50話【妖精の特別は最初で最後】
前日に何があったのか、この時の私には知る由もありません。
警備が手薄だったり騎士達が忙しなく走り回っているのは、単なる人手不足だったからと後日知る事になりますが、騎士団内部の事情ですからいずれにせよ私には関係ない事です。
ただ、奥まって使いづらいこの廊下を走り抜けていく若い騎士や従騎士の姿が徐々に増えてきたので、ゆっくり立ち話は出来る雰囲気ではなくなった事には気が付きました。
リシス公爵も空気が変わりつつある事を感じ取られたようで、
「そろそろ長話は終わろうか。ここにいると騎士団の邪魔にもなるしな」
フランベルとの面会申請をどうするつもりなのか尋ねようと開きかけた口を、私は迷った末に閉じました。
その部分はリシス公爵の個人的な問題です。
こればかりは私が立ち入っても良い問題ではありません。
とは言え、フランベルを好きだった事は認めても、フランベルを愛していたとは仰らなかったリシス公爵。
他人からは夫婦関係が完全に破綻していたように見えて、内情は本人達に聞くまで何も分からないものです。
互いに別れの挨拶をして背を向けた時、
「そうだ。一つ君に訂正というか、情報をあげよう。前に君はフランベルはクレアに思う所はなかったと言ったが、フランベルはクレアを嫌っていたそうだ。私の妹と言うのが気に入らなくて、断罪時は助けなかったと言う事だ」
フランベルは頭の中がお花畑の妖精だと思っていたので、私は「思う所がない」と言ったのですが……嫌っていたにしても発想はやはり妖精でした。
断罪時は恋人であったリシス公爵にとって、たった一人の家族であったクレア様に嫉妬する発想など、私の理解の範疇には全く収まり切るものではありません。
ただ、その部分に関してはもう理解不能として横に置くしかないでしょう。
取り敢えず、クレア様が嫌いだから助けなかった、ですか。
私が考えていたのは主にフランベルが断罪にどう関わっていたかであって、断罪時に助けなかった理由については考えた事はありませんでした。
あの時フランベルがオロオロしていた事だけは母から聞いていたのですが……
「……それは誰からお聞きになりましたか?」
「クレアを通してセルーア侯爵夫人からだ」
セルーア侯爵夫人なら何らかの確証があっての発言でしょう。
ただ、腹芸の出来ないフランベルが『オロオロしていた』のなら、あの時フランベルは戸惑っていたのは間違いない筈です。
私は少し考えて、
「フランベルは断罪を唆した可能性も出てきますか」
「それはないな。あの時の調べでもきっちりと第三者の介入なども含めて調査されている。フランベルは断罪事件そのものには関係なかった」
何でしょうか。モヤッとするものを感じました。
「嫌だったのに?」
「……計画的に誰かを貶める事が出来る性格でもない。断罪そのものは偶然だろうな」
そう仰られますが、これまで偶然なんてほとんどありませんでした。
ただ、今は考える時間もなく、走り抜けていく騎士達がまた増えてきたので、使用人達を連れている分場所を取っている私とリシス公爵は、一礼して今度こそ別々の方向に歩き出しました。
次に会うとしたら、フランベルが死んだ後でしょう。
不審者の対応に追われている騎士団では正面入り口も大勢の人が集まっており、騎士団の馬車も何台か並んでおりました。優先順位の関係から当家の馬車の順番は後になるそうで、入り口の警備をしている騎士には申し訳なさそうな顔をされました。
「もう少し前だったら空いていたのですが……」
リシス公爵と話している時に忙しく騎士が走り回り始めた時点で気が付くべきでした。捕まえた不審者が一気に連れてこられた訳ですか。
捕まりたいという意思を持っている彼女らなので、犯行と言える行動は昼間の目立つ時間に行うので……昼は捕まる人数が多いとは聞いておりました。
タイミングが実に悪かったようです。
とは言え運良く時間が空いた事ですし、私は本来はアルマ伯爵家に帰る予定だったマルスを振り返りました。
「嫌いだから断罪を起こさせたって考えるのは、おかしい事かしら?」
「普通だと思いますよ。嫌いだという前提があったなら、偶然と考えるよりも余程故意だったとする方が自然な事でしょうね」
様々なフランベルの裏事情が分かった今でも、リシス公爵にはフランベルに対してある程度の『情』が窺えます。一方でマルスには判断を甘くする材料はなく、私の考えている事と同じ事を口にしました。
「でもそれを突き詰めると、貴女がジェイクに殴られた事も、フランベルの計画通りだった可能性も生まれますよ」
フランベルは、私の事が嫌いでした。
ならばクレア様を嵌めたように私を嵌めたと考えるのは順当な事でしょう。
ただ、嵌めたと言い切るには少し疑問がありました。
「私は断罪時にフランベルがオロオロしていたのが引っかかっているのよ。嵌めたのにオロオロするなんて、おかしくない?」
「普通でしょう?」
思わぬマルスの返答に、私が言葉を失っていると、俄に女性の大声が周囲に響き渡りました。
「そんなつもりじゃなかった! ちょっとだけ脅すだけだったの!」
「刃物を向けたら大事故になる可能性があるに決まっているだろう!」
「そんなつもりじゃなかったのよ!」
騎士達に囲まれて騎士団本部の奥に連れて行かれる女性のドレスは所々不自然に赤黒く、何があったのか聞くまでもありません。
何度も「そんなつもりじゃなかった」と繰り返して暴れては騎士に押さえつけられる女性を、私は思わず見えなくなるまで見送ってしまいました。
「つまり、フランベルの行動も今の女性と同じでしょう」
「はい?」
振り返ると、マリスも女性の連れて行かれた方向をじっと見つめておりました。
ぼんやり見ているのではなく、凝視?
