56話【あなたは私を愛していますか?】
最後の姉妹の会話が進んでいるように、外でも最後の片付けが進んでいた。
ロウリスは控え室で待っている事が出来ず、マリーベルがいる面会室の近くに立っていた。
「流石にここまでは来ないよ」
控え室から出てきた騎士団長を一瞥すると、ロウリスは再び階段に続く廊下の先に視線を戻した。
ここにはまだ、物音一つ聞こえて来ない。
騎士団長も心配性の元部下と同じく廊下の先を見た。
何の音もしないという事は、捕り物は上手く進んでいるという事だろう。
これで最後。
本当に最後。
フランベルの囁きに惑わされた者達も、今日終わる。
王立騎士団とセルーア侯爵家の騎士達が一斉に動けば、これまで隠れてやり過ごしていた者達も逃げる事は出来ない。特に狂犬騎士達は『獲物』を主人に持って帰るまでは何処までも止まらない。
都合良くフランベルを隠れ蓑にしていた彼らも、最初に計画を打ち砕いたマリーベルを思い出したように狙わなければ、それでも少しは延命出来ただろうに。
ロウリスと騎士団長は、自分の命以上にプライドなんてものに拘る貴族特有の愚かしさを感じていた。
「私は直接水門の時の借りを返したかったです」
「奥さんを取るか、借りを返しに行くかの二択だったのだから仕方ないだろう。それとも、その言葉は奥さんを取った事への後悔か?」
「違います」
即答する元部下に騎士団長はにんまりと笑った。
「それで良い。お前は本当に騎士に向いていたな。惜しむらくは、もっと早くに奥さんの両親に結婚を頼み込めば良かったんだ」
兄にも言われた事であり、ロウリスはとても嫌そうな顔になった。
長い付き合いの騎士団長相手にはロウリスの付け焼き刃の貴族の顔など簡単に剥がれてしまう事も、騎士団長からすれば可愛い物だった。
「まあ、結果良ければ全て良しだ」
フランベルの言う愛とは一体なんでしょう。
ここまで来たからこそ、私には分かりません。
ただ、「愛していなければ誰を傷付けても構わない」と言い放つ事で、フランベルが自分に有利な空気を引き寄せようとしている気配を感じ取りました。
実に考えの甘い事です。
そんな言葉、私はフランベルの行いを知る過程で何度も聞いているので、今更私が動揺する部分もありません。
予想とは異なって私が表情を一切変えない事に、俯いたままチラチラ視線を向けたフランベルの方が焦った様子を見せ始めました。
何処までが本心で、何処までが演技なのか。
嘘と無知を混ぜてくるフランベルの真意を推し量るのは難しい事ですが、真実さえ分かれば私や騎士団にとって真意などどうでも良いのですけど。
「愛していなければ誰を傷付けても構わないとして、貴女は一体全体誰を愛していたというの?」
愛を口にする割に、先程からずっとフランベルの話は自分がしたいようにしてきた話ばかりで、誰かを思いやった言葉も態度もありません。
これではフランベルが指輪を贈ろうとした人も、果たして一般的な感覚で愛していたのか疑わしいとしか言い様がありません。
私の疑念だけは正確に感じ取ったらしいフランベルは、
「……愛していたわよ。私だって愛した者だけは愛していたわ! だから、ここまでやったんでしょう! マリー、どうして愛する姉である私の味方をしないの!」
「婚約者を寝取った姉に、どうして私が味方するのよ。しかも貴女の考えなしの『味見』でジェイクは死罪となって先に死んでいるわ」
「そんなつもりはなかったのよ!」
あれだけの事をやりながらフランベルは自分が直接死の原因になった事実には耐えられないようで、幼児のようにわめき散らします。
何も考えていなかったら、確かに『つもり』ではなかったでしょう。でも普通はある程度の事くらい考えると思うのです。
それとも、私の婚約者だったと言うだけのジェイクは、フランベルにとってある種例外だった?
一際大きい声の嘆きで、私の思考は中断させられました。
あまりに醜態ばかり見せるフランベルに、私は自分でも思った以上に感情の失われた声で問いかけます。
「貴女の元恋人達も死んでいるわね。それも、『そんなつもりじゃなかった』?」
「ああ……本当に死んだの。愛していないから、どうでも良いわ。だって、あの人達私の事を馬鹿にしていたもの!」
「愛していなければ誰を傷付けても構わないものね」
「そうよ。私の事を愛していないんだから私も愛する訳もないし、私から傷付けられても仕方ないでしょう!」
元恋人同士が殺し合うのはなかなかあり得ないシュールな話だと思っていましたが、フランベルからの誘導があったなら話は違ってきます。
「何か囁いたのね。まあ、これも全員死亡って結論が出ている事だし、貴女が何をしたとしてもどうでも良いけれど」
「……! 私が『相手には愛されている』って言ってやっただけよ! 私の事なんて愛していない癖に自分しか相手にしないって馬鹿にしてくるから、他に愛してくれる人がいるからって捨てただけ」
え、そんな単純な会話で?
