51話【妖精ではない貴女は誰を愛していましたか】
愛していなかったのか、愛していたのか。
フランベル周辺の男性達には見栄と保身が入り交じっており、男性側の言い分からはよく分からない事になっておりましたが、概ねフランベルを愛していたと見て良いでしょう。
正直、とても面倒臭いです。
「妖精を愛するとあんな風になるのかしら?」
「人数が多いだけで、個別の事情はどれも単純な気がするな」
多いので把握がとても面倒です。
ただ、これでは人数の多さから学園で起きた問題の処罰をきちんと処理する事を諦めてしまったセルーア侯爵夫人達の事をとやかく言えません。
たった十人? そこにはジェイク様やリシス公爵は入っておらず……いえ、他人からは意味不明な理屈で不倫を正当化していた割に殺し合った事はやはり意味不明で、どうせ私には理解出来ないとさっぱり諦める事にしました。
本日の私はアルマ伯爵家で、ロウリスとともに先代アルマ伯爵夫妻が残した書類のチェックをしております。
いつも以上にフランベルの周囲の男達が面倒だと思ってしまうのは、いくつも重複する書類が出てきて本当に面倒で苛々しているからでしょう。無駄な書類を積み重ねた山は見ないようにしておりますが、手間も時間もかかったでしょうに、よくも同じ書類をいくつも書いたものだと呆れてしまいます。
幸いと言えるのは、義姉から忠告されたような未処理の借金の控えは出て来ていない事です。
急な代替わりではよくある話で、何年も経って利子が膨らんだ後に発覚するのは怖いですから、ロウリスも必死に書類を見ております。
「そう言えば、先代から連絡はあったの?」
「ないな。最終的に開拓地に向かう船に乗った事までは分かっているのだが」
もう帰っては来ないとは思っておりましたが、評判が悪くてそこしか受け入れ先がなかったのか、間違えて乗ったのか。
それでも普通に考えたら、長年周囲に威張り散らして貴族生活をしていた方達ですから、年齢的にも開拓船には乗らないと思うのですよ。
もしかして騙されたとか……
「ところで私はフランベルとリシス公爵に子供が生まれなかった原因らしきものに気が付いたのだが、言って良いだろうか?」
私には余程気になる話をロウリスがし始めたので、先代アルマ伯爵夫妻の行方など瞬時に頭から吹き飛びました。
「嘘。原因なんてあったの?」
「恐らく。プライドの高い不倫相手達は、自分とフランベルとの間に子供が出来る事も嫌っただろう。つまりフランベルには避妊薬を飲ませていた可能性が高い。その影響で出来なかったのだと思う」
考えるだけで気持ち悪いので、私はフランベルが複数の男性と肉体関係を持っていた可能性は考えないようにしておりました。
関係を持っていたと考えるのなら、乗っ取り案件にもなりたくなければ避妊はつきものでしょう。
お伽噺の妖精と違って、現実の妖精は生々しい事です。
「とは言え、フランベル以外の関係者は死んでいるし、そのフランベルも婚姻無効となっている。今更調べる事に意味はないだろう」
今となっては、リシス公爵との間に子供がなくて良かったのだと思います。
子供が変にフランベルの罪を負っては可哀想ですから。
たとえ避妊薬の過剰摂取で子供が出来ない体にされていたとしても、誰の罪というならば、あんな気持ちが複雑骨折をしている複数の男性達と不倫する事を選んだフランベル自身の選択の結果でしょう。
そもそもフランベルの事です。避妊薬は言われるがままに自分で飲んでいたでしょうね!
