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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一
番外編【白昼夢の令嬢は夜を知らない】

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10【身代わりは誰も求めていなかった】


 私の話を聞いたマルスは、体を二つに折り曲げ盛大なため息をつきました。


「……流石に今の話は先輩でも分かる範囲ではありません。なるべく情報共有して下さい」


 ちょっと誤解されている気配がしました。タイミングが色々悪かっただけで、私としては別に伏せようと思っていた訳ではありません。

 ノエリア様も常日頃ロアズ伯爵の近くにいらっしゃるのです。ノエリア様はノエリア様で何かしら掴んでいると思っていたのですけど、改めて考えてみると結婚前の話と親戚関係は無理だった気がしました。

 ……後日、私もネーヴェ公爵家が関わる事は知らなかったで押し通すしかないかもしれません。


 それはそれで後で反省する事にして、私は何故だか一気に疲労困憊の体で下を向いているマルスの顔を覗き込み、


「推測の段階でしかない話をここまで私に言わせたのだから、騎士団で男爵夫妻の死亡事故について調べてくれないかしら?」

「そこですか? 夫妻のブローチの入手の経緯ではなく? 後、圧をかけるのはお止め下さい」

「戦闘出来ない私が騎士である貴方に何の圧をかけられると言うのよ。ほら、何処かでウロウロしているかも知れない殺人犯を捕まえに行って。騎士の仕事でしょ」

「……それは私達騎士団ではなく、地方警備隊の怠慢である事はお忘れなく!」

「五月蠅い」


 最後はロウリスの一言でマルスは追い出されていきました。

 扉が閉まる瞬間まで王立騎士団と地方警備隊が全くの別組織だと何度も言わなくても、最近地方警備隊への苦情の窓口が何処か調べたので知ってますから。


 当主の執務室は静かになりました。

 私が資料の整理に戻ろうか悩んでいると、ため息をつきながらロウリスは読み終えた手紙を机に置きました。


「……ロアズ伯爵がブローチを盗んだ事が流出した件は良いのか?」

「そちらはネーヴェ公爵家の管轄よ。ロアズ伯爵からネーヴェ公爵家に辿られるのも嫌でしょうし、頑張って下さると思うわ。第一、ロアズ伯爵に盗ませなければ、こんな事にもならなかったのですから」


 ただ、ネーヴェ公爵家は何処まで予想していたでしょう?

 少なくともロアズ伯爵の不可解な行動は、ネーヴェ公爵家の利益に結びついているとは到底思えません。その内ロアズ伯爵が切られそうな気がして私も不安な所があります。


「ところで、体は大丈夫なの? 私の話も聞くの辛いかしら?」

「私も疑念があるから聞きたい。ただ、なるべく短めに」


 そう言ったロウリスは、疲れより眠気を我慢しているように見えました。

 昨日に会議でどれだけ気疲れしたのでしょうか。

 今後も当主として会議に出なければいけないロウリスについて若干不安を感じながら、私はロウリスが眠ってしまう前に急いで話をする事にしました。


「ブローチの話の流出に関しては複雑に考える必要はないと思うの。貴方も知っての通り、ロアズ伯爵家の使用人から外部に漏れる事はないし、ロアズ伯爵自身も使用人を関わらせる行動はしなかったでしょう」


 使用人達については身内故の贔屓目ではありません。私の祖父である先々代のロアズ伯爵が、何かあった時に被害を被るだけの立場になりやすい使用人教育だけは徹底させていた流れが続いているのです。

