54話【ダンスを終えた妖精は鏡を見せられる】
私の中で、フランベルはいつも遠い存在でした。
八才も離れていた上に、小さい頃はほとんど会う事もなく基本的には離れて暮らして、いつの間にかフランベルは公爵家に嫁いで……。
私は家族としてのフランベルを知らないまま大きくなりました。
それが良かったのか悪かったのか、今の私には何も分かりません。
「他の皆は?」
面会に挑んだフランベルの第一声はそれでした。
現状、フランベルは自分の扱いについて何を何処まで理解しているのでしょう。
私は一切表情を動かす事もなく、
「私だけよ。他は申請をしなかったから」
「家族なのに」
フランベルはブスッと頬を膨らませてそっぽを向きました
以前会った時よりも随分子供っぽい言葉と仕草で、これが八年程度公爵夫人を務めていた者の態度である事に、私は思わず目を白黒させてしまいました。
……そう言えば、フランベルの行動ばかり調べる事に終始してしまったので、私はフランベル自身がどういう性格なのか聞いてくる事をすっかり忘れていました。
行動だけで為人が分かる程私は賢くもないので失敗だったと後悔します。
とは言え、既に面会は始まっております。
変な先入観を持つ事がなかったのが良かったと思う事にして、私は直ぐに頭を切り替えました。
「もう私達は家族ではないわ。貴女はロアズ伯爵家から廃嫡されたの。それは分かっている?」
「ええ、そうね。私はリシス公爵と結婚したから家を出たものね」
微妙? 何だか話がズレてます。
これをどう判断すべきか悩んでつい相談相手を探してしまいますが、面会の許可が下りたのは申請者である私だけでロウリスは横にはいません。私に付いている警備の騎士はロウリスの元相棒の騎士だと思い出したので、私は今更礼儀を気にする事もなく振り返って尋ねるような目を向けました。
入り口近くに他の騎士と一緒に立っていた元相棒の騎士は、入室前の宣言通りに何も言わずただ首を横に振りました。
これは単に分からないと言う合図です。
ただでなくてもフランベルは一般的な貴族夫人とは全く異なります。
何を理解しているのかさえさっぱり分からない状況で、まず何を話すべきか私が迷っている内に、先に話し出したのはフランベルでした。
「ジェイクは残念だったわね。私を愛してしまったのだからしょうがないけれど……でも、人間の気持ちはどうにもならないから」
『でも』や『けれど』を並べていますけど、同じ内容です。
一般的な方々相手なら取り敢えずマウントを取ってきたと理解すれば良いのでしょうけど、果たして妖精にマウントという概念は存在するのでしょうか?
……そもそも私にとって結婚式がジェイクと初対面で初めて会話をする場面だった事は、フランベルにはあまり理解できていない事は分かりました。
ジェイクがフランベルを愛していようが私が何処にジェイクを愛する時間的余裕があったと思っているんですか。私は肉欲の塊だったと判明したジェイクなど欠片も愛していません。
「代わりにロウリスと結婚したわ。お兄様の友人の……今はアルマ伯爵になっている方と、ジェイクとの結婚が出来なくなったおかげで素敵な結婚が出来たわ」
「誰? その、ロウリスって」
貴族家の後継ではない者には興味がないって本当だったのですね。
それでもロウリスは兄と仲が良くて長年ロアズ伯爵家に出入りしていたのです。流石にロウリスの名前も知らないなんて……怪訝な顔をするフランベルの方に私は呆れてしまいました。
状況が本当に全く理解出来ていないフランベルは身を乗り出して、
「直ぐに結婚出来るような相手がいたなら、何で姉である私に紹介してくれなかったの? 貴女が結婚する前に、姉として為人を知っておくべきでしょう」
「為人を知るというのは……『味見』ですか」
「他に何の方法があると言うの? 私の周囲も皆やっていたわよ」
結局、この一連の騒動は『味見』から始まったのでしょう。
