15【その愛は無罪ではなかった】
生国で冷遇された挙げ句に追放された令嬢が、他の国で王子様と出会って愛し合い王妃になる。
それだけなら、まさしく夢物語のような話でしょう。
けれど、残念ながらこの国に混沌を最初にもたらしたのが前の王妃と知っていては、憧れる夢も何もありません。
「それだけなら民衆が好む物語として、何らかの形で残っていてもおかしくない話ですね」
「残る訳がないでしょう。後ろ盾の全くない令嬢を権力で無理矢理娶ったのだから、私の亡くなった義父が王太子だった先王をぶん殴ったと聞いているわ」
屑な前の王太子の父親はお花畑ではなく、正真正銘ただの屑でした。
寧ろ反面教師として物語に残すべきだった気がします。
「それは……一応確認させて頂きますが、無理矢理結婚させたから前の王妃が仕事から逃げても認められたという事にも繋がっていますか?」
「まさか。王妃になったのに仕事をしないなんて、認められる訳もないでしょう。どの貴族も散々嫌みも文句もあの女に言ったけれど、王妃の座を保ったまま離宮に逃げ込んでそれっきり。無理矢理な結婚だったから王家側から離婚が出来なかったとは言え、なかなかに強欲な性格じゃない?」
珍しくもセルーア侯爵夫人は心底嫌そうな顔をされました。
どうやら前の王妃は身の上話の薄倖の令嬢と言う印象とは異なり、『いい性格』だったようです。
被害者が圧倒的に弱者であり、搾取されるだけの人間であるとは限らないとは言え、セルーア侯爵夫人をここまで不快にさせるなんて、もしかすると性格が悪い方だった可能性もあります。
「前の王妃については何処まで話を聞いてる?」
「何処まで……?」
気付いた私の背に、冷たいものが一筋流れました。
私は今ようやく、エリゼ様の婚家での虐待事件が前の王妃の妹に繋がっていた事を思い出しました。リシス公爵ばかり気にしていましたが、同様にセルーア侯爵夫人も前の王妃についての話題は配慮が必要だったのです。
勢いで動いてしまった私の一連の行動は、配慮に欠けただけでなくあまりに非礼でした。これは激怒されても言い訳も出来ず、私は言葉を失いました。
ただ、当のセルーア侯爵夫人は悠然とした笑みを崩さず、
「自分の子供達に教育をしていなかった事よ。妹を恐れるあまり子供達が殺されないように、わざと無価値な人間になるように育てたそうなの。私は同じ母親として信じられない気持ちでいっぱいよ。貴女はどう思う?」
「……『妖精』の考える事は分かりません。無知に育てる事は普通に死亡確率が上がるだけだと私は思います」
フランベルの時と同じく、『妖精』と呼ばれる方々は本当に独特な発想をしています。
逃げ出すだけで何とかなった前の王妃とは違って、生まれた子供は王族です。何か一つ間違えるだけでも当然のように死に繋がるなんて珍しい事ではありません。
よもや妖精の国で生活させる気だったとでも言うのでしょうか。
私が小声になった事に僅かに片眉を上げたセルーア侯爵夫人は、お茶請けの焼き菓子を口の中に放り込みました。
「あの妹とかいう『妖精』は、姉の血筋全てを根絶やしにしたかったらしいから、あの糞女のやった事は無意味だったわね。寧ろ真面目に王妃をして、子供達にきちんと教育を施して味方を増やして防御した方が、遙かに生き残るのに現実的だったでしょうね」
セルーア侯爵夫人の話の後半が私の耳を素通りした代わりに、私の中で不意にピースが繋がりました。
こんな所で繋がってしまったと言って良いと思います。
「……根絶やし、ですか」
「そうよ、根絶やし。あの糞女が生国で何をやったのかは知らないけれど、通常の姉妹でもここまで憎まれるものかしらね」
ただ姉の血筋を殺して消したかったのではなく、根絶やしにしたかった。
