11【毒など女なら誰でも持っている】
ロアズ伯爵は前の王太子の『身代わり』でヘレネと婚約したと考えた場合。
ヘレネと前の王太子は、周囲が引き離さなければいけないと考えるような関係だったのでしょうか?
それこそロウリスの言った身分差の恋で、周囲は認められなかった。だから、当時はロアズ伯爵令息だった兄の婚約者としてヘレネを迎えさせた。
それで今出ている情報は繋がるのですが……何か、変な気がするのです。
血筋的にも身分的にも、代わりの婚約者としてロアズ伯爵が申し分なかったからこそ、
「どうしてヘレネにそこまで配慮しなくてはいけなかったのかしら?」
ロアズ伯爵と元シラード伯爵令嬢の婚約の件で両親に手紙を書きました。
結局私の周囲で一番事情を知っているのは両親です。
「ご両親に対して過大評価では?」
「あら、辛辣ね。一番知っていなければいけない立場なのだから、『知っている』に決まっているでしょう」
皮肉交じりの会話をしながら私達は神殿の奥に向かって歩いていました。
本日はフランベルの件ではなく、前の王太子が妖精だったか調査している方にお会いする事になっています。タイミング的に合わせたように見えますが、前々から決まっていた事で、本当に単なる偶然です。
実は前の王太子について、私は未だに名前も知りません。
罪人として処刑された事もあるのでしょうが、不思議な事に前の王妃についても同じように記録がほとんどありませんでした。
前の王太子が妖精だったのか調査している担当の神官に会って直ぐ前の王妃について尋ねると、戸惑う様子も一切なく、
「そりゃそうだね。元々公務に出る事が少なかったから、記録出来たものも当然少ないってだけさ。あのリシス公爵令嬢に仕事を押しつけていたって話は聞いているよね? ただでなくても異国から来た事で肩身が狭かったのに、仕事もしなければ離宮の置物でしかないなんて、口の悪い奴は結構言っていたな」
「……それって言って大丈夫なのですか?」
「十年この調子でやってるけど、全然平気だよ。それに僕の身分だと権力者への忖度必要ないし」
担当の神官のその言葉は自嘲気味に聞こえました。
そうですね。ここは十年、証明出来ないものを証明する為に存在する場所でした。
何だか切ない気分になった私に、一転して明るい笑顔となった神官が、
「それで、前の王太子は『妖精』だったと思う?」
今更ですが、何故皆さん、私に聞いてくるのでしょうね?
どうせ結果など出ないと、十年適当な仕事をしてきたという前の王太子の調査担当の部屋は、あちこちに資料が堆積していて危険な状態にあるそうです。
前の王太子の遺体が消えた件についての報告書の写しを借りてきた私は、神殿の貴族信者向けの休憩室で読み始めました。
「『妖精』ではないと思います」
そう答えるのは簡単な事ですが、問題は『妖精ではない』という根拠を出さなくてはいけない事です。
無理です。とても不毛な議論です。
正直投げ出して二度と協力しない事も頭に浮かんだものの、先程妖精かどうかを調べる本当の意味を担当の神官から聞いてしまいました。神殿が妖精の事を調べるのにはきちんと意味があったのです。
世の中、何が何処で困った問題になっているか分かったものではありませんね。
「アルマ伯爵夫人、一度ゆっくり話してみたかったんだ」
取り敢えず、私の向かいに座っている今の王太子にも、困り果てています。
一応座る前に私に声をかけるのが礼儀だと思うのですが、当たり前のように何も言わずに座ったのです。忖度される側って自由ですよね。
これまで夜会の時に数回挨拶しただけなので、親しく話しかけられても私は困惑するだけです。
「私は既婚者ですので……」
「残念な事にね。君には私との婚約の打診をする筈だったんだけど、今も昔も間に合わなかった」
「そうですか。実に光栄です」
出てきた声が私自身も驚く程平坦だったので、王太子に滅茶苦茶不審な目で見られてしまいました。
「普通は喜ぶ所だけど、信じていない?」
「私の最初の相手は子爵令息でしたから。話があった事自体信じられません」
