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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一
番外編【白昼夢の令嬢は夜を知らない】

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13【王妃の死は誰も嘆かなかった】


 前の王家には分からない事が多くあります。

 特に、醜聞まみれの前の王太子や元王女が知られているのに対し、前の王妃についてはほとんど話を聞いた事がありません。

 現在起きている問題の元凶であったとしても、それは変わらず、前の王妃の噂を耳にする事はありませんでした。



 夕食の後、談話室に移動した私はロウリスに今日の神殿での話をしたついでに、珍しく聞いた話をしてみました。


「ロウリスは前の王妃が『離宮の置物』って呼ばれていたのを知っている?」

「……聞いた覚えはないな。前の王妃の話だとしたら私が子供の頃だろう。なら、聞いたとしても本当にただの置物の話だと思っただろうな」


 本来多忙である筈の王妃がまさか『置物』なんて、普通に考えたら私も繋がりません。

 これまで王妃の話題がほとんど出なかったのが秘密になっているからではなく、何もしなさすぎて語るものがなかったからとは、こればかりは想像を大幅に超えた事実でした。

 ただまあ、本当に徹底して何もしない人だったなら、子供だったクレア様が仕事を押しつけられた状況に誰も何も改善策を出さなかった事には逆に理解出来てしまう気がしてしてしまうのですが……。


「……ここだけの話、前の陛下は何を思って伴侶を選ばれたのかしら?」


 生国で高位貴族令嬢だったとしても追放(?)され何の力も持たない令嬢を王妃に迎えるなど、よくよく考えなくても意味不明です。そして、前の王妃がやった事と言えるのは、王子王女を産んだ事だけ。

 結果だけ見れば、誰でも良かった状態になっています。


「真面目に考えるなら……あの当時は高位貴族の令嬢がかなり多かったと聞いた事がある。似たような立場の令嬢も多くなるのだから、いっそ国外の令嬢を選んだというのはどうだろう?」

「それもあるかもしれないわね。あの当時となると、母達や年齢的にぎりぎりセルーア侯爵夫人も候補に入っていたかしら」


 関係者の年齢が不明なので、非常に雑な計算の結果です。

 考え込む私の横でロウリスが唸りました。


「そうか、セルーア侯爵夫人……。いやもう、それが理由だろ。将来的にセルーア侯爵夫人に立ち向かう事を考えると、それだけで生半可な相手は選べない。消極的解決方法で何もしない令嬢を娶ったのかも知れない」