ここまで一連の話を他人事と思っていたのですが、私の中で秘めていた感情と一致するものを見つけてしまい、胸の奥がひやりとしました。
前の王妃の妹もまた、私と同じように『妹』だっただけなのです。
ため息は格上のセルーア侯爵夫人の前ではつけませんので、私はただ目を伏せました。
「セルーア侯爵夫人。前の王妃様の妹は、本当に心の底から『妖精』が自分の身内にいる事が怖かったのでしょう」
私の声が少し震え、セルーア侯爵夫人の片眉は少しだけ上がりました。
「私がフランベルの事件の時に強い不安に苛まれたように、『妖精』の身内として周囲から排除される事が、妹である自分も『妖精』だと見做される事が、前の王妃様の妹には途轍もなく恐ろしかったのだと思います」
兄弟姉妹って、それだけで互いに類似品であるかのように見られる事が往々にしてあります。
私が王都の貴族達から「フランベルと似ていない」と言われていた事にしても、裏を返せばあのフランベルと似た部分をわざわざ探されていた事にもなるのです。
今でも思うのです。
似ていたらどうなったんだろうって。
『妖精』の兄弟姉妹なら同じように『妖精』と思われ、排除されると思い込んでしまった事自体は、妹の私からすれば荒唐無稽な話ではありません。寧ろ、非常によくある事だと思います。
前の王妃と妹は全くの別人なのに。フランベルと私が全く違う人間であるのに、ただ姉妹と言うだけで同列扱いされたら?
「姉と同じく『妖精』と扱われたくないあまり、姉の『妖精』を徹底的に排除するしかないと追い込まれたのでしょう」
尤も、そんな足掻きなんて完全に無駄です。『妖精』の身内が消えたくらいで、問題が解決する事は絶対にあり得ません。
姉妹としてほとんど一緒にいた事もない私達であっても、私を見るだけでフランベルを思い出す人がいるように、前の王妃の妹もいるだけで周囲は姉がいた事を思い出すでしょう。
「ここからは私の推測ですが、完全に『妖精』に追い込んでも前の王妃の妹は安心する事はなかったのではないでしょうか。残った妹に対し、周囲は妖精の身内と指を指したでしょう。それが一層前の王妃様の妹を追い込んだと」
「……面倒臭い事」
計画的な行動ではなく、衝動的に行動していたようですからね。
セルーア侯爵夫人は「なら姉が国を出る前に暗殺ぐらいしておけ」と言わんばかりの不満顔で、時間が経って冷め切った紅茶を一気に飲み干されました。
帰宅すると、ロウリスが夕食を待っていてくれました。
着替えているとかなり時間が遅くなりそうなので、私は外出着のまま夕食をいただく事にしました。
「そう言えば、私の母は前の国王様から『裏方しか出来ない女性』と見做されていたそうよ」
セルーア侯爵家からの帰り際、夫人がふと当時の事で思い出した話です。
どうやら前の国王が母を嫁げない女性と思っていたのはその辺りが理由らしいですが……正直王族としてきちんと教育を受けていたのか疑うレベルです。
ただ、この程度の人物だったのなら、息子達が教育を受けていない事に気が付かなかったのも無理はないでしょう。
「……女性の仕事って、大抵裏方に分類されないか?」
「根本的に女性の仕事を理解していなかったのでしょうね。どうせ何処にも嫁げないのだから、仕事をするだけの側妃として貰ってやっても良いなんて周囲に言っていたそうよ」
最終的に無知故に子供共々処刑されたのは、まさしく順当だったと言えるかも知れません。
薄幸の令嬢を救い出した王子様になれなかったのも当然でしょう。
「ここまで揃っていると、先王が病弱だった事も怪しいわね。母の父の前ネーヴェ公爵にじわじわ盛られていた気がするわ」
