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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一
番外編【白昼夢の令嬢は夜を知らない】

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5【虚実さえも霧の中に】


 『妖精の取り替え子』として入れ替わった妖精は、人間として生活して人間として死ぬ。

 でもそれって、突き詰めるとどうなんでしょう?


「……結局、普通に人間という事では?」

「普通の人間だったら、あれ程の人間を混乱の渦に巻き込みませんし、遺体が消える事はありません」


 担当の神官は大真面目な顔で仰いますが、私からすればどちらも人間でなければ絶対起こり得ないものではないと思うのです。

 方向性は違いますが、『魔女』と呼ばれるセルーア侯爵夫人や『魔法使い』と呼ばれるデューイも大勢の人間を混乱に陥れますし、遺体が消えたのだって状況次第ではどうとでも説明がつきます。


 ……どの道私達のもとに『姉』の遺体が返ってくる事はないと分かっていたので今まで尋ねませんでしたが、


「フランベルの遺体の消え方はそんなに不可思議なものでしたか?」


 私の問いに返答はありませんでした。





 神殿の廊下は来た時とは違って賑やかな声が響いていました。

 一人で歩く帰り道でしたので、ほんの少しの興味のまま、その賑やかな方に足を向けてみました。


「結婚おめでとう!」


 小規模の結婚式に使われる礼拝所の扉が開いていて、中からそんな声が複数聞こえてきました。

 奇しくも私とジェイクとの結婚式が行われた礼拝所です。


 その声からかなり遅れて聞こえてきたのは人々の拍手と、それにかき消されかける挨拶です。

 何だか式の進行がもたついているような気がしましたが、扉周辺の護衛の数を見ると貴族と言うより少し裕福な家の結婚式で、ガチガチに進行は決められていなかったのでしょう。

 和やかに新郎新婦を祝う声がして、私は礼拝所のある方に背を向けて歩き出しました。


「結婚式か……」


 ロウリスが領地に戻ったら式を挙げようと言っていたのを思い出しました。

 最近、付き合いのある複数の貴族から、ロウリスは初婚で結婚式を行わないのは体裁が悪いと指摘され、結婚式に使うドレスなどがアルマ伯爵家に次々に届けられていました。その荷物が増えるごとに気持ちも圧迫されて、私も先日式を挙げる事を了承した所です。


 非常にありがたい事ではあります。高価な物を私達の為に揃えてくれる厚意はとても嬉しいのですが……。

 何というか色々外堀を埋めてまで、誰かが私達に結婚式を挙げさせるように圧をかけている気がするのです。


 誰でしょう?


 少なくとも私には心当たりがありませんでした。

 私と親しい方達はジェイクとの結婚式を覚えている方ばかりなので、改めて結婚式をしたくないならそれで良いと仰る方々ばかりです。

 ならばロウリスの関係者かと言えば、あちらは騎士の性質なのか、はっきり考えている事を口にして行動する方々なので、遠回しなやり方をしないと思うのです。


 ロウリスと相談した上で、道具が揃っても結婚式を挙げるか挙げないか曖昧なままにしておけば、私達に結婚式を挙げさせたい誰かに関係する人間が接触してくるかと思いましたが……今の所、声をかけてくる人はいません。

 結構な金額が動いている様子なので、誰かはっきりさせたいのですけど、さて、どうしたものでしょう?


「ロアズ伯爵令嬢?」


 すれ違った神官に不意に声をかけられました。

 振り返ると、ジェイクに殴られたときに治療して下さった治癒魔法の使える神官の方でした。

 私が本人と分かると穏やかに微笑まれましたので、私も軽く礼をしました。


「あの時はお世話になりました。今は縁あって別の方と結婚してアルマ伯爵夫人となりました」

「そうなのですか。それは大変失礼をしました。神殿に籠もってばかりで世俗に疎く、申し訳ありません。心に大きな傷が残ったのではないかと心配しておりましたが、そうですか、結婚なさいましたか……幸せに暮らしているようで私も安心いたしました」


 そう言って何度も頷かれる神官は、後ろに数人の方を連れておられました。


「治療の必要な方々ですか?」

「ああ、すみません。確かに治療の途中です。挨拶だけでもと思っただけなので、私達はこれで失礼します」


 治癒魔法を使える神官の後ろを歩くのは助手と思しき神官達と、患者とみられる貴族らしき数人の男女。その内の一人が立ち止まって私を振り返りました。


「元気だった?」


 見る人が気が抜けるような、以前と同じ夢見る笑顔を浮かべ、元シラード伯爵令嬢が立っておりました。

 全体的に装いは地味な物になっていますが、最後にあった時との差はそれぐらいでしょうか。ある種、怖い程変わりのない様子にも見えてしまいました。


「どうしてここに……って、保護されたのですか」


 この大神殿には貴族の女性や子供達が困窮した場合に駆け込める一時保護施設が併設されております。シラード伯爵家が借金で没落したとなると親類縁者は令嬢達を受け入れる事を拒否したでしょうし、寧ろここにいるのは当然なのかも知れません。

 納得しかけたところで、私は元シラード伯爵令嬢が先程、患者として神官と一緒にいた事を思い出しました。


「……もしかして、何処か具合が悪いのですか?」

「そんな事ないわよ。でも、色々あるから」


 色々ですか……。

 相変わらず元シラード伯爵令嬢には何を聞いても要領を得ない回答しか返ってこないので、私はそれ以上尋ねる事はしませんでした。


「元気だった?」

「ええ……元気ですよ。シラード伯爵令嬢もお変わりなく?」

「うちは没落してしまったから、私ももう伯爵令嬢ではないのよ。これからはヘレネと呼んで頂戴」


 没落した事は分かっていても自分が平民となったから伯爵夫人に声をかけてはいけないとは理解していない様子。

 この部分も相変わらずちぐはぐというか、変わっています。


「聞いたわよ。やっぱりフランベルは妖精だったそうね?」

「大分古い話ですね。それは貴女が兄と婚約破棄した時には神殿が発表していた事ですよ」

「知ってるわ。それとは別に、私がフランベルを妖精じゃないかと疑っていたのはもっともっと前の事ね」


 うん?


