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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一
番外編【白昼夢の令嬢は夜を知らない】

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12【王子様は好きな女性と結ばれない運命にある】


 王太子達が出て行くと、休憩室は少しずつ穏やかな空気に戻っていきました。

 毒の入った飲み物は半分は護衛の狂犬騎士に、半分は神殿で起きた事なので女性神官が検査の為に持っていきました。

 ところで、この狂犬騎士はその毒入りを何処に持っていくつもりなのでしょう?

 アルマ伯爵家に雇われているという意識が何処まであるのか、それがまず疑問である狂犬騎士はちょっとだけ遠い目をして、


「それにしても、若夫人が王太子妃になっていた可能性もあったという事ですか。そうなっていたら、今はもっと楽しい事になっていたでしょうね……」


 王族の婚約者に選ばれる事は貴族令嬢は全員喜ぶか否か。

 どうやっても王族の婚約者の選考には対象外である下位貴族令嬢が、高位貴族令嬢に時々質問する話であります。


 答えは、『家の立場で王族と繋がると不利益になる場合があるので、縁談を持ち込まれる事すら迷惑な事がある』です。

 貴族の結婚は王族よりも家の都合が重視されるものです。


「そんな可能性などなかったわ。私は王弟の子息の婚約者になる事だけは絶対にありえなかった。なにせ、私は母の娘なのだから」


 フランベルが王族の婚約者に選ばれなかった事を私は不思議に思っていましたが……自分自身がその立場になると、私達が絶対に選ばれない理由にすんなり思い至りました。


「お母上とはネーヴェ公爵家の元令嬢ですよね?」

「ええ。ネーヴェ公爵家の元令嬢、それだけです。もう少し言うなら、政治的な家に嫁がなかった公爵令嬢です」


 狂犬騎士はほんの少しばつの悪そうな顔をしました。

 私からしたら、ただの事実です。そこに何の感情もありません。


 確かにネーヴェ公爵令嬢であった母ですが、素晴らしく政治的駆け引きが得意だったり、見事なまでに機転が利くような方ではありません。公爵令嬢としては凡庸より少し落ちる程度でしょうか。

 それでも、それだけだったら王族とは行かないまでも、本来ロアズ伯爵家より上の家に嫁ぐ事は出来た筈だったでしょうが。


 母は、あの叔母の姉でした。


 叔母の事を考えると、母はあまり高い身分に嫁いでしまうと叔母が問題を起こした場合に悲惨な事になったでしょう。

 姪である私かフランベルが王族の婚約者に選ばれた場合にしても、叔母の周りには当然のように有象無象が集まって……兄であるネーヴェ公爵がいくら有能だったとしても、叔母だけでなく立ち回りの悪い母をも完全にフォローしきれるとは思えません。


 恐らくネーヴェ公爵家が私やフランベルを王族の婚約者に選ばれないようにしたのでしょう。


 とは言え、叔母には感謝しかありません。

 はっきり言って、私だって王族に嫁ぐだけの能力のない、ただ公爵家に縁があるだけの令嬢でしかないのですから。


 エリゼを助ける事は出来なかったのよ。


 私は声にする事はなく、前の王太子の遺体が消えた件の報告書に目を落としました。





 同じ神殿内の事だからでしょうか、私が部屋に戻るなり、担当の神官が休憩室での一件に言及してきました。

 どうやら王太子のあの行動はもう少し意味のあるものだったようです。


「王太子にも困ったものなんだよ。王族を辞めたいからって時々変な行動をするんだよね……」

「そう言えば、以前、陛下も国王にはなりたくなかったと聞きました」

「王太子と違って陛下は諦めておられるけどね、王太子は納得していなくってさ」

「それで何故私に薬を盛るという行動になるのでしょうか?」

「破滅を望んでいる人の行動までは私にも分からないよ。まあ、その侍従の行動で破滅するなら何でも良かったんじゃないかな?」


 かなり迷惑な話です。

 しかも王太子は続けさせた方が罰になるので、発覚したとしても見かけ上罪に問われず、侍従だけが重罪に処せられるパターンでしょう。

 私の中で王太子の価値が、どうでも良いから最低に変わりました。


「まあ、でも……ここだけの話、王太子達は本気でアルマ伯爵夫人を妻として迎えたかったと聞くから、注意した方が良いと思うよ」

「はい?」


 妻?

 今さっき毒を飲ませかけた相手を?

 私が信じられないとばかりに目を見開くと、担当の神官は困ったように眉尻を下げ、


「アルマ伯爵夫人には『妖精の魔法』が効かないって噂があるんだよ。だから、一部の『妖精』を恐れる人達は君と縁を結べなかった事を非常に残念がっている」


 お茶会にも夜会にも参加しているのですが、そんな噂は聞いた事はありません。

 何処でどんな人達が荒唐無稽なお伽噺のような噂をしているのですか……。


「意味が分かりません……それに何ですか、魔法が効かないなんて思った理由は」

「それが分かったら苦労しないよ……」


 そうでした。

 『妖精』を認定しながら、神殿は『妖精』に纏わるものを迷信としていました。

 実に面倒臭い事です。これでは王太子の事など神殿は口を出せた義理ではありません。

 ……うん? だから、王太子の行動に眉を顰めつつも苦言を呈する事はない?