「何を言っても角が立つが、せめて前の王妃の為に頼りになる女性を側妃に求めたって言えばいいものをな。言い方が最早自殺願望があるように思える。それで? 前の王妃も本当はネーヴェ公爵家がやったのかって疑われたか?」
過去を知る縁のなかった私達とは違い、当時を知り、王家とネーヴェ公爵家が距離を取っている事を知っている方々は、ずっと疑っていたかも知れません。
「セルーア侯爵夫人は疑わないわ。だって一番恨みを買っている前の国王でもダラダラ苦しんだ末に、隣国に行ったクレア様絡みで処刑だったでしょう。前の王妃様は少なくともダラダラ苦しむ間もなかったから」
離宮に籠もっていた前の王妃がいつ亡くなったのか、本当にはっきりしないそうです。
普段からずっと、妹の手の者かも知れない人間を極力避ける為、自力で料理して掃除して洗濯して……そして、一人だったから抵抗も虚しく刺し殺されたとか。
何処をどう突っ込んだら良いのか分からない状況だったそうです。
「そう言えば、葬式をしていない前の王妃様は王家の墓に入っていないらしいけど、王家の墓って『犬の守る墓』って別名があるそうね」
ボチャン、と水音がした。
灯りの全くない深夜、その音を聞きつける誰かはいなかった。
『前はよく見た方が良いわね』
ほんの少しだけ惑わし、道を間違えさせた。いつでも彼女はそれだけしかしていない。それだけなのに、人間は勝手に自滅していく。
彼女は落ちた先は興味がなかったが、一緒にいた『フランベル』は橋の上から水音の先を覗き込んだ。
『今の、何処かで見たような見ていないような?』
『貴女が見た事ある訳ないでしょ。あれは王太子の侍従よ』
水底から延びる手が王太子の侍従の足を掴み、更に仄暗い水の妖精の世界に引き摺り込もうとしていた。
誰も気付かず、誰も助けない。
どうせ、いなくなった事も当分気付かれないような人間だ。
『自分自信が本物の妖精になるのだから、あの男も幸せでしょう』
『フランベル』も彼女も、マリーベルに薬を飲ませて『妖精』としようとした男にかける慈悲は一欠片もなかった。
ただ、
『マリーの事、嫌いなんじゃなかったの?』
『え? 嫌いよ』
率直な問いかけに、かつてフランベルだった彼女はキョトンとした顔で返してきたので、『フランベル』は内心頭を抱えた。
長年妖精の世界にいた『フランベル』であっても、妖精が何を考えているのか理解するのはかなり難しい事だった。
妖精として生まれ育った彼女には当たり前の事で、説明する気などサラサラなく笑いながら、
『私はあの子が大嫌いよ』
妖精の言葉は、嘘がないけれど真実を言っている訳ではない。
何やら矛盾しているように思えるが、単に妖精はそう言う独特の言い回しをする存在だった。
『フランベル』は、疲れたようにその場にしゃがみ込んだ。
『……その愛、マリーに届かないわよ』
『それって何の意味があるの?』
根本的に価値観が違う妖精と人間の愛は、いつでもすれ違う。
マリーベルの愛を求めている一方で、彼女の愛は今も一方的にマリーベルに注がれるものであり、見返りを求めるものではなかった。
かつて『姉』だった彼女の愛はマリーベルには永久に伝わらない。
『殺したい程、大嫌いよ』
結局、お膳立てをしていながら彼女はマリーベルを殺さなかった。
それが妖精である彼女の本当の答えだったとマリーベル達が知る事は、きっとない。
追記:一見本編と矛盾しているように思えるかもしれませんが、本編のフランベルは中身が妖精なので本心と違う事を度々口にしているだけです。
本編最後のフランベルの言葉である「私を愛さない人間なんていらない」もマリーベル視点だと重いのですが、フランベル視点だと腹が立ったから言ってみた程度の軽い発言です。なかなか派手にすれ違っているのですよ。