「その結果が『置物』? それもちょっとセルーア侯爵夫人の怒りを買いそうな選択だと思うのだけど」

「……私達があれこれ推理しなくても、セルーア侯爵夫人辺りに直接聞けば早いのではないか?」

「え。本当に聞きに行って大丈夫だと思っているの?」


 私が真顔で聞き返すと、何故かちょっとロウリスが怯みました。

 当たり前の事ですが、この件について私が何かを考えているように、セルーア侯爵夫人もまた危険な方向の何かを考えているでしょう。

 まして本日、当家所属の狂犬騎士は多分古巣に私が飲まされかけた毒を持ち込んでいると思われます。


「迂闊にセルーア侯爵夫人を刺激した事で被害が広がったら、どうするの? 私達が知る前に全てが灰燼に帰したら元も子もないでしょう」

「その認識は私と同じか。ああ、確かに夫人に迂闊に質問してはいけないな」


 ただ、セルーア侯爵夫人以外の方に質問をすれば、回り回ってロアズ伯爵を狙っている相手の方を刺激してしまうかも知れません。

 母がいれば簡単に聞くだけで済んだ話なのに、なかなか難しい事になっています。


「何か分かる方法がないかしら? 王妃がいつ亡くなったのかも気になるし」

「亡くなった時期については騎士団なら分かるだろう。王族の警護も任務なのだから、王族の死を知らない訳がない」

「……秘密でもない話を騎士団に聞きに行くってどうなのよ」

「神殿に行くよりは不自然ではないし、騎士団なら前の王妃の事を調べていても黙っていてくれるだろ」


 ロウリスが言うように騎士団の方が不自然ではないかもしれません。

 でも、かも知れない、です。


「慎重は結構な事だが、誰を警戒するべきかも分かっていないなら、行動に移して炙り出した方がいいだろう。折角狂犬騎士を雇ったのだから『敵』は切り捨てろ」

「積極的に使う方向で雇った訳ではないのだけどね……」


 ただ、モタモタしているとセルーア侯爵夫人が殲滅し尽くしてしまう可能性も考えられました。

 少しだけ迷ったものの、結局内心焦っていた私はロウリスに騎士団長宛の手紙を書いて貰いました。




 それで、日程の調整が取れた二日後。

 実際に騎士団に到着してから、前の王妃の正確な死亡時期は別に無理して知る程の情報ではなかったと気付いてしまった訳ですが。

 往々にして余計な事をやると余分な出来事が起こる訳なのです。


「公共の場で薬を盛られたなら、なおさら騎士団に連絡をして欲しかったな」


 個人の邸宅内で起きた場合は当主の判断によりますが、公共の場では明らかな犯罪として騎士団に通報するのが望ましいとされています。一応、通報は貴族の義務ではありません。

 私は盛られただけで毒を飲んでいませんし、現物も処理してしまいましたので、私本人は騎士団への通報もすっかり失念していました。



 騎士団に到着すると、急な仕事で騎士団長が外に出てしまったそうで、代わりにと案内されたのが副団長の部屋でした。

 騎士団長より一回り以上若い副団長は、案内役だった騎士見習いからの話によると、幼い娘さんに帰る度に泣かれるほど仕事に追われているとか。割とどうでも良い情報ですが、まあ、安全枠の既婚者だと言いたかったのでしょうね。


「毒は処分……捨てたのか?」

「半分は神殿に、半分は当家の護衛が持ち帰りました。使ったカップは廃棄すると神官の方に言われました」

「……半分とは言え、自宅に持ち帰ったと?」


 これまでロウリスの縁で何人かの騎士団の偉い方々とはご挨拶をさせて頂きましたが、その中にこの副団長はいらっしゃいませんでした。話を聞いた事もありませんので、ロウリスとはそう言う関係なのでしょうね。

 それとは別にしても、私も歴とした伯爵夫人です。貴族夫人相手の言葉使いではない副団長に冷ややかな目を向け、


「さあ、何処に行ったのでしょう? 生憎当日の護衛に何処に持ち帰ったのか聞き忘れましたので。その護衛も正式に雇用契約を結ぶ前でしたし、古巣のセルーア侯爵家に持ち帰ったとしても私からは何とも申し上げられません」

「…………嘘だろ」


 副団長は頭を抱えました。

 何故そんなに騎士達はセルーア侯爵夫人を恐れるのでしょうか?

 競合する同業者というのは、部外者の私が考える以上に何かと緊張感があるのかも知れません。


「私に盛った犯人も分かっています。あれから何日も過ぎているのですから犯人は今頃灰になって、騎士団の手間が省けているかもしれませんよ」

「それは私刑と言うんだ! そんな事をしたら……」

「あら、申し訳ありません。私は物を知らないので当てずっぽうで言ってしまいましたわ。犯人も犯行の現場も複数の人間に見られているのですから、当然騎士団が確保しているのですものね。二日も経っているのですから、事件も随分噂で流れているでしょうねぇ。まさか何処かの狂犬から私刑を受けてもいい状態のままにしているなんてあり得ませんものね?」


 顔色が変わった副団長は凄い顔で睨んできそうで、きません。

 護衛として私の背後に立っている元狂犬騎士をチラチラ見ています。そんなに視線を向けるとじゃれて噛みつきかねない方なので、ご遠慮頂きたいのですけど。

 副団長は大仰にため息をつくと、


「……ネーヴェ公爵によく似ていらっしゃいますね。本当に、驚きです」


 顔立ちだけの話ではないのでしょうね。

 取り敢えず、私が現役公爵の腹黒さに似通っていると思うなんて、副団長の目は相当節穴だと判明しました。


「犯人と思しき方の捕縛については調査が終わり次第となります。毒の方は神殿の方で検査していると言う事で宜しいのですね? では、私どもはそちらに問い合わせをさせて頂きます」


 何の心境の変化があったのでしょうか、私への言葉遣いが変わりました。

 またも後ろの元狂犬騎士の謎の圧? 今回も背後なので、やっぱり私には分かりませんね……。


「……今後、何か怪しい毒のような物を飲まされかけたりした場合、騎士団に必ず通報して頂けると幸いです。アルマ伯爵夫人は相当胆力がおありのようで軽く考えておられると思いますが、かなり危険な事なのですよ」