言葉の発言者自体はリシス公爵ですが、フランベルがそれを始めて前の王太子や元王女を含めた人間を唆し……誰が悪いと言ったなら、混乱を見ていて止める事もしなかったフランベルです。
「学園時代と違って軽く『味見』なんて言っておきながら結局体の関係を持っていたんでしょう? 貴女、リシス公爵から離婚されたわよ」
「離婚された事くらい知っているわ。他の人が教えてくれたし。でも、どうせ私は処刑されるんだから、それって意味があるの?」
物事を分かっていない顔をしたと思えば、理解した顔をする。
このたまに理解するというのが問題なのでしょう。
本当にフランベルは理解しているのですけど、分かっていない場合を際立たせる方向に作用して、あたかも『フランベルは全部理解していない』ように見えてしまう。
これは実は物凄く怖い事に繋がっておりました。
私からしたら非常に狡猾と言える事に、フランベルは相手が侮って低い評価を下しているのを知っていながら何もしなかったそうです。誰に対しても怒る事も反論する事もなく、ただ微笑んでいたとさっきデューイさんから聞きました。
微笑むだけの態度のフランベルを馬鹿だからと嘲笑っていた男達は、笑う事で自分の方はあたかも非常に賢い人間だと増長し続けてしまいました。これは学園の教師達の例を見ても分かります。
その結果、何の警戒もしていなかったフランベルの囁きに見事に踊らされ、全員破滅しました。
全員、フランベルを利用した者は、死にました。
自らを過信し、自分自身で暴走するように仕向けられて。
「貴女はジェイクもリシス公爵も愛していなかった?」
私が知る限り、この二人だけは確実にフランベルを愛していたと言える人物です。
私はまだフランベルがこの二人をどう思っていたのか知りません。
フランベルは小首を傾げ、
「……ジェイクは貴女の婚約者だったでしょう。私は人のものを愛する程節操がない訳じゃないわ」
真面目な話をしているのですが、私は肉体関係まで至ったフランベルの口から『節操』なんて言葉が出てきて吹き出しかけました。
節操ですよ、節操。
散々不倫した人間が自分は節操があるつもりだって、どういう理屈ならそうなるのでしょうか。
まさかここまで来て『味見』は不倫に入らないと言うの!?
あまりの驚きに心臓がバクバクしております。
取り敢えず落ち着かないと……まだ、話は始まったばかりです。序の口で私の理性が崩壊しかかっておりますが、ここで耐えなければこれまで情報を集めてきた事が一切無駄になります。
大きな息を吐いた私は自らを鼓舞して、フランベルの話を聞く事に注意を戻しました。
私の心の葛藤など知る由もないフランベルは能天気な様子で、
「あの人……リシス公爵に、愛ねぇ……味見が終わっていたし、私はそんなに興味もなかったかな」
「結婚したのに」
「だって、公爵に求められたら伯爵令嬢なんて逆らえないじゃない。周囲がどんどん決めていって結婚するしかなかっただけよ。お父様もお母様も私の意見なんて聞かなかった」
恐らく、フランベルのこの話は嘘ではないでしょう。
当時、学園で起きた元王女の醜聞を如何に上手く消すかが問題でした。円満な婚約解消だったと印象づける為にも元コラント辺境伯と元王女の結婚だけでなく。元婚約者だったリシス公爵の結婚を利用した事は分かっています。
それを考えれば、フランベル自身が何かを決める前に周囲が外堀を埋めてしまってフランベルは嫁ぐしかなくなっていたと言うのは、十分あり得る話でしょう。
「本当に好きだった人を捨てた訳ではないのね?」
「捨てる気なんてなかったわ。だけど、私は何でも分かっていますって顔で『爵位が高い方を選んだのだろう』って言ってきて、凄く腹が立ったわ」
てっきり「何でそれを知っているの」と聞くだろうと思っていましたが、私が知っている事にフランベルは何の疑問もないようでした。
これは話が早いように見えて、会話のリズムが難しいです。
「そんな事を言ったの?」
「そうよ。酷い男でしょう。私はそこまで言われたんだから、腹立たしい彼とはその場で縁を切ったわ」
