14【妖精の王妃】
前の王家に纏わるものは、全般的に何とも言えない違和感が付き纏っています。
反体制派だった王弟派にしても、まだまだ言葉に言い表せない奇妙な部分があるような気がします。
と言うか、まず監視を受けるような王弟派が生き残っていた事を驚くべきですか。
「……そう言えば、クレア様が前の王太子の婚約者になったのは先代リシス公爵夫妻の死後だったわね。その方々は王弟派だったの?」
「違います。先代は当時一番の王家派だったそうですよ。それなのに、頑なに娘を前の王太子の婚約者にしなかったそうです。どうです。闇が深いと思いませんか?」
「何処にも闇なんてないでしょ。一貴族として忠誠を誓って王家を支えていたけれど、同時に距離を保っていただけね。得体の知れない女性を王妃に迎えたのだから、その態度は至極普通だわ」
ロウリスが言っていたように当時は高位貴族令嬢が多く、誰を選んでも政治問題に限らない問題が頻発して国を乱す可能性が非常に高かった事は分かります。
その為に、『妖精だったから』なんて頭のわいた理由で生国を追放された女性を王太子妃に迎えても、他に妥当な解決策も提示出来なかった貴族達は反対すら出来なかったのでしょう。
だけど、それだけです。
前の王妃は王妃としての仕事も何もかもを放棄し、この国の貴族達から認められる事もありませんでした。
悪意を躱していたけれど、善意からも逃げていたであろう前の王妃のやり方は、私には好きになれそうにありません。
「ところで、前の王妃がいつ亡くなったのか知ってる? ちょっと気になっていたのよね」
どうでもいい事と思いつつも、気になる事には間違いないのでマルスに聞いてみると、マルスは何とも言えないニタッとした笑みを浮かべた。
「それは騎士団に伝わる怪談に繋がりますね。アルマ伯爵にお聞きにならなかったのですか?」
「……何も知らない様子だったけど」
「意外ですね。結構有名ですよ」
……食べ物の話じゃなかったから関心がなかったのかしら?
ロウリスはあれでちょいちょい抜けているので、本当に知らなくてもおかしい事ではありません。
「帰ったら問い詰めてみるわ。で、その怪談って言うのは?」
「怪談と言っても、とても短い話です。前の王妃は何と、騎士団の扱いでは死んでいない事になっているのです。それとは対照的に神殿では亡くなった扱いになっているんですよ!」
あまりに突拍子もない話に、私も一瞬唖然としました。
そんな事をして、一体全体何の意味があるというのでしょうか?
「……それって、どういう事なの? 前の王妃が亡くなっているって誰でも知っているでしょう。まさか、葬儀が行われていないのって……」
「残念ですが、騎士として私は前の王妃は『生きている』と答えるしかないのですよ」
「生存を偽る事に何の意味があるの……」
可能性があるとすれば……前の王妃の妹を欺きたかった、でしょうか。
ですが、騎士団の扱いや書類など、異国にいる者がのぞき見られるものではありません。それはつまり、騙そうとしていたのは国内にいる誰か?
「どうです! 意味不明さも含めて、ぞっとする怪談でしょう?」
「聞かされた私の方は、何かの機密情報込みの怪談じゃないかとぞっとしているわ……」
これは間違いなく、マルスのいる特殊部隊限定で有名な怪談、と言うか噂でしょうね。普通の騎士だったロウリスが知る筈もありません。
後日、マルスはノエリア様に絞めて頂きましょう。
「……その怪談、前の王妃が暗殺されていたと分かった今、貴方の同僚や上司は何と仰っているかしら?」
「『亡霊』が炙り出せないかなって言ってました」
マルスはいっそ何を考えているのか悟らせない笑顔を浮かべています。
うーん……これは特殊部隊自体が対処していると見て良いのでしょうか。まあ、そこら辺は私には関係ありませんけれど。
「ところで、私の方もアルマ伯爵夫人に伺っても宜しいですか?」
「あら? 何かしら」
「私個人がちょっとだけ気になっただけですが、どうしてリシス公爵に前の王妃の事をお聞きにならなかったのですか? その方が早かったのでは」
私が持っていた扇を音を立てて閉じると、ほんの少しマルスは身じろぎしました。
「だって、クレア様のお兄様よ?」
今の派閥での立場について探りを入れられるのは、正直不快なものですね。
非常に当たり前の事なのですが、リシス公爵もクレア様を冷遇していた者の一人の話なんて聞きたくないでしょうから、聞きに行かなかっただけです。
そういう配慮が出来ない女と誰が見ているのでしょうか?