「流石に何度もある事ではないと思いますが、次回があれば」

「必ず注意して頂きたい。それに恐らくアルマ伯爵夫人が飲まされかけたのは、去年、醜聞を狙って刃物を振り回し王都を騒がせていた女性達が飲まされていた毒と同じ物でしょう。絶対に警戒を怠ってはいけませんからね」


 表情は何とか曖昧な笑みを維持出来ましたが、驚きのあまり声が出てきませんでした。

 去年というと、間違いなくフランベルが騎士団に拘束されていた時に騎士団前に集まっていた女性達です。ただでなくても気の毒な事情でしたのに、誰がどうして彼女達に毒物など盛ったのでしょう。


「……そんな毒を何故、私に?」

「分かりません」


 そう言いつつも、副団長は私が盛られた毒が女性達が飲まされた毒と同じ物だと推測するだけの根拠を持っているのでしょう。


 親しい人なら私も問い詰める事が出来たでしょうが、生憎副団長は味方でもなく派閥も異なる方です。私の方も口に出す言葉からして選ぶ他はなく、向こうに変に情報を与えるよりはましと言う事で、追及を諦めました。



 他にも副団長はいくつか私に小さな確認をいくつかして、取り調べ?話し合い?は終了しました。




 副団長の執務室を出て帰路につくと、出入り口の近くでマルスが待っていました。


「うう……何かとんでもないのを連れているし」

「来るのが遅いのではなくて?」

「事件は予定を考えてくれないのですよ……ううううう、私がいなくても回避出来ましたね。ですが、今後は狂犬騎士の方にはご遠慮頂きたく存じます。一般の騎士の方が多いのですから、お願いします……」


 配慮すべき一般の騎士って何でしょうか?

 世の中にはまだまだ私の知らない事が多いようです。


「まあ、いいわ。聞きたい事があるのだけど」


 その前に、とマルスは人気の少ない場所に自然と私達を連れて行きます。


「質問には答えられる範囲で答えさせて頂きますが、夫人は当分の間その狂犬を連れていて下さいね。約束して下さい」

「別に良いけど、何故かしら?」


 ところで、さっきから自分の事が話題になっているのに、ずっと沈黙を保っている狂犬騎士が私も気になってきたのですけど、本当の意味で大丈夫でしょうか?

 この方も大概何を考えているか分からない人ですから、ちょっと怖いです。


 周囲を壁と木立に囲まれて視界の遮られた一角でマルスは立ち止まると、更に周囲を警戒するように小声で、


「副団長は王弟派の生き残りです。前の王妃の事件にも一枚噛んでいたと思われ、アルマ伯爵夫人は恨まれている可能性が非常に高いです」


 何でしょう。呆れ以外の気持ちが湧いてきません。

 自分達が望んだように王弟が国王になったのですから、真面目に仕事をすれば良いだけなのに実に面倒な事です、









 ただ一人からしか望まれなかった。

 だから、その死の後に捧げられる花など、あっという間に絶えた。


『ふうん。まあ、こんなものよね』


 交流会に行く度に遠くから、ねっとりとした目を向けてきた女。

 実は『妖精』である事を見抜いていたのかと思っていたが、もう一人の『妖精』には気付かなかった。


 交流会に行く度に遠くから、ねっとりとした目を向けてきた女。

 実は『妖精』である事を見抜いていたのかと思っていたが、もう一人の『妖精』には気付かなかった。


『交流会の時に私達は出会っていたなら、もっと早くから楽しかったかな?』

『妖精と違って人間は色々あるから分からないわね』


 かつてフランベルと名乗って混乱を作った妖精は、墓標もなければ『犬』もいない墓にダリアを一輪置いた。

 弔いの気持ちからと言うより、そうするべきだと思った程度の話だったが。


『人間らしい』

『まだ少し抜けていないから』


 元人間の夫と手を繋ぎ、妖精の夫婦は消えた。


 彼女の置いたダリアは程なく一瞬強く吹いた風に飛ばされ、また墓が何処にあるのか分からなくなった。



 誰にも見つけられたくないと願った女の墓は、その後誰も、妖精一人訪れる事はなかった。




体調を崩していました。更新が滞って申し訳ありません。

今まで朝の6時更新でしたが、「その時間の更新はありえない」と言われたので、今後は不定期夕方6時更新になります。

よろしくお願いします。

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