「嵌めた後に犯人が結果で戸惑う事はよくある事なんですよ。ちょっとの嫌がらせのつもりで起こした事が、大惨事になって犯人が取り乱しているなんて、実によくある事です」
「……そう言う事」
前提が違ってくると、行動の意味も違ってきます。
「ただ、私達の見立てだと貴女については事故だったのでしょう。何度も騎士がいない所でも貴女に謝っておりましたから、フランベルは貴女を嵌める気がなかった」
その部分に関してジェイク様が利用されていなかった事には純粋に良かったと思うのですが、結婚式をただフランベルの無知や無計画に潰されたというのも改めてショックです。フランベルの関係する裏事情は悲惨の一言です。
「……これまでクレア様の名前は一度も聞いた事がないのよね。フランベルからは勿論、学園関連の事が伏せられているとは言え両親や兄からも」
「リシス公爵と夫婦だったから不用意な発言でバレたくなかったにしても、フランベルがあの方に謝っていた記録はありません」
私のケースとクレア様のケースは一見よく似ているようで、全く違うものなのでしょう。
フランベルは私の時には後になってから嘆き、クレア様の時には後になっても後悔する事もなかった。
その態度の明確な違いは恐らく事故だったのか、故意だったのかの差から来ていたのでしょう。
ただ、そうなると……
「………………真実を伏せて良いかしら?」
「伏せましょう。伏せましょう。今更です」
つまりフランベルは、確かに断罪事件を首謀した訳でも計画をした訳でもなかったにしても、意図的に断罪事件まで誘導していたと言う事になります。
それは結局、王族を利用したのですよ?
こんな事が表沙汰になったら一族郎党死罪でしょうし、よりによって恋人の妹を排除する為だけに王族をも結果的に死罪に導いたなんて、ロアズ伯爵家は変に歴史に名前が残るかも知れません
なんて事をしたの、フランベル!
酷い事実が判明したショックで私は本気で目眩を感じました。
色々知った中で、これが一番最悪な真実です。
クレア様だけフランベルが意図的に嵌めて破滅させた事など、今更分かったとしても現実問題として大した意味はありませんのに、手段が! 手段がおかしい! よりによって王族を使うなんて手段を取りますか!? 目的も頭が痛いけれど、手段をとにかく選んで欲しかった!
フランベルにショックを与える情報を探していた筈が、いつの間にか私の方が満身創痍になってきました。しかも、この事実はフランベルには何のダメージも与えない情報でしょう。
もう残っている時間も少ないのに……。
フランベルの処刑まで十日もありません。
このまま終わっても良いような気がしましたが、フランベルの死後に聞いておけば良かったと思う方が今の心の傷の痛みより、断然嫌に決まってます。
私は何かないかと必死に考えました。
「……ねえ、調べて欲しい事があるって言ったらやってくれる?」
「事件に関係する事なら構いませんよ」
避けていたのは別に遠慮していたからではなく、それこそ残った時間的にも優先順位の関係でした。
最後の最後にはっきりさせたい事で、忘れてはいけなかった事。
「フランベルの不倫相手……あの『Fool』の指輪を贈ってきた人について」
リシス公爵を除いたら、爆弾を持っていそうなのは亡くなったこの方だけでしょう。
……とは言え、これ以上私の心を抉るというか、精神が持たない情報が出てきて欲しくない欲しい気もするのです。




