49話【妖精は舐めると血の味がする】
※流血表現少しあり。
私が男の皮肉とロマンス面倒くさいと思った日の前日。
騎士団長は世の中で一番恐ろしいものは女性だと遠い目をしていた。
騎士団本部内で一番格の高い応接室の椅子で寛いでいるセルーア侯爵夫人の背後にはセルーア侯爵家の誇る狂犬騎士達と、足下には襤褸切れのようになった騎士団の管理職にいた騎士数名。
何があったのか、駆けつけた騎士団の責任者達はセルーア侯爵夫人に一言も尋ねない。
騎士団長に従ってついてきた年若い従騎士は初めて見るセルーア侯爵家の騎士達の威容と容赦のなさに震えが止まらず、年嵩の騎士はいつかやるんじゃないかと思っていたと顔面を蒼白にし、年配の騎士は流石セルーア侯爵夫人、普通の人が躊躇う事もやってくれるぜ憧れると興奮していた。
騎士達の間でも多種多様の思いが渦巻く中、血塗れで倒れた騎士が遠巻きにしたままの同僚に向かって手を伸ばした。
「助けて……」
「だから、調子に乗るなと言っただろう」
騎士団長達は冷ややかな目を向けるだけで、誰一人助けようと動く者はいなかった。
国王に忠誠を誓う騎士であっても実家の柵はどうしようもなく、ある程度家門に便宜を図る事は容認されている中で、極端に偏りなどが出ないようにするのが倒れている騎士達の仕事だった。
その仕事を放り出して自分の家門に有利な判断ばかりを下していたのだから、騎士団の責任者達からは非常に嫌われるのも当然だろう。
これまで圧力がかかって彼らを罷免出来なかった騎士団長は、それでも騎士団の最高責任者としてセルーア侯爵夫人と相対するしかなかった。
「彼らを手土産に、我々の不手際を問い質しにいらっしゃいましたか?」
「問題が不手際だけなら問い質すまでもなく『これ』と同じでいいでしょう。言い訳は必要ありませんから。聞く時間が勿体ないですし」
子供が生まれて隙が出来たセルーア侯爵夫人を、いくつもの策で雁字搦めにして確実に力は削いだと影で豪語していた貴族達もいた。実際にセルーア侯爵夫人は割と最近まで娘の事で憔悴して、引退も囁かれていた。
だが、王立騎士団員と圧倒的実力差を感じさせる剣呑な騎士達を従える姿は、騎士団長がまだ普通の騎士だった頃に見るだけで震え上がった魔女に完全に戻ってしまっていた。
誰だよ、セルーア侯爵夫人を解き放ったのは。
「取り敢えずお聞きしますが、きちんと法的根拠は……」
「ここに来るまでに少々色々な家門の当主とお話をして参りました。皆様快く私に賛同して頂けましたわ」
嘘だろ。脅したんだろ。
王立騎士団員は全員そう思ったが、そんな当たり前の事をわざわざ指摘する程短い騎士生活ではなかった。
強い者には逆らってはいけない。
家門に貢献しながらも家から見放されて床に転がっている騎士達はともかく、騎士団長達は一旦はそうして身の安全を確保していた。
「それで今回は、私どもに職務違反をしていた騎士達に正しい処罰をしろというお話でしょうか?」
「それもありますが、貴方達が何処までフランベルの不倫相手を掴んでいるのか確認しようと思った次第です」
誰も顔色を変えなかったが、やはりバレるよな、と騎士団長以下は思った。
騎士団は異様な時間をかけてフランベルの不倫相手を調査していた。馴染みのないマリーベルには気付けなかったが、半年もの期間騎士団が調査しているのはかなり異例で異常な事だった。
その上、長期間の調査で何も見つけられなかったと発表した事は、成果を気にする騎士団にとって異例中の異例の話だった。
騎士団の嘘を知ったロウリスはセルーア侯爵夫人にその不思議を話していた。
半年もあれば、騎士団は何かを見つけていた筈。
それを不倫相手などいなかったと発表してまで隠すというならば、
「結局、フランベルの学園時代の恋人の内、何人が工作員でした?」
調べた結果、騎士団は公表出来ない事実に辿り着いたと言う事だ。
ジェイクに殺されたフランベルの最愛の不倫相手が今の王太子と繋がっていたように、その元恋人、不倫相手が何処か思わぬところに繋がっていた事で混乱を防ぐ為にも公表を断念させられた。
よくある事といえばよくある事だ。
「そこまで御存知なのに我々に尋ねるような事がありますか?」
「その彼らが死んだ理由を知りたいのよ。用済みになって消されたにしては一人以外は普通に殺されているでしょう。何の意味があるのか分からなくて」
