3【十一年前の死は今でも匂う】
結婚してから初めての社交シーズンも終わりが近付いていました。
領地に帰る時期が近付いている事でもあり、未婚の友人達はもう少し王都にいたいと嘆いています。その一方で、男性達は未婚も既婚もこの後始まる狩りの季節への期待に頭がいっぱいになっており、夜会で若い男女の会話が噛み合わない場面もちらほら見かけるようになりました。
「男は狩りが好きね」
お土産になりそうな物を探して街を歩いている私の横を、狩りの話題で盛り上がって大きな声を響かせている男性達が通り過ぎていきました。
これで三組目です。
通りの反対側を歩いていた別の集団も狩りの話をしているのが聞こえてきて、私は思わず苦笑いをしてしまいました。
狩りは貴族にとって重要なエンターテイメントであると同時に、主要な夜会の季節が終わった後の大事な社交の機会でもあります。
この時期、特にまだ婚約もしていない息子や娘を持つ貴族の親は、領地での狩猟に誘って婚約の縁を作ろうと忙しく声をかけて回っているそうです。
あの兄も昔、何回か誘われて出かけた事があるとか。
「祖父が言うには、昔はあちこちで狩猟大会もあって、もっと活発だったそうですよ。……色々あって各家の交流が控え目になったので、大きいものは長らく催されていないそうですが」
「へぇ……」
そう私に教えてくれたのは、元の職場に戻っていったマルスに替わり、アルマ伯爵家に再雇用されて戻ってきた従者の青年ヴェルクでした。本日は荷物持ちとして私の後ろを歩いています。
ヴェルクはかつてフランベルの本命だと思われていた学園の元教師の甥に当たるそうです。家族共々事件の精査が終わるまで監視対象としてロウリスに預けられたと言う裏事情はさておき、私からしたら普通の使用人です。本人自体は何の罪も犯していませんし、私としても思う所はありません。
「そう言えば、私の両親も先代……今は先々代の頃に、ロアズ伯爵領で狩猟大会があったと言っていました。三十年以上前の話だそうで、不思議ですよね」
「プリシラ、それ以上は言ってはいけないわ。そこは察する所なのよ」
狩猟大会が控えられるようになったのは十年程度前の事です。では、最後の狩猟大会から何故二十年程度ロアズ伯爵家で何もなかったかと言えば、私の父である前ロアズ伯爵が犬が嫌いだからです。
普通は森の奥での狩猟を禁じられている領民が森で猪や鹿を狩って領主に持っていくと褒美が出るなんて、ロアズ伯爵領くらいだとよく言われました……。
「ヴェルクの口ぶりだと、貴方のお爺様は狩猟大会をよく知っておられるようね。もしかして貴族の関係者だったの?」
「男爵でした」
以前からの疑問が一つ消えました。
平民の教師であるヴェルクの叔父がいくら優秀であったとしても、王族の家庭教師にまでなった事は疑問でした。それが元々貴族の縁者だったのなら何の不思議もありません。寧ろ普通です。
「あら、でも貴方のお爺様って……」
「今は平民ですよ。立ち回りが悪くて爵位を維持出来なかったなんて珍しい事ではありませんよね。先に言っておきますが、本当に立ち回りが悪かったのですよ。家系的に次に起こる事を予測して動くなんて出来ない性分でしたので。叔父もそういう性格でしたから、しっかり破滅したでしょう?」
私が聞きそうな事を予測して話すのですから、ヴェルクが卑下する必要はないと思うのですが、ヴェルクの叔父に関しては立ち回りが下手と言う事には全力で同意します。
よりによってフランベルと関わって……せめて、もう少し上手く立ち回れていたのなら、殺される事もなかった筈です。
「叔父も最後は貴族が怖いって言ってましたよ。特に貴族令嬢は」
「そうね……怖いわね」
それは主にフランベルを指していたと思うのですよ。
フランベルとヴェルクの叔父の関係は、傍から見ると結末共にホラーに入るのではないでしょうか。
領地に帰るのはまだ先ですが、準備は早くから始めていかないといけません。
使用人に配る予定のお菓子も何もかも数が必要ですから、早めに頼んでおかないと間に合わないのです。
「それで、日持ちのするお菓子で何か良い物はあるかしら?」
私もプリシラも田舎暮らしでしたので、王都のお菓子はよく分かりません。
王都生まれで王都育ちのヴェルクに前々から相談をしていました。
「お菓子ですよね……ちょっと考えていたのですが、そう言えば、幼い頃にこの時期だけ食べていたビスケットがあった事を思い出したのですよ」
