4【兄と妹、姉と妹】
『レ』から始まる登場人物の名前が複数いたのを思い出して
レイノール→ヴェルク
と名前を変更いたしました。大変申し訳ありません。
ビスケットの注文のおまけとして受け取った可愛らしい妖精の小瓶は、何となくアイシングクッキーを詰めてみました。
それを見たロウリスが目を眇め、
「この瓶、懐かしいな。生誕祭の日になると平民の振りをして貰いに行ったものだ」
「貴族の子供は貰っては駄目なものだったの?」
「駄目じゃない。ただのプライドの話だな。普通のプライドがある貴族の親は子供に買って買い与えていたが、私の親は元々子供に菓子を与える気がなかった。だから聖誕祭になると兄と二人で何件か回って菓子をため込んだものさ」
ロウリスの表情は穏やかで、きっとそれはそれで楽しい思い出だったのでしょう。
意外にロアズ伯爵家では子供はバラバラで暮らしていたので、そう言った思い出は私にはありません。
感慨深げにロウリスが瓶を手に取って緩く回すと、アイシングされている分、硬質な音を立てながらクッキーが転がりました。
「なら、当時のビスケットには思い入れがある? 使用人の分とは別に私の食べる分を注文したから、届いたら一緒に食べましょう」
「あのビスケット買えたのか!? だったらレオンの分も注文出来ないか? あいつもあのビスケットが好きだったんだ」
……へー。嬉しそうにするロウリスは良いのですよ。ロウリスは他の家の子息でしたから、その部分は良いのですよ。
社交シーズンは王都にいた兄はあのビスケットを食べていたのですか。
なるほど、兄は、食べていた。
「注文しません。昔の事とはいえ、兄はしっかり自分だけビスケットを食べていたのでしょう? 日持ちのする菓子を自分だけ、食べていたのですよね」
こんな所から過去の兄の悪行が発覚するなんて、本当、悪い事はするものではありませんね。
ロウリスの顔色が悪くなりました。最後にあのビスケットを貰ったのはロウリスが十一歳? 十二歳? どちらにしても、ロアズ伯爵家に出入りしていた頃なので、無関係ではないと思ったのかも知れません。万年欠食状態だった当時のロウリスに分けてくれなかったなんて私は怒りませんよ。
ただ、兄は別です。
「うふふふふ……ロウリスの家の兄弟愛は素晴らしいですね。美味しいお菓子を手に入れる為に一緒に回って……私の兄は自分だけ食べた。そう言えば、私の両親は子供達には出来る限り平等で、きっと私の分もあったのでしょうね」
「あ、いや、男は食べるから……」
「なるほど。女性は美味しいものなど一切食べなくても良いと思っているという事ですね! 男なら独り占めして良いと」
「私は思っていない! それはレオンが食べたから……!」
「ええ、ええ。私は当分兄を兄とは思いません。毎年勝手に二倍も食べて平然としているなんて、本当、血縁ではないと思いましょう」
私は先日届いていたロアズ伯爵からの食事会の誘いを『当家とそちらは親しい関係ではありませんので食事会はお断りさせて頂きます。無縁の人間同士なので、今後は連絡もお止め下さい』と返答をしました。
自分が好きなものならその場にいない相手の分を盗っても良いと考える人と付き合うのは危険です。これは至極当然の対応です。
その後のロアズ伯爵から届いた手紙は全て燃やして捨て、面会も一切合切断り続けています。
「マリー……いくら何でも」
「あら。黙って何度も盗るような方、兄でも何でもありません」
その後私が話したもう一つのロアズ伯爵の行いに、ロウリスは「嘘だろ……」と呟きました。
さて、ロアズ伯爵本人は色々隠していた事も含め、何処まで何が悪かったのか理解しているでしょうね。
あのビスケットは私にとって、ため込んでいた怒りを最大限引き出す発火材となりました。
ロアズ伯爵も面倒なら、フランベルもまだまだ面倒な存在です。
フランベルに振り回されていた私達が新しい日常に慣れていく中、私は十数度目の呼び出しを受け、神殿を訪れました。
「本日はご多忙の中、神殿に来て頂いた事を心より感謝いたします」
「もうお互い挨拶は不要でしょう。いつもの部屋ですか?」
「はい。ご足労をおかけいたします」
担当の神官とのこのやり取りも何度目の事でしょうか。
神殿では認定とはまた別に、フランベルが『本物の妖精』だったかどうかの検証を続けています。