「前?」

「貴女のお姉さん、昔から妖精と何度も入れ替わっていたじゃない」


 夢?

 私はどういう反応をすれば良いのか分からず、戸惑うしかありませんでした。

 でも、昔から?


「何度も入れ替わっていたなんて……あり得ないわ。そんな事、分かる筈もないでしょう?」


 そもそもあのフランベルが妖精としか言えない性質を持っていたとしても、あくまで人間です。

 入れ替わりなんて絶対にあり得ない、筈です。

 不思議そうにヘレネは小首を傾げました。


「分かるわよ? 妖精は外見が人間とは違うのだから、見分けがつくのよ。知らなかった?」

「え、そんな……」

「伝承だけでなく、きちんと本にも書いてある事よ。あんなにも世の中は妖精騒ぎになっていたのに、そこは調べていなかったのね」


 担当の神官は……ああ、『妖精の取り替え子』として入れ替わった妖精は人間になっていると言っただけです。妖精そのものが見分けがつかないとは一言も言っていません。


「踵がない、スカートの裾から見える尻尾、髪が海藻そのもの……ふふっ。触れたら氷のように冷たいとかもあるわね。ほんの少し気をつければ本物の妖精は見分けられるのよ」


 妖精は触れたら異常に冷たいという昔話は聞いた事があります。

 人間の女性が妖精の青年に恋をした話でした。二人がキスをしたら青年があまりに凍えるような冷たい体だったので、思わず突き飛ばしたけれど、女性はそのまま数日間寝込んだ後で死んだという。


 でも、それはお伽噺の出来事です。

 正直、フランベルが妖精と入れ替わっていたなどヘレネのただの妄想という可能性しか頭に浮かびませんでした。


「そう……姉は何度も入れ替わっていたのですね」


 私はあり得ないと思っていたものの、何故ヘレネが『入れ替わっていた』と断言するに至ったのかも確かめるべきだと、一旦否定の言葉は呑み込みました。

 ヘレネは私が疑っている事に気付いているのかいないのか、いつまでもふわふわした笑顔のまま、


「そうなの。あの子、交流会の途中に入れ替わるから、止めた方が良いって忠告してあげたのよ。子供ってたまに凄く目敏いから、妖精が混じっていたと分かれば問題が起きそうじゃない? だから止めたのよ」

「交流会? フランベルがいた?」


 そう言えば、王都で生まれ育った令嬢達が親しいのは、子供同士の交流会があったからと聞いていました。

 地方の貴族の子女を含めた大規模な交流会も、狩猟大会同様に前の王太子の事件の後は行われなくなったと誰かが言っていたような。ああ、そもそもロウリスが兄のロアズ伯爵と会ったのも、交流会だと言っていました。


「上位貴族家の子供達は王城であった交流会に呼ばれていたのよ。私はそこでフランベルとレオンに会った」


 私の中で何かが繋がったのですが、同時に感じる何かの違和感に私は堪らなく気分が悪くなりました。

 奇妙でおかしいのに、見落としてはいけないものが何処かで顔を覗かせています。


「私の姉と兄に会ったのですね? でも、姉と兄は少し年が離れているのですよ。同じ交流会に同席するでしょうか?」

「さあ? いたのだから仕方ないのじゃない?」

「それは……」


 廊下の向こうからヘレネを呼ぶ声が聞こえました。

 どうやら先程の神官の助手の方で、「治療の順番ですよ!」と言われたヘレネは挨拶もなく私の目の前を通り過ぎようとしました。

 まだ私は隠された事実の一端を掴む事が出来ていないので、焦りながら口にした質問は、


「待って。兄の事はそこで……好きになったの?」

「さあ、どうだったかしら? ビスケットが嫌いだって言って、私に自分が手にしていたビスケットを全部くれた子の事は、好きになるかしらね?」


 それだけを言い残し、ヘレネは去って行きました。

 ヘレネの向かった先には神官達が待っているので、私も再度呼び止める事は出来きませんでした。



 おかしい話の中の真実と、真実の中の嘘。

 その存在を感じ取れていても、それらを見分ける事は今の私には出来ませんでした。






『もう好きに出て行っても良いんだよ』

『え?』


 少女は驚いた。

 もう二度と出られないと思っていたからだ。


『あんたの何もかもを奪ってなりすましていた妖精は死んで戻ってきた。これであんたは生け贄になる事はないし、名前も取り戻した。つまりは自由になったのさ』

『人間としてやり直せるって事?』

『いいや、妖精があんたの人間としての命を使っちまったから、あんたは妖精のままだね。こればっかりは諦めてくれ』


 好きに出来ると言われてもどうして良いのか分からず、取り敢えず『フランベル』は長年暮らしていた家の外に出た。



 通りでは妖精達が結婚式を挙げていた。

 楽しそうだった。

 振る舞われる食べ物を頬張りながら歩いていると、『フランベル』の前に新郎新婦が立ち塞がった。

 はて、知っている顔のような?


『君の妹、マリーベルに宜しく』


 新郎に言われて、『フランベル』はマリーベルの声を辿って人間界に戻った。






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