せめて信用出来るという根拠を見せて貰わない限り、問題のあった子爵令息と結婚しかけた私が王太子の話を信じる事など出来る筈もありません。
きっつい冗談だと笑い飛ばさなかったのを褒めて欲しい所です。
そんな気持ちは当たり前だと思っていたのですが、違う立場から見れば私は王太子の言葉に喜ばない無礼者に見えたようです。
王太子の後ろに立っていた侍従が滅茶苦茶嫌そうに顔を顰め。
「……アルマ伯爵夫人、言葉を慎むように。君は書類上はともかく、現実には離婚歴のある女性だ」
「主が人と話している時に割り込むような非常識な使用人が何を仰るのですか? もしや、主人の格を落とそうと言う事ですか。流石、素晴らしい忠臣です事」
王太子の侍従だからと調子に乗っている人間の嫌みなど、相手に寄ったら王太子の評判を貶める材料になると分かっているのでしょうか。
「お前! 王太子の前でぶれ……」
言葉は途中で切れました。
顔色が完全に変わった王太子も侍従も、私の背後をあんぐり口を開けて凝視しています。
ああ、前の王太子の調査を担当する部署の部屋の前で別行動となった方が戻ってこられたのでしょうね。
「続きがあれば、どうぞ。ないのであれば、私も別の用事がありますので……」
「……夫人、何故、そいつが?」
侍従が私の後ろを指差しますが、それは食いちぎられるので危ないと思います。
というか、前の所属の制服を着ていなくても分かるなんて、背後にいる方はそんなに有名な方だったのですか。
「うちに護衛として雇われたいと仰るので、今日は試用です」
「狂犬騎士ですよ! そんなの雇うものじゃない! 即刻セルーア侯爵夫人に連絡をして……!」
「退職したと仰るので、うちが雇用しても良いではありませんか。凄く強いですし、今のように付き合いのない方達に絡まれた時に出てきて頂けると、私のようなか弱い令嬢は本当に助かります」
かみ癖のある狂犬も、噛む対象がはっきりしていればそちらを優先的に襲うとセルーア侯爵夫人から助言を受けております。
見るからに腰が浮いた王太子が私は不思議で、
「……言葉は通じる方ですよ?」
「そうじゃない! 何でこの圧が分からないんだ!」
そう言われましても、私に向けられているものでもありませんし?
逃げるように王太子達が去って行った後に、後ろに控えていただけの狂犬騎士が私の前の紅茶を素早くずらしました。
「これ、飲まないで下さい。薬入れてましたから」
「あらあら、良い感じにあちらから証拠を残してくれましたね……」
私達はほの暗く笑いました。
侍従が喧嘩を売った隙に、なんて使い古された手ですね。
少し離れた場所で様子を見ていた女性神官の方が私に近付き、言葉だけはこっそりと、
「うちで検査しますよ? あっちへの忖度ありませんし」
この休憩室、元々それなりに人がいたのですよね……。神官ばかりなので一応そんなに噂をしない方達でしょうけど。
王太子達の明日からの評判は大丈夫でしょうか?
妖精の羽は薄い氷のようにパキンと割れた。
『治るの?』
「さあ?」
友人の妖精が気紛れにくれた羽の欠片をヘレネは飲み干した。
『痛い?』
『面白い?』
『苦しい?』
『腹立つ?』
妖精達がヘレネを覗き込んだ。
「直ぐに効く訳じゃないから」
『詰まんないの!』
ほとんどの妖精は走って去って行った。
残ったのは2体の妖精。
『人間は弱いね。ちょーっと薬の効果を上げてあげたら終わりだなんて』
「そんなものだから」
『だから、お前は詰まらない』
妖精はそう言って一瞬で消えた。
夢の中だから、そんな事はよくある事だ。
かつてのシラード伯爵家の自室そっくりの部屋も夢だからだ。
お気に入りの椅子に座っていると、ヘレネには自分の家族に起きた事の方が夢のように感じた。
『恨んでる?』
「貴方が指示した訳じゃないでしょう? 私が憎いのは、私達に薬を飲ませたあの女だけ」
出て行った筈の妖精達が窓からヘレネ達を見ていて、ヘレネが気が付くとぱっと走っていった。
今の言葉でどうなるかは知らない。