「その方には一年前まで私の名前で宝飾品を買って渡していたのに、いつ縁を切ったの?」
フランベルは口を閉ざしました。
どうしてそんな嘘をつこうと思ったのか、私には理解出来ません。
「……それ、私じゃないわ。貴女が注文したんでしょう?」
「一年前なんか私は王都にもいません。支店のある大店ならともかく、貴女が買い物したような店は王都にしかなく出張も王都内だけだって知っているでしょ。貴女の話って、それこそ嘘をつく意味があるの?」
ここに来てこんな言い合いをするとは思いませんでした。
フランベルの話のつじつまを合わせる為に私がやってもいない事を認めるって……これは何度も言いますが、最後の姉妹の話し合いです。この場を誤魔化すにしても未来はないのですよ。
「私じゃない! 宝飾品を買ったのは貴女の方よ!」
「どう仰っても既に確認が取れている事です。買ったのは私ではありません。それで私の名前を使って宝飾品を買って、『マリーベル・ロアズは男に貢いでいる』って悪評を作って楽しかったですか?」
「え?」
フランベルは呆気にとられて固まりました。
当然のように、これも分かっていなかったのですね。
嘘なんかつかずに最初に謝って欲しかったと思います。
「え、でも、情報は漏れないって……」
「完全に漏れないって事はまずないものです。しかも何ですか。私の年齢で買うのにはそぐわない、立派な男性物の装飾品を買って……明らかに訳ありで貢いでいるって思わせる行動です」
フランベルの目は泳いでいます。
指摘されると流石に理解はするようです。
「毎回別の店を使っていても何度も買っていれば関係する人間も増えるので漏れる可能性が高くなるなんて、いちいち説明しないといけない事ですか?」
本気で隠したい人はもっと別人の名前を使うのですけど、フランベルは身内の私の名前だけ使っていました。つまり被害が私だけだったのは、不幸中の幸いです。
「実在する貴族子女の名前を出せば、店からの信用が上がりますものね。その為だけに私を利用した上に嘘までついて」
「違うわ! 私はそんなつもりじゃなかった! けど、私の名前で買ったら……先生が公爵家の金で買ったと怒るから、仕方なく……」
「私の名前を使っても金の出所が同じでしょう。誤魔化した意味がほとんどないじゃない。それで、相手は宝飾品は受け取らなかったのでしょう?」
「ええ……物凄く怒って」
購入者の名前が変わったくらいで、問題の根本が正された訳もありません。それは普通に怒るでしょう。
何も理解していないフランベルに私はため息をつきました。
ただ……フランベルが一番好きな人と言う人物は、アルマ伯爵家の元使用人からの話以上にかなりまともな人だったようです。
こんなまともな人が、いい加減を越えて犯罪レベルだったフランベルと付き合っていた事実は私にはとても不思議に思えます。所謂自分にないものを持っている相手に惹かれるという現象でしょうか。
いや、でも……。
「ねえ、姉として貴女に最後の頼みがあるの。私の買い物を確認したのなら見たかもしれないけど、ある店にアクロスティック・リングを注文しているの。それを彼に渡してくれないかしら?」
えーと……何処から指摘するべきでしょう?
謝る前に妹に頼み事をしてくる事はもう諦めるべきでしょうね。
取り敢えず私は再びロウリスの元の相棒の騎士を振り返りました。また全力で首を横に振るだけで、何の参考にもなりません。
すると、もう一人の警備の騎士が私に近付き、
「教える意味がなかったので教えていません。言っても構いませんよ」
フランベルが取り調べを受けている時も今と同じ調子だったら騎士団も話を聞く事は諦めたでしょう。
私にとって運が良かったのか悪かったのか。
私は期待の目をしたフランベルに向き直り、
「その方は亡くなりました。知らなかったのは幸せな事ですね。貴女が自分が『マリーベル』だと誤解させたジェイクが殺したのですよ」
少しの間が開いて、フランベルは絶叫しました。