 同様に父も今のロアズ伯爵も、祖父の存命中はかなり厳しく指導されていたそうですが、こちらは残念な結果だったと言わざるを得ません。


「この前提で家の秘密裏に起きた件が流出したとしたら、単にロアズ伯爵が外で口を滑らせているという事なのよ」


 私を見るロウリスの目には呆れと眠気が入り交じっていました。

 妹の私にしても、ロアズ伯爵がこんな事をする人だと思ってもみませんでした。


「……そんな事、外で言うか?」

「言う事もあるでしょうね。自分から言うばかりでもなく、言わせられる事も普通にあるでしょ」

「ああ……」

「ともかく、ロアズ伯爵がこの件を話したのは割と最近の筈よ。男爵夫妻が今になって殺されたのも、タイミング的にも恐らくそれが切っ掛けね」


 よりによって。

 私だけでなくロウリスもため息をつきました。昨日から本当に疲れる話ばかりで嫌になってきます。


 一応、情報が集まり始め、話も整理出来てきたのですが、まだ大事な部分が分からない事だらけです。

 気のせいか、フランベルの真相を追究していた時のように、少しずつ何かがズレる事により真実を隠しているような……何だかあの時と同様の薄気味悪さを感じていました。

 まあ、今の眠気に負けそうなロウリスにそれを言っても仕方ないでしょうね。


「私の方はそれくらい。ロウリスの方は? 手紙には何て書いてあったの」

「……私が説明するより読んだ方が早い。丁度、今話していたブローチの件の話だ。取り敢えず、私は非常に疲れた」


 とうとう俯いた顔を上げなくなったロウリスは手紙を差し出しました。


「これってノエリア様からの手紙でしょう? つまり、ロアズ伯爵はブローチの件をノエリア様に説明したって事よね」

「レオンは殴られてるかもな。そうじゃなかったとしても……それなりなケジメみたいな事を付けさせられているだろ」


 言葉選びも雑になってきたロウリスはともかく、ノエリア様は元騎士ですから、ブローチの窃盗の件を聞いたら滅茶苦茶怒ったでしょうね。

 今のロアズ伯爵の家庭がどうなっているか心配になってきましたが、ロアズ伯爵が悪いのですから仕方ない事でしょう。



 ノエリア様のちょっと癖のある字で書かれた手紙には、実に淡々とロアズ伯爵が何故藤のブローチを盗んだのか書いてありました。


 ロアズ伯爵は何故ヘレネと自分が婚約したのか理由が知りたかったようです。


 政略の割に明らかに家同士の関係が希薄だったのですから、私以上に当事者のロアズ伯爵は気になっていたのでしょう。結局、両親は私だけでなく本当にロアズ伯爵にも何も説明しなかったのですね。

 それはそれで気になる所ですが、その答えを教えて貰う代わりに、ロアズ伯爵は『交渉相手』からブローチを渡す事を要求されていたと書かれていました。

 問題は、


「ねえ、あの婚約は『とある方とシラード伯爵令嬢の縁を絶ちきる為の婚約だった』って、どういう事?」


 私は寝落ちしかけているロウリスの肩を掴んで揺らしました。

 これまで私はロアズ伯爵を忠臣に考えてきましたが、この話が真実ならヘレネありきの婚約だったという話になります。


「……どういう事って聞かれても……普通にシラード伯爵令嬢達が身分違いの恋とかやっていて、引き離したという話だろ?」

「眠い割に冷静ね。でも、記憶にあるヘレネはロアズ伯爵にべったりだったのよ。他に好きな人がいたなんて思えないわ」


 ヘレネは間違いなくロアズ伯爵を愛していました。

 少し前に会った時には妙にさっぱりしていたとは言え、フランベルが処刑される直前の時期に騎士団本部で会ったヘレネは、ロアズ伯爵に対する強い執着を覗かせていたように思えました。


「単に叶わぬ恋より近くの婚約者だったんじゃないのか? レオンもちょっと最近の行動はおかしいが、悪い男じゃない。その身分違いの相手は誰なのか知らないが、代わりの婚約者として十分上の人間だろう」


 代わり? 今、ロウリスは自分が何を言ったのか分かっているのでしょうか?

 昨日言った事を……忘れているのでしょうね。ぐったりとしたロウリスの頭がいつも通り動いているとは思えませんでした。


「悪い、限界だ。少し寝てくる……」


 フラフラと部屋を出て行くロウリスを、私は無言で見送りました。

 口を開けば色々出てしまいそうだからです。


 代わりは……影としての身代わりは、その部分だったのですね。


 これまで私は自分達が政治的にも無縁だと思っておりましたが、私の目に映っていなかっただけのようです。

 実に遠回りに貴族は指摘するものです。ここに至るまでそんな可能性なんて頭にありませんでしたよ!


 私は執務室のソファに座り込みました。

 ロアズ伯爵達の婚約を整えた両親は言わなかったのではなく、言えなかったのでしょう。

 もしも相手の男性が他の誰かだったなら、王家の顔色を窺う必要もなかったのですから、もっと前に誰かが何処かで口にしたでしょうね。

 私は頭を抱えるしかありません。


「フランベルが複雑だったと思っていたけど、お兄様の方が複雑だったじゃない!」


 フランベルとロアズ伯爵に纏わる不可解な状況。

 それがロアズ伯爵の腑に落ちない行動と繋がっている事は確信出来ていても、まだ重要なピースは欠けたままでした。








 嘲笑う声が響き渡っていた。

 人には聞こえないからこそ、彼らは大声で笑っていた。


『人間と妖精の区別もつかないのにな!』


 彼女は自分が妖精と言われるのが怖かった。

 周囲から排斥されるのがあまりに恐ろしくて、『妖精』を作り出してしまった。


『私は妖精じゃないって言ってた!』

『当たり前だろ、人間なんだから!』


 姉が異国に王妃として嫁いでいた妹は、『妖精』ではなかったから呆気なく猟犬に殺された。

 妖精は妖精だ。人間と混じる存在ではなく、『妖精の血統』などというものは人間の幻想でしかない。


『そもそも妖精にもなれないくせに!』


 最後は人間からも妖精からも笑われた彼女は、『妖精』であった姉の所為だと思って死んだ。





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