むも、


「いや、少し確認したいので……」

「当家のお嬢様に何を確認したいのだ?」


 私は護衛達の隙間から、


「ロアズ伯爵家が娘、マリーベル・ロアズで御座います。貴方がたはどちらの家の方でしょうか? このような乱暴な呼び止め、当家は抗議させていただいても宜しいですよね?」

「し、失礼しました!」


 名乗る事もなく男達は走り去っていきました。

 完全に消えてしまってから護衛達は元の位置に戻っていきます。


「ありがとうございます。助かりました」

「ご無事で何よりです……」


 私は馬車に乗り込む際に手を貸してくれた護衛の手に紙片を握らせました。

 まだ油断は出来ません。


 馬車が出発するとやはり敷地の外では男達がウロウロしていたので、


「当家に害意があるものとして扱えと言う事か!」

「申し訳ありません!」


 貴族の馬車の家紋を確認もしなかったり、迂闊に貴族に声をかけようとしたりとした男達は恐らく何も貴族のルールを知らない平民でしょう。

 その内何処かで斬り殺されても文句の言えない事をしていると理解していないのがとても平民の捨て駒らしい気がします。


 新たに図書館に入ろうとした馬車も捕まえ、向こうも護衛達が激怒して男達に詰め寄り、後方に逃げようとした男達もロアズ伯爵家の護衛に睨まれ、全く別の方向に逃げ出しました。


「すみません! 直ぐに騎士団が来ると思います」


 図書館の門番が平謝りする声が聞こえてきました。

 それに怒鳴りつける貴族の声が響きまして、私は外の護衛に一言伝言を頼みました。


「当家の令嬢から助かった礼を申し上げるようにと言付かりました」


 馬車を降りてまで門番を怒鳴りつけていた年配の貴族男性は、門番に礼を述べている令嬢がいると分かると流石に罰が悪くなったようで悪態をつきながらも馬車に戻っていきました。

 これで私本人が出向いてしまうと、今度は貴族男性が恥をかかされた事になりますから、このくらいが丁度良い収め方でしょう。

 騎士団を呼んでくれた門番のおかげで男達は今度こそ遠くに去ったので、これも御礼です。


 当家の馬車はようやく動き出しました。


「あれ?」


 来た道とは違う道に入っていくので、プリシラは驚いた声を上げました。

 説明は合流してからでいいでしょう。

 私が何も言わないのでプリシラは私の顔と外を何度も交互に確認しております。


 丁度、図書館の真横に当たる場所に馬車は止まりました。


「お早く」

「申し訳ない」


 馬車の扉が開いて、二人の男女が入ってきました。

 慌てたプリシラが悲鳴を上げて庇うように私の前に出ますが、


「大丈夫よ。ロウリスのお兄様と奥様よ」

「え!?」


 私も一度くらいしかお目にかかった事がありませんので、プリシラには分からないかも知れません。

 情のある上司の方から渡された紙片には、ロウリスの兄であるラドリクの名前と奥様の名前、マーキングのある手書きの地図だけが書かれておりました。

 これだけでは信用に足らないと切り捨てる事は簡単ですが、明らかに二人を探す男達がおりましたから、最終的に保護する事に決めて護衛に紙片を渡しました。


「久し振りだね……小さい時に会っただけだから覚えていないだろうけど」

「覚えておりますよ。そのお顔の貴方は間違いなくラドリク様です」


 助けたとは言え、私は好意的な雰囲気を出していないので、特に奥様の方が震えておりました。

 ラドリク様も歓迎されていない事は分かっておられるようで、目を泳がせております。


「あー……そう?」

「ええ。散々君は姉上と違って残念だ。ちっこいな。美人じゃないな。鈍臭いな。馬鹿だな。なんて繰り返し私に言っていたラドリク様。そのお顔はよく覚えておりますよ!」

「ごめんよ、私が悪かった!」


 悪口言っていた人なんて覚えているに決まっているでしょう。

 私は全く許す気はありませんが、ロウリスの兄ですから我慢をしなくもありません。

 さいてー、と言う目を奥様とプリシラからも向けられたラドリク様は小さくなりました。

 馬車は再び動き出しました。


「申し訳ありません。あの、何処へ向かわれるのでしょうか?」

「ロアズ伯爵家です。直接ラドリク様達の家とは関係のない家ですし、ロウリスが来てもおかしくありませんから」


 私はプリシラに言って、図書館の帰りに食べるつもりだった軽食を出して貰ってラドリク様達夫婦に差し出しました。


「食べて下さい。何か起きた時に走って逃げられませんよ」

「……ありがとう。可愛らしさは皆無だけど、いい女になったね」

「切りますよ。丁度ロウリスから貰った剣が家にありますから」


 お調子者のラドリク様は黙ってもそもそと食べ始め、奥様は少し笑顔が戻ってパンに齧り付いていた。


「あのね……」

「話はロウリスが来てからにしましょう。取り敢えず、体を休めて下さい」


 まあ、説明がなくても私は大体分かっております。

 家に着いたら二人には休んで貰うとして、ロウリス以外の誰に声をかけるべきでしょうか。

 そろそろ兄も帰ってくる頃なので何とかなるでしょうが、姉達の起こした数多くの問題の余波に、私は遠い目で表面上だけ整った王都を眺めておりました。




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