「ビスケットね……王都土産にしてはちょっと地味じゃないかしら?」
「ホロホロした食感が他のビスケットにはないので、十分珍しいと思いますよ」
それでもやっぱり地味なのではないかと思いましたが、他に丁度良い候補もないのでヴェルクが家族で利用していた店に向かいました。
大通りを一本奥に入った通りにある小さな店で、入ってきたヴェルクの姿を見ると店主と思しき男性がニカッと笑いました。
「おじさん、昔食べていたクッキーが欲しいんだけど」
「昔? 雑な話だな……もう少し説明しろよ」
ちょっと裕福な庶民向けという店で、ヴェルクが店の主人と交渉している間に私は店を見て回ります。
貴族向けの繊細なお菓子と違ってシンプルで量がある菓子がメインで、これならどれを買っても喜ばれそうな気がしました。
「村長達のお土産もこれにしようかしら? でも、他の人と同じだと気分を害するかしら?」
「お菓子を入れる箱を綺麗な物に変えたら良いと思いますよ。後は他の人の物より量を増やすのが差別化となると思います。そもそも行き来に時間がかかりますし、領主の夫人の土産に文句を言う人はいませんよ」
プリシラの言う通りだと分かっているのですが、やはり同じ物は反応が心配な気がして別の物を探していると、
「あれか! 年に一回だけ配ってた」
「え、配ってたの?」
「おいおい、そう言うお菓子……って、お前さんは小さかったか」
丁度他の客もいないので、声もよく聞こえます。
年に一回の配布?
何だかそれは……
「いや、あのお菓子は作る事は禁止されていないし引き受けても良いが……そうか、覚えていないか……」
「何か意味があった? 記憶にないのだけど」
私のいた領地はともかく、王都にいた幼いヴェルクは何をしていたのでしょう。
私はヴェルク達に歩み寄りながら、
「前の王太子の生誕記念のお菓子だったのでしょう」
菓子を配るとしたら、王族の慶事に決まっています。
受け取るときに何の理由で配られているのか説明する筈ですが、聞いていなかったのでしょうね。
「ああ、覚えている奴はあの菓子が欲しいと頼みに来なかった。色々あの人がやらかしたって分かっているけど、俺達にしたら思い出して切ないんだよな」
店長はため息をつきました。
当時の王都にいた者達からしたら、ヴェルクの言っていたお菓子は今尚特別なのでしょう。子供は美味しかったとしか覚えてなくても、作っていた店長などは特に。
「ごめん。覚えてなかった……」
「子供だったらそんなもんだろ。ああ、でも、前の王太子を知らない大人になる程、時間が経っていたのか……」
処刑されてから十一年。
改めて考えると長い時間です。
「……欲しいなら作っても良い。どうする?」
考えるまでもなく、私はビスケットを注文する事にしました。
こう言ってはなんですが、前の王太子もまたフランベルで破滅した人です。私も前の王太子を偲ぶために、そのお菓子が欲しいと思いました。
何の意味もない事です。
けれど、忘れ去られていくのは悲しい事だと思ってしまいました。
「おまけだ。前はこの瓶の中にビスケットを詰めていたんだ」
注文を終えると、店主は私に男性の握り拳くらいの大きさの空の瓶を差し出してきました。
その瓶の蓋はよく見ると、小さな妖精の装飾が施されていました。
「これ……」
「廃棄しろって言われていたけど残っていたんだ。内緒な」
そんな物がポンと出てくる筈ありません。
前の王太子の思い出として大事に保管していたのでしょう。
「地下にまだあるから、欲しければ数を言ってくれ」
「……たくさんあるなら一ついただきます。それと秘密にしたいなら黙っていた方が良いですよ」
店主はまたもニカッと笑った。
まあ、庶民の方が余程注意深いものです。店長達は瓶の在庫を隠し続けるでしょう。
それにしても妖精のモチーフ……。
私は複雑なものを感じました。
『あの子、ビスケット買ったよね。あれ、窓に置かないかな?』
『新鮮なミルクも付けて欲しいな!』
店を覗き込んでいた妖精達が話していた。
『綺麗に掃除して、綺麗な水でも良いな』
『でもビスケットも欲しい!』
思い思いに語りながらも、自由なはずの妖精達は眺めるだけ。
遠くからじっと、マリーベルを眺めるだけ。
そして、マリーベルが使用人達を連れて店から出たとき、
『鉄錆の匂いがする!』
その言葉で妖精達は走って逃げた。




