55話【妖精は愛を夢見て友情を足蹴にする】
いくら関係性が良くない姉妹とは言え、容赦なく揺さぶりをかけるマリーベルに見守っていた騎士達は少し引いた。
「大丈夫なのか?」
「心配しても始まらない。どの道、私達では無理だったんだから」
これまで騎士団は何度も当事者であるフランベルから事情を聞こうとした。
だが、何度話を聞いてもフランベルはちょこちょこと話を理解していない様子を見せて、その度に話が止まってしまう。
最初に取り調べを担当した騎士は、フランベルは話をはぐらかしているのではなく、ひたすら頭が悪いからだと怒って匙を投げた。誰に変わっても一向に話が通じず、フランベルに直接怒鳴りつけてしまった騎士もいた。
馬鹿な女。
そんな風に取り調べに関わる騎士達が判断し嘲笑って終わろうとしたのを、ただ一人彼らの上司が激怒した。
「簡単に騙されるな! あれは公爵夫人として一切問題なく、寧ろ優秀だと評価されていた女だ。普通の貴族以上に私達の印象も操作してくるに決まっているだろう!」
唯一フランベルが公爵夫人として社交界を生き抜いてきた姿を見た事がある上司は、『馬鹿に見られるようにする』なんて、普通の貴族なら使わないような手を使って騎士を翻弄するフランベルを非常に厄介な相手だと思った。
「私達が普段相手にしているような犯罪者とは全く異質な存在だと思え。上位貴族は場や空気を操って目的を果たすんだよ」
その言葉通り、フランベルはどんな騎士を相手にしても騎士に有利な雰囲気にする事もなく、何一つ有益な情報を話す事もなかった。相手が苛つくポイント、怒り出す場所、その全てを理解してフランベルは取り調べを打ち切らせた。
それが半年以上も続いたのだ。
騎士達はフランベルが非常に恐ろしくなって、取り調べが行えなくなった。結論として騎士団が足で調べた事実しか貴族院に提出出来ず、自白のないフランベルの罪の確定は長くかかった。
では、騎士をも惑わせたフランベルが賢いかと言えば……そうではないのが、また問題なのだ。
泣き叫ぶなんて、今更でしょう。
本人が何人地獄に落としたのか理解していなくても、第三者からすれば明らかにフランベルの所為です。
「貴女が本当に愛しい人に貢ぎに行っている姿をジェイクに見られていたんですよ。『味見』何て軽く言いながら、貴女はしっかり自分をジェイクが愛するように仕向けていたのです。それならジェイクの行動も怒れませんよね」
「そんなつもりじゃなかった!」
自覚がなかった事を私に仰っても無意味です。
真実を伝えぬままジェイクが私との結婚式に挑んだらどうなるかが分からなかったように、誤解させる事がどう言う事態を引き起こす可能性があったのか。フランベルは本当に分からなかったからと言って、何が変わるという事はありません。
大体、通っていた筈なのに愛しい人が死んだ事も知らなかったなんて……取り敢えず、愛しい割に何かがペラペラな気がします。
「……貴女、レセラ伯爵夫人に恨まれていた事は知っていた?」
「何で、レセラ伯爵夫人が……」
「貴女が前の……尊きお方に故意に囁いた所為で、結果的にあの方は死刑に至った時、その側近候補だった方達も処分を受けた事は当然知っているわね。レセラ伯爵夫人の子息は側近候補の一人で、処分として家から廃嫡された後にもしつこく絡みついた跡目問題で殺されたの」
ジェイクとの密会場所を提供していたレセラ伯爵夫人の事をフランベルはどう思っていたのでしょう。
普通なら、そんな場所を提供する時点で何かしら疑うものですが、フランベルは私の言葉で動揺しておりますし……何も考えていなかったかも知れません。
よくこれで貴族夫人やっていましたね。このフランベルを見ていると、私が今後伯爵夫人としてやっていく事が不安だった気持ちなんて霧散します。
尚、ここでの会話は王家に関する話をしても不敬などに問わないと、オーリス王女にしっかり書類に書いていただいております。それでも、これだけの騎士に囲まれると、私としては『前の王太子』とは言いにくいです。
反対に、王家への不敬についてはさらさら頭にない可能性が高いフランベルは驚愕で目を見開き、
「私は、前の王太子に囁くなんて……そんな大それた事なんてしていないわ。調べてくれても良いわよ」
「とっくに調べているに決まっているでしょ。確かに貴女は誰にも具体的な指示なんてしていないし、陰謀を巡らしたりもしていなかった。けれど、貴女は囁きで特定の状況に至るような場を整える事は出来たわね」
目的を果たす以外は計算外。
この部分はデューイと同じタイプと言う事でしょう。
ただ、甚大な被害を生んでも目的を果たす事だけに目が向くにしても、デューイはまだ良心が動きますしリシス公爵のように止める方もいましたが、フランベルには何もありませんでした。良心の呵責もなく、誰も気付かず、誰も止める事もなく。
ええ、フランベルは何もかもを惑わせる『妖精』でしたから。
凍り付いた目を向ける私に戦いたフランベルですが、まだ惑わせる事が出来ると思い込んでいるようで、
「そんな……私はそんな事出来るような人間じゃないわ! あの断罪事件の時だって、どうすれば良いのか分からず……」
「貴女が整えたのはあくまで『クレア様を排除する』流れの部分だけだものね。どう排除するかまでは貴女は全く関わっていないから、断罪事件なんて大事になったら戸惑うのは分かるわ」
まあ、当時準王族の扱いでもあったクレア様を排除しようとして、何が起きるのか全く分かっていなかったという事は通りません。排除しようとした事自体が既に罪なのです。