フランベルの遺体は消えたまま、今も見つかっておりません。
神殿所属の者達が何回も入念に衣類などの端切れが残っていないか探したそうですが、綺麗さっぱり忽然と、前の王太子の遺体のように消えたっきりとなっていました。
「例の方の担当者ですが、やはりアルマ伯爵夫人にお話を伺いたいとの事です」
「私に聞いて何が分かるというのですか……」
遺体が消えたフランベルが妖精かどうかを検証されているとしたら、前の王太子も同じように妖精かどうかを検証されていたとしても不思議な事ではないでしょう。
ただ、何故私に話を聞きたがるのでしょうか。
フランベルの事でも疎遠な関係だったのであまり役に立つとは思えないのに、前の王太子に至っては全然知らない方なのです。私は意見を求められるのが困るので、なるべく今の呼び出しも止めて欲しいと思っております。
ここ最近、私と『妖精』事件の担当の神官は、神殿に持ち込まれたフランベルの持ち物を一点一点確認を続けておりました。
ほとんどがリシス公爵家から持ち込まれた物です。
とっくの昔に処分していたと思っていましたが、フランベルに関わる男性達はいずれも複雑な心理をお持ちのようで、リシス公爵もフランベルとの思い出を捨てきれなかったそうです。
「不自然な物はありましたか?」
「分かりません」
リシス公爵と結婚したフランベルと会ったのも、ジェイクとの結婚式の直前です。
私が見て何が分かるという物で、何度も問いかけられていた私は少し苛ついていました。
大体不自然というなら、これだけ公爵夫人として豪華な品を買い与えられて不倫に走ったフランベルそのものが不自然極まりません。それを指摘すると話が完全に中断してしまうので黙っていますが、いい加減にしてほしいものです。
そうして確認を続けてきた結果、とうとう最後の私物に辿り着きました。
「……」
「……」
私も担当の神官も無言で、たった一つ残された日記を見つめておりました。
以前リシス公爵から存在しないって聞いていたのですけど、ドレッサーの引き出しの奥に隠されていたフランベルの日記が最近見つかったのです。
私も担当の神官も日記には手を伸ばしません。
しばらくその状態が続きましたが、埒があかないので、
「見ますか?」
「ちょっと待って下さい。妖精の言語で書かれているかも知れないので、覚悟を決めさせて下さい」
「まだフランベルが正真正銘の『妖精』とは決まっていないと仰っていましたよね?」
「開けたら本物の証拠が出て来る可能性が捨てきれないのですよ……」
イラッとしていた私は日記を手に取り開きました。
並んでいたのは人間の文字でした。
「大丈夫です。普通の日記みたいですよ」
「隠された妖精言語が何処かにありませんか? ほら、アナグラムだったり、文字が反転していたり、見えないインクで書いてあるとか、特殊な記号が所々あって文章になっているとか」
「そんなの私に分かる訳がないでしょう……」
呆れながら私はフランベルの日記をパラパラ捲りました。
簡単に読む限り何の不審な点もない日記です。あれだけ色々やらかしていたにも関わらず、普通の日記です。
予想通りある種の方向に滅茶苦茶不自然である日記に眉を顰めつつ、私がジェイクと結婚式をあげる前日のページを開いてみました。
そのページには私の結婚式の準備の話以外は何も書いてありませんでした。
思わず私は日記を見る角度を変えたりもしましたが、何かの文字が浮かび上がる事もなく、本当にそれだけでした。
そこから日付の古い方へ、私がどんなに目を皿にしながら辿っていっても、フランベルが付き合っていた男性達の記述は一行もありませんでした。
ジェイクの名前も、イニシャルすら出てきません。ヴェルクの叔父の名前だって何処にもありません。
とても隠す必要があるとは思えない日記でした。
私は少し考え込んで、
「この日記……確証はありませんが、悪戯で隠しただけではないでしょうか?」
「なるほど。妖精は『惑わせる』事が有名ですが、『隠す』性質も持っています。つまり妖精としての行動だった可能性がありますね」
担当の神官は私の推測を否定する事もなく、何かの書類にサラサラと書き込んでいきます。
これは……思いつきで口にした私の意見が全採用される危険な流れになりそうな気配がしました。
「以上です」
他に何か、と聞かれる前に私は締めくくりました。