フランベルが難しい言葉で人を操っていた訳ではないとは知っていたものの、恋人と喧嘩した際によくある感じの会話がああ言う結果に至ったとは、流石に私も驚きすぎて声も出せずに固まってしまいました。
あまりにありふれた会話で一瞬疑念も浮かびました。けれども嘘を操れる程に今のフランベルが冷静であるとは思えず、フランベルの言っている話は本当の事として考えても良いでしょう。
ただ気になるのは、どうやらフランベルの中では彼らがフランベルを本気で全く愛していなかった事になっている点です。
ここで今、彼らがフランベルを愛していたと私が言っても、フランベルは信じないでしょう。
ただでなくても馬鹿にされていた事を思い出したフランベルは彼らへの怒りで頭が一杯な様子で、その部分は一旦口を閉ざす事にしました。
「馬鹿にされていた事を怒っている割に、貴女は彼らには結婚後まで会っていたのね。不思議」
「水門の件を知っている人達がいたから仕方なかったのよ!」
水門?
この一連の話の中で水門が出て来るのは、私の記憶にだけ何故か残っていない、隣国の公爵に対する暗殺未遂事件の時だけだった筈です。
「どういう事?」
「アルマ伯爵達に貴方達が何処に行ったのか教えたのは私。だって、アルマ伯爵子息はマリーと一緒に領地に行けるのに、何で私だけ王都に残らなくちゃ行けないの!」
「残されたのは、貴女が学園に通っていたからでしょう」
「納得いかないじゃない!」
いえ、わたしもアルマ伯爵子息までは頭に入っているのに『ロウリス』という名前が入っていなかった事が納得いきません。
「私が教えた所為でマリーが怪我をしたって脅されていたのよ! 本当に本当。色々プレゼントもくれたけど許せない!」
「へー」
そう言えば、フランベルの私物の一部を引き取りに言った時に公爵家のメイドが首を傾げる物がいくつかありましたが、それがプレゼントだったのですか。一斉処分をお願いして良かったと思いました。
そして、何故か俯いたまま、私と顔を合わせるのを避けるようにフランベルは話し続けます。
「何よ! 私が苦しんだのが分からないの?」
「……では伺いますが、その方達とは肉体関係はなかったと断言出来ますか?」
「あるに決まっているじゃない。大人だもの」
「それは脅されて?」
「そこまで無粋な人間なら相手する事もないでしょう。きちんと同意の上よ」
残念な事に、仕切りがあるのでフランベルを殴れません。
これまでフランベルに飲まれずにいた私も、この話には冷静を保つ事は難しくなりました。
脅されていたと言いながら、合意で肉体関係を持つなんて、フランベルの神経は一体どうなっているのでしょう。
異常な気持ち悪さと困惑とがない交ぜになって、私はフランベルに次に言う言葉すら出て来なくなりました。
思わず机の下でドレスを皺になる程握りしめると、微かにチリンと鈴の音がしました。
お守りのブローチをフランベルには気付かれぬよう、ポケットからそっと取り出し机の下でもう一度鳴らしてみました。
「……貴女が自分ではどう思っていたにしても、私からは貴女はその脅していた相手を愛していたように見えるわ」
鈴の音を聞いた私は、ひんやりとした金属音で少し冷静さを取り戻しました。
「愛していないわ。だって、いなくなって清々したもの」
「愛していたから馬鹿にされて腹が立って、いなくなって清々したのよ。脅されていた場合は、いなくなったら安堵するのよ」
それまで俯いていたフランベルが、信じられないといった顔で私を見上げました。
嘘などではなく、フランベルは自分の本心も分かっていなかったのかも知れません。
「本当に脅されていたし、腹が立ったのよ……?」
「それについて私は否定はしていないわ。貴女は彼らが死んだと知っても嘆いていないし、今は確かに愛していないのでしょうね」
「だから、私は最初から愛してなんて……」
「じゃあ何故、『相手には愛されている』って相手の気持ちを試したの? 貴女にはいくつもの選択肢があったわ。それこそ、愛し合っていない夫のリシス公爵に頼んで事務的に排除して貰う事も出来たのに、貴女は何故愛を口にして相手が愛を証明する事を待っていたの?」
他の何でも良かったのに愛をチラつかせた時点で、フランベルは不倫相手達が自分を愛している事を無意識にでも知っていた事は間違いありません。
