エピローグ【お伽噺の愛は】
「元とは言え教師であった者の立場としては、あまり口にしてはいけない事でしょうけれど、学業こそ優秀でしたフランベルは賢くはありませんでした」
全てが終わり、そう言ったのはロアズ伯爵家で侍女をしていたアルメイダでした。
もう身を潜める必要もなくなったので領地に行った母の侍女を辞め、王都で新しい生活を始めるそうです。
アルマ伯爵家に訪ねてこられた事もそうですが、名前を聞いてまさかこんなに身近に隠れていた事に私はかなり驚きました。縁故も突き詰めると誰にでも繋がると言われると、貴族社会など狭い世界だと思います。
慌てて用意したお茶の席で、私は不思議な気持ちで対面していると、
「足下は誰も探さないのですよ。まして、フランベルの足下なんて」
「ああ……」
最後に前の王太子を嵌めた側で権力にしがみついていた者達も王立騎士団とセルーア侯爵家の騎士団に強襲され、為す術もなく捕縛されました。これでフランベルを馬鹿にして利用していた者が全て表舞台から消えたとも言えます。
「これで策略なら見事と言いたいところですが、向こうはただの自滅ですから」
妖精には思う程計算なんて出来ないでしょう。
まるで私達は妖精に踊らされたように見えるのは、残念ながら気のせいです。
「誰もが賢くなかったのでしょうね。私達の誰も、フランベルを馬鹿に何て出来ないくらいに頭が悪かったのでしょう」
「そうですね。何もかもを引き換えにしても求めるものを欲したフランベルの欲は、自分の身を守る事を常識的に優先してしまう私達には理解出来ません」
愛以外の、ただの理解なんて妖精は求めていないでしょうけど。
私とアルメイダ様は、どちらかともなく深い深いため息をつきました。
兄から神殿と騎士団、王宮の極一部の記録を残し、全ての文章から『フランベル』の名前は消されたと聞きました。
妖精のやった事は『囁き』と『味見』ながら、引き起こした事件はどれも甚大な被害を生んでいて、処罰出来ない代わりにフランベルをいなかった事にするで結論がつけられたそうです。
意味があるのかないのかではなく、妖精を理解出来なかった私達の出来る事なんて、それくらいしかないでしょう。
「でも……私は馬鹿だなと思う事があるのです。生きてジェイクと結ばれる道があったのに、愛の証明を求めたばかりに破滅する道を選ぶなんて救いようのない馬鹿だったって」
互いの気持ちもなかったリシス公爵と別れる事に問題はなく、父親同士が友人同士で結ばれただけの私の婚約は『フランベル』に替わっても何も問題がありませんでした。
「それとも、最後はフランベルも立場やお金に拘ったのでしょうか?」
「……どうでしょう? 私も色々な生徒を教えてきて色々な人間は見て参りましたが、妖精の価値観だけは分かりません」
後悔しないように最後の面会で話したつもりだったのですが、私にはまだまだ妖精への疑問が尽きる事なく湧いてきます。
その心の奥には、全てを『フランベル』に押しつけた後悔があるのかも知れません。
どうしても何か『フランベル』の事を話したい気分になったら呼んで欲しいとアルメイダ様には言われました。
周囲に多くの傷を残して消えた相手の事を話せる相手もいないので、いつか言葉に甘えてしまうでしょう。
「そう言えば」
帰り際にアルメイダ様が振り返って一つ、隠された事実を教えてくれました。
「フランベルの遺体は予定通り王都外に遺棄されたそうですが、その遺体は忽然と消えたそうです」
「それは……」
前の王太子とは違い『フランベル』には遺体を持ち去られる理由はありません。
遺体が消えた所で何かが起きる事もなく、既に『いなかった』存在になった『フランベル』には価値もありません。
直接手を下したい程に『フランベル』を恨んでいる人達も全員が騎士団に拘束されており、遺体を持ち出すような人間もいません。
「獣に食われたのかもしれませんが、もしかすると妖精の国に帰ったのかも知れませんね」
秘密ですよ。
と笑いながら、絶対に秘密となっている話を知っていた本物の魔法使いは帰って行きました。
私もこれは誰にも言えません。
オーリス王女にまで刑の執行の見張りをさせておいたのに、遺体を置いたら消えたなんて貴族院が知ったら大揉めするでしょう。
「『フランベル』……」
部屋に飾られたダリアの絵を見ました。
その向こうで無邪気に笑っている姉の姿が見えたような気がしました。
私には姉がおりました。
八才の年の差がある姉がいて、戸籍を作る前に幼くして亡くなりました。その姉には名前などなく、私はどういう人だったか知る事もありませんでした。
姉がいた事実だけは残そうと、あれから私はそう言い続けてきました。
ほとんど無意味な話です。
ちょっとした感傷のようなもので、前セルーア侯爵夫人達も何も仰いませんでした。
記録からは消えても時折思い出したように『フランベル』は不倫をしていなくなった貴族夫人として語られる事もありました。けれど、誰とも無関係となった平民女性の事などいつまでも話題になる訳がなく、八年も経つ頃には存在などすっかり忘れ去られておりました。
「ほら、先生がいらっしゃる時間だから用意しなさい」
「はーい」
妖精の死後、私も直ぐに子供を授かり、今では二児の母になりました。
子供達の家庭教師の一人としてアルメイダ様には週に数回来て頂いており、今日はその日でした。
「もー、折角遊んでたのに!」
「時間は時間。ほら、片付けなさい」
普段はある程度は子供達にやらせるのですが、本当に時間が迫っていたのでメイド達に混じって私も床のあちこちに散乱した落書きのような絵を拾い集めます。
「あら?」
子供達の絵ばかりだと思っていたら、色使いも描き方も違う絵が数枚混じっていました。
ここしばらく友人の子も来ていない筈で、私は首を傾げました。
「もうちょっと一緒に遊びたかったのに!」
「勉強嫌いだからなー」
子供達は着替えの為に走って行き、準備があった私も深く考える事もなく絵を纏めて棚にしまいました。
ただ子供達とは違う絵が混じっていても、それだけの事です。
私は自分の仕事のために子供部屋を後にしました。
『あーあ、いつまで一緒に遊べるかな?』
誰もいなくなった筈の部屋に少女の声がしました。
それは残念そうでいて、楽しそうな。
『ふふふ……妖精からはお姉ちゃんが守ってあげるから』
妖精は消え去れば、取り替えられた人間の子供は?
それはお伽噺のような現実で。
きっと本物の『フランベル』は誰にも知られる事もなく、子供部屋の片隅で妹の子供達が『妖精』に連れ攫われないよう守り続ける。
これからも、その先もずっと。
自分が連れ攫われたように妹の子供達が連れて行かれないように。
『愛しているわ、マリー』
本物の愛は、誰かの幸せを願っている。
誰よりも何よりも、お伽噺のように純粋に。




