57話【妖精をお伽噺に戻しても、令嬢は返らない】
実際には愛どころか、思いすら伝わっていませんけれど。
そこまで正直に言ってしまうとフランベルは嘘だと捉える可能性があるので、実際に指摘するのは愛だけに留めました。
フランベルに確実に伝わるように調整して話す事は大変です。
けれどそれも、もうすぐ終わり。
私は言わないと決してフランベルに伝わらない事を言います。
「愛しているって、口にするだけで良いものじゃないの。愛しているなら愛しているように行動しないと、相手に伝わらないのよ」
常に自分本位でしかないフランベルの態度を見て、『自分は愛されている』と思える人は実在するのでしょうか?
少なくとも、私はフランベルからの愛を感じた事はありません。
「貴女、私の事、嫌いでしょう?」
私の言葉に、フランベルはただただ呆然としていました。
ブルーノ様の手紙がなくても、これまで私に見せてきたフランベルの態度は、そういう事以外のなにものでもありません。自覚があるなしはどうでも良い事です。
血の繋がりは愛情を担保しないとロウリスが自分の親子関係を引き合いに言っておりました。
「どうして? 私達、姉妹でしょう……」
「違うわ」
時間の無駄なので、私は一言で終わらせました。
騎士団から己の立場を聞いている筈のフランベルに、わざわざ理解出来るまで噛み砕いて説明する程私は甘くありません。
声もなくフランベルは大粒の涙を流し始めました。
それもあくまでフランベルにとっては自分が拒絶されたからの涙だと思うと、私の方が泣きたくなりました。
私はこの場に来なかった家族の意思を汲み、わざわざフランベルに「家族への謝罪の言葉もないの?」と問いかける事はしません。せめて反省の言葉ぐらい促されなくても言って欲しかった。
じっと私がフランベルを睨み付けても、いつまでも止めどなく涙を流すだけだったので、
「だから私の事、妹だって言うのは止めてくれる? もう家族じゃないから」
「何でよ。家族でしょ!?」
「貴女は廃嫡されたの。平民が貴族と家族な訳ないでしょ」
取り調べが終わらない内に廃嫡されて平民となった元貴族の扱いは、ロウリス曰く一般的にとても難しいそうです。
貴族として扱うか、一気に平民に落とすのか。罪人に相応しい扱いをしなくてはいけない一方で、証言を取らなくては何も終わらせる事が出来ず、大抵はより証言が引き出しやすい扱いにするそうです。
素人の私でも突然平民扱いされたらフランベルは取り乱してまともな話も出来なくなるのは予想が付きます。フランベルがずっと貴族扱いだった事は仕方ないと思います。
ただ、ドレスを着て髪を整えたり化粧も出来ていた事から、フランベルは自分の立場が変わった事を自覚出来なかったようです。
特に現状は死刑を控えてのあくまでも温情による扱いなのですが……それも何処まで理解しているのやら。
「貴族と平民なんて……だって、私達は……」
この部屋に入ってきた時に既に罪人以外の肩書きを持たないフランベルが、先にアルマ伯爵夫人である私に声をかけるのはあり得ない行為です。その時指摘したら良かったかも知れませんが、予定していた話の順序的にも不問としました。
情ではなく、あくまでも利便性。
どうやらフランベルは自分が少なくとも姉だから許されると思い込んでいたようです。
「どの道、私達はただ血の繋がりがあっただけで家族ではなかったわ。離れて暮らしていた私は貴女との思い出なんて何もないの。私からしたら、貴女は数回会った知人程度の人なのよ」
「違う! 私だけ貴女に会わせて貰えなかったから!」
「それで? 八才年上の貴女は一体何をしていたの? 兄も父も私宛に手紙を時々送ってくれたけど、貴女からの手紙なんて一通も貰った事がないわ」
私の記憶には残っていないので追及しませんが、本当に幼い頃の私は何度かフランベルに手紙を書いて送っていたと母が言っておりました。その返信をしなかったのはフランベルです。