「次回、そんな下らない質問をしたら、ロアズ伯爵家に修行に行かせるから」
「そんな深い意味はなかったのですよ!? ちょっと迂闊だっただけで!」
「貴族の使用人も騎士も、その迂闊さで生死が分かれるものじゃない。貴方のもう片方の上司も快く送り出してくれるわ」
さて、現役騎士が震え上がるノエリア様式訓練方法がこれで分かるでしょうか。これはこれで気になっていたのですよね。
打ちひしがれるマルスを置いて私が岐路を歩き出すと、こちらをさりげなく見ていた年配の騎士がすれ違いざまサムズアップをしました。
人気のない所に連れていくだけだった駄目な部下のフォローとして、上司が更に人払いをしていたようです。これはマルスは短期ではなく長期修行に行かせた方が良いのかも知れません。
「人が来たら切り捨てようかと思っていたのに」
マルスの上司のフォローで狂犬騎士の蛮行は防がれ、迂闊だけで騎士達の生死が分かれる事は回避されました。
連れていた私も今になって気付いて、ドキドキしながら帰宅しました。
それなりに時間がかかると思っていた母の手紙は、一週間という想定外の早さで返信が来ました。
早馬を走らせると、ここまで時間が短縮出来ると私は初めて知りました。
ただ、通常の手紙で使うものではなく、
「……小父さん達が急病かと焦ったよ」
「そっち? 私が気になったのは、行きには早馬を使っていなかった筈と言う事よ」
手紙を持ってきた使用人を見ると目を逸らされました。
何処の派閥が紛れ込んで……いえ、考えるまでもないでしょう。
母の手紙を開くと、元気に暮らしている事が数行書かれた後、私が質問した『兄の婚約の経緯』が母達の視点からの答えが簡潔に書いてありました。
『言葉にするのも腹立たしいから黙っていたけれど、馬鹿の馬鹿親が私を側妃に出来なかった事への腹いせよ』
それだけでした。
私は手紙をロウリスに押しつけ、
「セルーア侯爵夫人の所に行くわ!」
「先触れを出してからな!」
ロウリスに腕を掴まれ、離して貰えませんでした。
貴族社会は思って直ぐ行動に移すのは難しいです。
何とか夕方に時間が取れると返事がありましたので、私は軽食を取ってからセルーア侯爵夫人を訪ねました。
一通り私の話を聞いたセルーア侯爵夫人は、
「貴女のお母様が側妃になる事を望まれていた話自体は、当時の私も噂としては聞いていましたけど、流石に一つの冗談だと思っていたわ」
「王家に側妃なんて制度、今もありましたでしょうか?」
「あるのよ。尤も、当時は側妃を選ぶにしても正妃と同じで、誰を選んでも酷く揉めたでしょう。現実的な話ではないと言えるわ」
ここまで前の王妃が大分頭の中が『妖精』だった事は分かっていましたが、もしかして伴侶に迎えた国王も大概頭の中がお花畑だったのでしょうか?
「セルーア侯爵夫人、先王が前の王妃を選んだ理由を御存知ですか?」
「貴女達は……知らないのね。先王が王太子時代に学園で出会ってベタ惚れしたのが前の王妃よ。それこそ、妖精のように美しい女性だったわ」