「まあ、そんな事より前の王太子の件だよ。どう? 何か思いついた?」


 王太子の事は気になるのですが、まずは前の王太子の問題を片付けなければいけないようです。

 これは実は長い間考えてきた問題でもありました。

 私は一度息を吐いて、


「前の王太子の遺体が消えた事に関してですが、やはり妖精ではなく人間の手によるものでしょう。人間には遺体を持ち出すメリットがなかったと言われていますが、現状を見る限り、犯人側にとってはメリットというか、意味があったと判断しても良いと思います」


 色々混じってしまいそうですが、フランベルが言い出した『妖精なら生き返るかもしれない』などの発言は処刑後の話であり、直接フランベルの話を聞いた王弟派に疑念を抱かせただけです。

 学園と同じで、下地が出来ていた所にフランベルは囁いただけ。

 それだけの行為が、第三者にメリットデメリット、意味も分からなくさせてしまったのです。


「いや、でも持ち出しについてはデメリットはあってもメリットなんてないって結論ついていたよ」

「立場が違えばデメリットがメリットになる事も珍しくはないでしょう。今の王太子も醜聞がメリットだったように」

「……まあ、そうだね」


 今さっきの話もありますし、担当の神官は変な顔になりつつも口を閉ざしました。


 この話も結局、フランベルが引っかき回したのだと言えるでしょう。

 フランベルが事件の重要な場所で『妖精』の事を囁かなければ、少なくとも当時でも理由には辿り着けていたと思います。


 今であればフランベルの部分が排除出来るので、もっと分かりやすくなっているのですが……大勢にとって最早過去の事です。真相もほとんどの者にとってはどうだって良い事。


「問題は前の王太子の遺体がなくなった事で何が起きたのかです。御存知の通り、遺体が消えた事で前の王太子は妖精だったのかも知れないと疑われ始めました。誰かが『妖精』ではないかと言い出したからです。この国の者で何か不思議な事が起きると『妖精』の所為だなんて言う人などいないのに、不思議な事ですね」


 一瞬、次の言葉を発するのが馬鹿馬鹿しくて、躊躇ってしまいました。

 賢い人や権力者が考えた事にしては、実に中途半端と言うか……考えが足りなすぎると思うのです。


「犯人の目的は、この国に『妖精』を広めたかったのですよ」


 『妖精』は確かにフランベルの囁きもあったので、王都にだけは広まって定着しました。けれど、犯人側には想定外な事に『妖精』への価値観が大きく異なっており、この国では即刻排除すべきものとまではなりませんでした。

 事前に何も調べていなかったとよく分かります。こういう抜けている杜撰な計画って、意図したものではなく偶然に見えるので気付かれなかったのでしょうね。


「……そんな事で?」

「そんな程度の事ではありません。『妖精』となったら名前も消えますから。フランベルも公的には最初から存在しなかった事になっています」


 名前が消えているのに、各機関から私の元に未だに問い合わせが来るのは本当に謎ですけど、フランベルの名前はロアズ伯爵家の籍にも神殿の記録にも何処にもありません。


 犯人は命だけでなく、存在した記録すら消したかったという事です。


「前の王妃の妹と言う女性は、恐ろしい方ですね」


 姉を異国の地まで追いかけて、血族まで抹殺し抹消しようとする前の王妃の妹の気持ちは、『妖精』を姉に持つ私にも理解出来ませんでした。







 可愛い年上の女の子が交流会の最中に席を外した。

 そして、戻ってきたらよく似た容貌の別のものになっていた。


 ほんの少し、毎回人間とは少しだけ違うから分かってしまった。


「それ、気を付けた方が良いわよ。貴女が妖精だってバレてしまうわ」


 少女の善意の指摘に、にっこりと妖精は笑った。


「覚えておくわ」


 正直者が好きなくせに、妖精は正直な言葉が嫌いだ。

 少女の善意は届かず、妖精は馬鹿にされたと思うだけだった。


 あの時、言わなければ。


『もうこれで碌な事は言えないな!』


 食事に混ぜられた毒は、長く効く筈ではなかった。

 妖精が毒の効果を高めた所為で、少女の家族は皆巻き込まれてしまった。


「王太子がよりによって貴方の事を好きだったから、こんな事になったの」


 人間の所為? 妖精の所為?

 二人はただ恋をしただけだったのに。


 毒を飲まされた少女は戦う事も出来ず、無力な王子様は諦めた。

 それを知る者は、今は少女の他に誰もいない。





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