結婚の準備があれば、引退の準備もあります。
色々あって母は長らくお茶会を開いておりませんでした。それでも、もうすぐ王都を去るという事で最後に親しい人を招いての挨拶代わりのお茶会をする事になりました。
色々時期が悪そうな気がしたのですが、急な引退に友人知人の都合もありますので仕方ありません。
「しばらく領地で何もしないのも良いかと思うのよ」
「そうね。ゆっくりすると良いわ」
母達の引退を名残惜しそうにする穏やかな会話の間に差し込まれてしまうのが、
「……子供が良く分からない余所の子と取り替えられていたなんてショックよね。私も話を聞いてぞっとしたわ。本物の子供が何処かで幸せに生きていると良いわね」
やはり妖精と取り替えられたなんて話を言葉通り捉えた人は少なく、多くの母の友人が『妖精のように誰にも気付かれず子供が赤の他人の子供と取り替えられた』事だと解釈しているようでした。
フランベルがロアズ伯爵家の誰とも似ていないというのは、元より社交界では有名な話だったようです。
悪意ではなく事実、家族も認める程に、容姿性格ともにフランベルは血縁者の誰とも似ていないのが質の悪いところと言えるでしょう。故に、誰も母の不貞の可能性も口にしません。父の隠し子だった説も何もないそうです。
誤解を重ねる周囲に、私達は一切反論しません。
その誤解を利用してフランベルを完全にロアズ伯爵家から異物として排除する事にしたのですから、母も笑顔で友人に頷くだけです。
私も何度も「似ていなかった」と言われる度に笑うだけです。
「可愛い娘だと思っていたら実は余所の子だったなんて、私の夫も同じ事が起きたなら引退するかも知れません」
急すぎる父の引退も、我が子が別人の子供にすり替えられていた事実を知ってのショックからだと受け止められていました。
時々妙に感情的になる父は、相手に全く悪意がなくても、こういった話が出ると反論してしまう自覚があったのでしょう。このまま貴族の集まりには一切顔を出さず領地に行くそうです。
「そう言えば、まだ貴女はアルマ伯爵と結婚はしないの?」
これを聞かれると思ったので私はお茶会には出席したくなかったのですが、最後の母の友人との顔合わせが出来る機会なので母に強引に席に座らされたのです。
救いは母の友人は性格が悪くない方達ばかりな事でしょう。
「前の結婚でも色々ありましたし、少しだけ期間を空けようかと」
結婚式をぶち壊したジェイク様は処刑され、原因となったフランベルも後三日で処刑されます。
本当に時期が時期なのです。
それにフランベルがやった事を知れば知る程、私は自分だけが幸せになっても良いものかと思ってしまうのです。無論、まだ他にもフランベルがとんでもない事をやっていないかという心配もあり……シラード伯爵令嬢のようには伸ばしませんが、一年くらいは様子を見ようと思っておりました。
「あら。寧ろ結婚しておくべきよ。慎むのは良くないわ。一連の問題とは無関係だと伝える為にも結婚した方が良いわよ」
「ですが、前の結婚相手の家の事も……」
「そんなの気にしなくても良いわよ。……いくら何でも処女と遊びまくった既婚女性を間違える男なんて、向こうの家族も恥曝しだと思っているわ」
後半の言葉ははっきりした内容だった分、夫人は私だけにしか聞こえないよう、かなり声を潜めていました。
これは本来なら母が指摘しても良い話でしょう。ただ、事件が起きた当時は母も伏せて隠す事が習い性になっており、いつしか私に言いそびれていただけかも知れません。
八才差だけを気にしておりましたが……これまでに判明したフランベルの前提を考えると、ジェイク様が私とフランベルを間違えていた事はとんでもなく私に失礼な事だったようです。
流石に私も声を潜め、
「それって、ジェ……あの方は相手をしていたのが私ではなくフランベルだと知っていたという事でしょうか?」
「そこまでの話ではないわよ。ただ、普通に考えれば、自分の結婚する予定の貴族令嬢に男性経験があったらどの貴族男性も大騒ぎするものよ。なのに黙っている上に執着する程愛するなんてあり得るかしら? 実際には別人だと気が付いていた可能性はなくはないと思うわよ」
年配の既婚女性の言葉は重みからして違いますね。