馬鹿にされた仕返しをする発想だけがあった事には驚きました。基本的にフランベルは誰かに返す事を知りません。そう言う意味では私より彼らの方が幾分『愛されて』いたようにも思います。
私がフランベルに愛して貰っていなかったから、あのダリアの中で手を繋いでいた姉の記憶が鮮明だったのかも知れません。
そうですね。きっとあの時の私は姉を無条件で愛していたのでしょう。
姉が大人になったように私も大人になってしまえば、いつまでも子供のように無条件で愛する事が出来なかっただけ。
「だって……」
「精々貴女が私にやってくれた事があるとしたら、私の名前を使って婚約者を『味見』で奪った事くらいかしら。ああ、私の名前で宝飾品を買い漁って男に貢いでいたわね。ここまでするなんて、相当私の事なんて嫌いだったと言う事かしら」
「違うのよ、そんなつもりはなかった!」
「つもりがなくても、そうにしか見えないのよ!」
ここまで話していて、「そんなつもりじゃなかった」を繰り返すフランベルは、今でも自分が無罪だと思っているのだと痛感しました。
自分自身の行いが……自分では最愛だったと思っている『Fool』を死に追い込んだと突きつけても尚、フランベルは何処か他人事なのでしょう。
「貴女、私の姉ではなくて『妖精』だったのよ」
他の場所ではフランベルの事を妖精、妖精と言ってきました私ですが、心の中では本当は人間だと思っておりました。当たり前の事ですけど、妖精としか言えない態度と行いがあっても僅かにフランベルを信じていた気持ちがあったのです。
貴女の何を信じれば良いの?
私や家族の気持ちは何もフランベルには伝わらないのでしょう。
いつまで経っても罪のない自分の不運を嘆くだけのフランベルには、当たり前のようにフランベルの罪のとばっちりを受ける事になる私達家族の不幸にさえ考えが至らないのです。
フランベルが今更謝罪をしても何も変わりませんが、家族として愛をせがむだけの姿を見せられるよりは謝罪の方が何倍も良かったと思います。
もう、私の口からは何も発する事が出来なくなりました。
「……何言っているの? 私は人間よ」
「人間と言うなら、どうして私を殺そうとしたの? これだけは『そんなつもりだった』でしょう」
偶然などありません。
偶然ジェイクが私を殺しかけた訳がありません。
私は最後の最後に真実に気が付きました。
「違う! 私はそんな事は……!」
無邪気で無知なフランベル。
無自覚なフランベル。
そうやっていくつもの顔を使い分けて自分の中の悪意を隠してきたのでしょう。
「ジェイクを『味見』ではなく自分の未来の夫として扱ったのはどうして? ねえ、貴女は本当はジェイクの事を愛していたのでしょう」
最後にフランベルを愛していたと思われるリシス公爵、『Fool』、ジェイクの中で一番無条件に愛していたのはジェイクでしょう。それこそ殺人を犯しても、私が本物の『マリーベル』だと知ってもフランベルだけを一途に愛して死刑にまで至った、フランベルをただ一人馬鹿にする事もなかった一番理想的な人です。
「私がジェイクと結婚する事が許せなかった。だから、貴女は結婚式を前にしてもジェイクに真実を言わなかった」
普通なら、それでジェイクに私を殺させるなんてあり得ない所でしょう。
ですが、フランベルは自分の不倫相手に何をさせたのか考えると、
「私を殺す事をジェイクからの愛の証明にしたのね」
あれ程続いていた否定の言葉はフランベルの口からは出てきませんでした。
その代わりフランベルからは全ての仮面が剥がれたように、完全に感情が抜け落ちた顔と目で私を見つめておりました。
いえ、これがフランベルの『妖精』の顔なのかも知れません。
無邪気も無知も無自覚も、全ての自分の中の矛盾さえも利用しつくした妖精からは、姉の顔など完全に消え去っておりました。