「え?」
ただそれを弄んだと考えるには、フランベル自身が彼らを愛していた自覚のなさが問題でしょう。
フランベルの愛はペラペラというのは訂正です。フランベルは自分の気持ちを自覚していなかっただけの行動でした。
それ故に本当にフランベルを愛してしまった彼らに馬鹿にされていたように、
「そんな事ばかりやっている貴女だから、貴女の愛しい先生という人からは『嘘つき』呼ばわりされるのよ」
「……何で。何でマリーがそんな事を知っているのよ!」
「身内に会ったからに決まっているわ。貴女を利用しようとした者達と変わらない愚かしさで愛してしまった『Fool』は、貴女への恨みを込めてレセラ伯爵夫人が用意したクレア様のいる隣国に纏わる毒で殺された。全部貴女の撒いた種じゃない」
もうフランベルは泣き叫ぶ事もありませんでした。
全てがやった事が返ってきただけです。フランベルには怒る資格もありません。
少し疲れた私は小さく息を吐き出しました、
「それがなくても、あの『Fool』はやり過ぎだったんだけど」
まだ外の音は聞こえてきません。
何故か狙われているらしい私を囮にして一網打尽なんて軽い事を騎士団の偉い人が仰っていましたが、今はどうなっているのでしょう。
警備の騎士達は当初から様子も変わる事なく立っているだけなので、多分上手くいっているのでしょうね。
私は私の事を終わらせる為に、もう一度気合いを入れ直しました。
「前の尊きお方に纏わり付いていたあの女性、貴女が『王太子妃になるべき』と何度も煽ったから泥船だった前の尊きお方を裏切って、不利となる情報を外に流していたそうね。けど、その言葉を言ったのは『Fool』の指示だったのよね」
知っている事実を話す代わりに一切を不問にし、残された身内にも罪を問わないとまでした事で、ようやく『Fool』の弟だったアルマ伯爵家の元使用人は話してくれたそうです。
『Fool』は学園関係者の一人として、また当時の王弟の子息の家庭教師もしていた方ですから、王弟を国王にしたい層だった事など言わずと知れた事でしょう。
誰にも警戒心を持たれないフランベルは、『Fool』からすれば相当都合の良い人間でした。例の女性にもクレア様にも前の王太子にも自由に近づける、実に使い勝手の良い駒だったでしょう。
「え、だって……でも私は……」
今度はフランベルが目を白黒しておりました。
自分の『愛しい人』から利用されるなんて考えた事もなかったのでしょう。
「そんなつもりじゃなかった?」
「違う! 私はあの女に『王太子妃になるべき』なんて言ってないわ。『王太子妃になれるかも』って言ったくらいよ! 向こうが勝手に絶対に王太子妃になれるって思っただけなのよ」
「そこはどうでも良いし。私が言いたいのは、貴女、『Fool』に利用されていたと言う事よ」
フランベルを利用していた者は死という破滅を迎える。
利用していた『Fool』が殺されたのも、単にその法則に当て嵌まったからでしょう。
「利用? ……だって私達は愛し合っていたのよ? そんな事」
「少なくとも貴女のやっている事は本当に愛している態度なの? あの隣国にいたクレア様でも『Fool』の死を知る事が出来たのに、どうして知らなかったの?」
愛を語りつつも愚かしい二人は、どちらの愛も第三者に証明出来るとまで言える証拠はありません。
『Fool』の方は誰かに証明する気がなかったのは明らかですが、フランベルは何をするにも中途半端。そのフランベルの態度と行動が私達にどう見えるか、『Fool』にどう捉えられるか、フランベルは考えた事があったでしょうか。
「……私は何て言われようと、あの方を愛していたわ! あの方だって私を愛してくれていた。それは事実よ」
「そう信じていたのは貴女だけよ。貴女はどうして『Fool』本人に怒られたのに、贈る為のアクセサリーを買う資金を公爵家から用意したの? 脅されたなんて言いながら、他の男と関係を持つ事が出来たの? そもそもどうして、公爵家からの縁談が来た時に『Fool』に相談しなかったの?」
後先考えない性格だから、なんて考えられるのは私がフランベルのやらかしを第三者目線で見てきたからでしょう。
もしも、私が当事者として見ていたら、そんな暢気な考えは出来ません。
「貴女の愛なんて、誰にも伝わっていなかったのよ」