そもそも私は調べたって言っているのに、結論が出ていないとでも思っているのでしょうか。
「貴女が無関係だって主張するのは好きにすれば良いんじゃない? 場を整えたにしても基本は貴女は囁いただけ。罪には問えないわ」
「そうよね! 私がやった事はそれだけだもの」
大きく動揺させた事は効果があったようです。私が軽くフランベルを認める発言をしただけで、フランベルは呆気なく自分が場を整えて誘導した事を認める発言をしました。
囁きに固執したのは、多少は王族を巻き込んだ自覚はあったと言う事でしょう。ただそれは事実としての自覚でしかありません。
部屋の隅で書記役の騎士が動かすペンの音が激しいです。新しい事実ですから大変でしょう。
とは言え、前の王太子の事件は十年前に国が公式に終わらせた事であり、犯人のフランベルも明後日までの命です。ここで得た情報を騎士団はどうするのでしょうね。非公式の書架があればそこに収めるしかないでしょう。
「罪には問えないだけよ」
罪には問われないなら何もしていないのと同じなんて、そんな都合良く物事が進む訳がありません。
「貴女は囁いた事で恨まれていたのは間違いないわ。無罪を主張する事自体は貴女の好きにしたらいいんじゃない? もう貴女が憎まれていた所為で貴女の愛しい人は殺されて終わった訳だし」
フランベルはもう一度叫びました。
私は同情する気はありません。私だって殺されかけたのです。犯人であるフランベル一人だけ何も知らない振りは許されません。
何度も頭を振った所為で髪は乱れ、勢い余って椅子から転げ落ちると、フランベルは床を何度も叩き付けました。
誰も助ける事もなく、この場の全員は静かにフランベルを見つめています。
「何でよ! 何で……私はクレアだけが邪魔だったのに! いつもいつも何でこうなるの!? ブルーノの時もそう。要らないのはあの女達なのに!」
人間はなかなか変わらないと言いますけど、フランベルはブルーノ様と婚約していた時からある種、変わっていなかったのかも知れません。
ダリアの中で見た姉はやはり幻だった。
フランベル本人を前にして、私が姉だと思っていた存在が最初からいなかった事に僅かに切なさがこみ上げてきますが、事実は事実。
「愛していないならば、誰を傷付けても責任はない」
その言葉はもう一つの始まりでした。
あの日、エリゼから告げられたこの言葉を疑問に思わなければ、私はここには辿り着く事もなく、何も知らないまま人生を終えていたかも知れません。それは、フランベルを恨む誰かに殺されていたという意味です。
私はきちんとフランベルと決別をしなくてはいけません。
私がその言葉を口にしても、やはりこれはフランベルの言葉ではないようで、フランベルは俯いて自分の不運を嘆き続けるだけです。
「愛していけないとは言わないけれど、誰かを傷付けて良いものではない」
かつてのブルーノ様の言葉をそのまま口にすると、フランベルの肩が大きく揺れました。
この言葉は覚えていたのですね。
なのに何故、フランベルはその言葉を戒めとして出来なかったのでしょう。
私は真っ直ぐにフランベルを見つめますが、フランベルは床に視線を落としたきりです。
「クレア様の追放を目論んだのはどうして? 少なくともクレア様はリシス公爵の妹君よ。ブルーノ様の時とは違って、唯一の家族だったクレア様があんな形でいなくなったらリシス公爵は悲しむと思わなかったの?」
「その時は関係が終わっていたから……」
色々思う事は浮かびますが……元王女を躱す為にリシス公爵が『味見』と言って逃げた事は、一旦別れたと言う事だった?
貴族はどうしても曖昧な言い方が多いので、きちんと把握が必要な時には面倒なものです。
「別れていたのに、何故やったの?」
「始めた時は付き合っていたからに決まっているじゃない。その後の事は知らないわ」
「止まらなくなったという事ね……」
時系列を頭に浮かべてこの話を考えようとすると、直ぐにおかしな点に気が付きました。
「…………その、始めた時っていつ? いえ、クレア様と知り合っていつ頃の話?」
「だから、そんなもの知り合って直ぐに決まっているでしょう。私、目障りなのは我慢出来なかったから」
そのフランベルの声には何故当たり前の事が分からないと嘲りの感情も含まれていたのを感じましたが、私は妖精のそんな煽りは意に介しません。そもそもフランベルは自分が始めた事を自分で調整出来なかったと間抜けな事実を明らかにした後です。
私は一層フランベルに向ける自分の目に温度がなくなった気がしました。
それにしても、知り合って直ぐってどうなのでしょう。
最後に私がクレア様にお目にかかった時、クレア様の方はフランベルにまだ若干友情を感じておられる様子でした。フランベルは確かに無邪気で……利用しようとする一部の人間は別にして、悪評が出ない程度には周囲から好かれていました。
その一方で、フランベル自身は周囲をどう思っていたのかは謎です。
クレア様だけでなく元王女のようにフランベルに友情を感じていた女性達は少なからずおりました。アルマ伯爵家で私に襲いかかってきた女性も、元はフランベルとは友達だと思っていたそうです。
そうやって友人だと思ってくれている相手に対し、フランベルは知り合った早い段階から殺意があった事実に、私は気が遠くなる思いを感じました。
「貴女ね……」
「愛していなければ、誰を傷付けても構わないのよ」
後少しなんですが、なかなか時間が不定で申し訳ありません……