顔を上げた担当の神官が残念そうな顔をしていましたが、根拠のない思いつきの話を採用されるのは嫌なのですよ。
担当の神官もようやくフランベルの日記を手にしてパラパラ捲りました。
「あー……確かに日常の備忘録っぽいですね。これは仰る通り私も隠す意味はないと思います。隠すとしたら悪戯でしょう。他にも隠す行動を取っているか確認したい所ですね」
やっぱり他の話を聞かれました。
諦めて考え込んだ私は、
「そう言えば……フランベルは指輪を宝石箱の隠し収納に隠していました」
「そんな物が!?」
聞かれると思い出せるものなのですね。
あれはリシス公爵家の備品だったのでしょうか、このフランベルの私物の中にはアクセサリーボックスはありません。
「でも、隠し収納なら、ただ盗られたくない見られたくないからかも知れません。他に悪戯っぽく隠された事はありますか」
「ありません」
「本当にないですか? 子供の悪戯で物を隠すなんてよくあるでしょう?」
だから私とフランベルは八歳差があるんですよ。
私が物心付いたときにはフランベルはそれなりの年齢で、子供のような悪戯は……
「……気になっていた事はありました。私が子供の頃に使っていた本棚の奥に、大事にしていた本が落ちていたのです。扉付きの本棚で使用人達が掃除で誰かが触る事もありませんし、大事にしていた筈なのに変だなと思って……」
相槌もなく書類に走るペンの音しか返ってきません。
あのダリアの栞が挟んであった本は、偶然落ちたにしては不自然に奥で、その割に少し本を移動させたら何処にあるのか分かる位置にありました。
私の本を触れるとしたら家族くらいで、両親、ロアズ伯爵、フランベル……
「え、あれもフランベルの悪戯?」
「分かりません……」
何故かここに来て私と担当の神官の立場は逆転しました。
まあ、それだけの話なのですけどね。
それ以外は私も思い浮かばず、検証すべきフランベルの私物も机の上から消えました。
一応、終了という事でしょうか?
「これら分かった事はこちらで審議します。また別の事などをお伺いする為に呼び出してしまう事はあるかも知れません」
まだあるのかと私はうんざりしました。
十年以上やっていると思われる前の王太子の検証が終わっていない事を考えると、これはかなり長くかかるのかも知れません。フランベルを妖精にして家の没落を免れた代償は全く軽くなかったと言う事です。
「……それにしても、ここまで怒らずお付き合い頂いて、私達としてはアルマ伯爵夫人には感謝しかございません」
普通の家なら多忙なので頻繁に呼び出されれば怒るのは当然でしょう。
私がここまで呼び出しに応じ続けられたのは、今年はまだ前伯爵夫妻の負の遺産が残るアルマ伯爵家の片付けが続いていて、社交をそんなにしていないから時間が空いていたに過ぎません。
「御礼を言われるような事ではありません。来年はアルマ伯爵家は通常の貴族と同じように社交を始めます。呼び出しを断る事もあるでしょうね」
「来年は来年ですね。取り敢えず、ここまでの御礼として、私からは神殿が秘匿している情報を少し教えましょう」
何か嫌な予感がした私が断る前に、
「『妖精の取り替え子』であった妖精は、入れ替わる時以外に魔法は使えないんですよ。入れ替わる事で『人間』になってしまうので」
妖精の魔法を使ったら本物の妖精なんて分け方は出来なかったようです。
しかも完全に知りたくなかった事です。
「……中身が妖精であっても、人間として生活して人間として死ぬなら、実質判定不能ではないでしょうか?」
「それを分けるのが私達の仕事です」
十年でも終わりませんね。
下手すると一生続きそうな話だったと気付き、私は体を震わせた。
『ああ、楽しかった!』
思うさま引っかき回し、思うがまま振る舞った。
フランベルだった妖精は上機嫌で仲間の元へ帰ってきた。
『ああ、やっと死んだの?』
『やっと次の遊びが出来るね!』
殺されたのを恨む?
とんでもない!
死んだら妖精に戻るだけ。一つの遊びが終わっただけ。
次の遊びを始めようと妖精達は簡単にそれまでの遊びを忘れてしまう。
『さあ、次は何して遊ぶ?』
『どんな悪戯をする?』
フランベルだった妖精は上機嫌に、
『結婚式をあげるわ!』
楽しい事が好きな妖精達は歓声をあげた。
楽しい、楽しい。
いつまでも、彼らは夢の中で楽しく笑う。