そんな事は露程も頭に浮かびませんでした。
「仮に女性経験が乏しくて本当に気が付かなかったとしても、ただただ男が間抜けな話よ。ほら、相手の家も文句がつけられない」
楽しそうに笑う母の友人に対して、私は乾いた笑い声しか出てきませんでした。
もうジェイク様ではなくて、ただのジェイクで良いでしょう。
汚らしい男の妻にならなくて私は溢れんばかりの幸せを感じています。
私はお茶会が終わったら直ぐにアルマ伯爵家に使いを出して、ロウリスに結婚の手続きをして貰いました。
早急にジェイクとは完全に縁を切りたかったのです。
書類は既に作ってあったので、提出するだけだったのが幸運でした。
突然家族に何も言わず結婚の手続きをした私から理由を聞いた兄と義姉は、
「……随分若い貴族から嘲笑されているとは思っていたが、結局ジェイクは何も良い所がなかったな」
「母親が凶行に走ったのも、その辺りを散々夫人達から笑われたんじゃないかしら」
同情出来る部分が皆無になってきました。
「一応、あれでフランベルを一途に愛していたという部分だけは評価出来ます?」
「出来ない」
「愛ではなくて肉欲」
兄と義姉は全否定しました。
特に兄が気持ち悪いと繰り返し、気分が悪いので自室で酒を飲むと言ってサロンから出て行きました。
残ったのは私と義姉です。
「お兄様と一緒でなくても宜しいのですか?」
「ちょっと聞きたい事があって」
兄の方も急な結婚だったので、基本的にはまだ時々食事を一緒にとるだけの義姉と一対一になった事もこれが初めてです。
何か変な質問をされるのではないかと心配でしたが、義姉はまだ騎士でした。
「それで、結局フランベルは誰を愛していたの? 騎士団でもたくさんの名前は聞いているのだけど、誰を愛していたのか判然としないのよ」
騎士団にいれば自ずと話を聞くでしょう。まして廃嫡されたとは言え夫の姉だった人の話ですから、気にしないなんて無理な事でしょう。
とは言え、改めて聞かれても、私も騎士団が知っている以上の事は知らないと思うのです。
「あー……私はジェイクが殺したという今の王太子殿下の元家庭教師とかいう人だと聞きました」
「その割には死んだ後も嘆いた形跡がないと言う話なのよ」
「え?」
腕を組んで眉間に皺を寄せている義姉を真っ直ぐ見てしまいました。
フランベルが指輪などを貢いでいたのは、その方だけです。
相手からも指輪を貰って、大切にしまい込んでいた行動は、普通に考えても愛していた者の行動だとしか考えられませんが。
「他に相手もいなかったと思います……」
「そうね。誰も出て来なかった。けれど、愛する人が亡くなって嘆かない人がいるって信じられないのよ。他の不倫相手にしても、フランベルはその死に一切嘆かなかったそうだから、そう言う人だったと言われれば私も引き下がるしかないんだけど」
そのフランベルの愛、ペラペラにしても程がありませんか?
不倫が発覚しなかったのは、まさかのフランベルの愛の薄さもあったという事でしょうか。
こんな女を好きになったと男性達が葛藤し殺し合った一方で、フランベル自身はほとんど彼らを愛していなかった事実は悲劇的というか、何というか……。
え、ここに来て?
ギリギリ明日が面会なので間に合った情報とは言えますが、またも私の何かを抉るような情報でした。
「……フランベルが男性達を弄んでいた事になりますね」
「貴族家の当主になるって偉ぶっていた男達にしたら、かなりの噴飯ものよね」
妖精に恋するものではないにしても、これは酷い。
「いるだけで世の中を乱す存在なんて聞いた時は笑ったけれど、知れば知る程人間とは思えないわね。まさしく妖精というか、化け物よ」
無邪気だからこそ、質が悪く。
無知だからこそ、被害は大きく。
我が家から排除される存在と言うよりも、世の中から排除すべき存在だったフランベル。
「……明日、私は面会に行ってきます」
「気をつけなさい。取り込まれたら破滅しかないわ」
騎士団の話と報告書しか知らない義姉から忠告されました。
第三者からすれば、フランベルはとんでもない化け物に見えるでしょう。
いえ、私からしてもフランベルはただの化け物です。
その化け物と会うのは明日が最後。
私は、最後に姉に愛されなかった妹として会うつもりです。