「最後に私も言うわ。私は家族より、ジェイクを愛した」
『Fool』に最後の贈り物として『DEAREST(最愛の人)』の指輪を贈らなかったのは間に合わなかったからではなく、気持ちがジェイクに移っていたと言う事でしょう。
フランベルの本心からの嘆きは、ジェイクが死罪になったと告げた最初の面会の時だけだったのかも知れません。
椅子に座り直した妖精は、子供のような目ではなく感情など一切浮かんでいない目をして、
「貴女、水門の時に死んでいれば良かったのに」
「そうなるとジェイクとは会えなかったわね。私と婚約したのはそれから随分後だから」
水門に何らかの細工をしていた可能性もありますし、学園長達にわざわざ水門の事を教えたのもフランベルなのかも知れません。
それを問い詰めても良いのですが、当時の両親が水門の件を全て不問にした事を思い出し、私は口を閉ざしました。恐らく両親はフランベルが何らかの関わりがある可能性は知っていたでしょう。
これも今更明らかにする事はロアズ伯爵家として外聞も悪いので、このままにするしかありません。
「愛していなければ、誰を傷付けても構わないわけじゃないでしょう」
私の言葉を妖精は鼻先で笑い飛ばしました。
「そうしたら、愛して貰えた?」
それが妖精の答えでした。
貪欲な心を持った妖精は愛の一欠片も他に与える事を嫌い、自滅しても尚愛を貪ろうとして。
その過程に何が犠牲になっても、妖精には何の価値のない事でした。
少し前まで家族だと散々言っていたのに私の事など結局無価値で……もしかすると最後の最後に嫌がらせのように真実を煙に巻こうとしていたのかもしれません。聞いても教えてくれそうな雰囲気もないので、それは私の想像で終わりますけど。
愛にしか興味もなく自分の死にさえ関心が持てない妖精は、反省する事などありません。
ただただ最後の時まで愛だけを求め、
「さようなら、マリーベル。私を愛さない人間なんていらない」
私が拒絶するのではなく、妖精が拒絶する事で終わりました。
無限に愛を注ぐ人間なんて何処にも存在しないのですけれど、哀れな妖精はそういう人間でなくては満足出来ないのでしょうね。
最後に愛を証明したジェイクだけがフランベルの愛を勝ち取った事実には、所詮ただの人間でしかない私には何も言う言葉はありません。
「さようなら、妖精。私の姉を殺して楽しんだ人生も直ぐに終わるわね」
その嫌みが通じたのかは分かりません。
互いに感情のない顔をしたまま部屋を出て行きました。
妖精など愛するものではない。
私は今日の出来事を両親に話す事はないでしょう。
きっと両親も聞きません。
両親の思い出の中の『フランベル』が妖精になどならないよう、私は一生二人には口を閉ざし続けます。
「マリー、お疲れ様」
待っていたロウリスが近付いてきました。
妖精ではなく、これが私の愛する家族です。
「ロウリス、愛しているわ」
そう言うと、ロウリスは顔を真っ赤にしました。
……あれ? もしかすると、私は初めてロウリスに愛を伝えたのでしょうか。
「終わったのなら、こんな所に長居は無用だろう。夫婦の楽しい時間も別な場所でな」
ニヤニヤした騎士団の偉い人が私達を促しました。
顔を俯かせたロウリスに手を引かれ、私は面会室の前から歩き出しました。
一度だけ振り返ろうとして、止めた私はもう一度、
「私はロウリスを愛しているから、貴方を幸せにしたいと思っているわ」
「それは帰ってからな!」
ロウリスは私を引っ張るように歩き出し、騎士団の偉い人は声に出して笑い始めました。
そうして、妖精とは永遠に別れました。
本当に妖精だったのか、別の子供とすり替えられていただけなのか、それは私如きには分かる筈もなく、唯一言えるのは、私達は結局分かり合えなかった。
それが、全てでしょう。