最終的にリシス公爵以外は全員死んだ。
それはとても不思議で不自然な事のように誰の目にも映る。
だが、そんなに難しい事ではない。
「意味も何も、ただフランベルを取り合っただけですよ。工作員と言っても脇の甘い貴族令嬢、夫人を騙す程度だったから素人同然の工作員で、付き合っている内にフランベルに魅了されて殺し合っただけです」
セルーア侯爵夫人はその言葉を直ぐには信じられなかった。
調べたフランベルの人柄は到底男性を魅了するような性格とも思えず、記憶に残る容姿もそこまでではなかった。
かのセルーア侯爵夫人でも分からない事があるのだなと思うと、騎士団長の頬が緩んでしまった。
「女性にはまるっきり理解出来ないようですね。おかげで今までフランベルは周囲の女性から警戒される事もなかった。今混乱が起きているのは、やっと女性達がフランベルの本性を理解したからでしょう」
いっそ魔性の女性なら良かった。
男も女も十分に警戒して知らず破滅する者は少なかった筈だ。
「……気持ち悪いわね」
学園の問題に対応したときにフランベルの名前は一応出ていた。
セルーア侯爵夫人達は成績優秀者ながら何処か抜けているフランベルには何かの企みは出来ないと、本人そのものだけで判断をして、周囲の状態を見過ごしてしまった。
あの当時、誰一人フランベルを強く愛している様子のある者はいなかったと断言出来るのに。
「ええ、とても気持ちの悪い事です。フランベルを嘲って自分達が『味見』してやると言った令息達は、移り気なフランベルが自分から興味を失って去って行く事に腹を立て、憎悪を滾らせていった。そこでフランベルに矛先が行けば良かったのですが、彼らは一様にプライド高く、フランベル如きに執着している事を認められなかった」
「……ありがちと言えばありがちな事でしょうね。つまりは令息達の死亡事件は飼い主も関係のない『事故』のようなものと言う事なのかしら?」
「ははは。事故のようなものではなく、まさに事故ですよ。令息達の背後の思惑は無関係に起きた事故です。発表しないのは令息達の飼い主への忖度ではありません」
徹頭徹尾、不倫で揉めた男同士で争って十人死んだだけの事だ。
再調査しても工作員の飼い主の意向ではなく。本人の勝手な動きだったと判明している。
それを発表出来なかったのは偏に、
「十人死ねば事故には見えないのですよ」
単なる事故ではなく、無駄に何かの意図があるように見えてしまう。
十人とも騎士団が見逃していた事も言外に含まれている発表は、さぞかし人々の想像力をかき立てるだろう。
その結果、本来は存在しない意図を探すだけでなく、今度こそ意図的に人々を誘導するような情報をまことしやかに付け加えられたら?
セルーア侯爵夫人は本当に気分が悪くなっていた。
いくら何でもあり得ない。
計算も全くない女性が無邪気に発言しただけで、これ程までにこの国を揺さ振っている現状に、非常に強い拒否感を覚えていた。
「本当に……『妖精』ね」
最初にフランベルが『妖精の取り替え子』とされたと聞いた時には我が耳を疑ったセルーア侯爵夫人も、神殿の『世の中を暴力でもなく権力でもなく、不思議に惑わし混乱に陥れる者への呼び名』という説明通りだったフランベルに今や納得するしかなかった。
お伽噺を信じない騎士団長も同様にフランベルが『妖精』だと認めざるを得なかった。
「妖精は凄いですよ。私達が工作員の飼い主を見つけ出しても、とっくに飼い主は没落したり死亡したりした後でしたから」
「止めて下さい。いっそ笑ってしまいます」
この場にマリーベルがいたなら「あんな不確定要素の塊を使えると思った時点で失脚は約束されていたのです」と真実を口にしただろう。
セルーア侯爵夫人も騎士団長達もそのくらいの事は普段なら簡単に頭に浮かぶのだが、あまりに的確な破滅の結末を目の当たりにすると、何処かで誰かが言っていた妖精の魔法のように思えるのだ。
緩くセルーア侯爵夫人は首を振った。
魔法なんてあり得ないと思っている自分達ですら、この調子なのだ。既に神殿からフランベルは妖精であったと発表はされており、そこに追加で発表すれば……。
「妖精への恐怖から暴動が起こりそうですわね」
今はまだ妖精について首を傾げるだけの者達は、フランベルがやった事関係した事を知れば、セルーア侯爵夫人達のように妖精の魔法の所為だと思うだろう。そしてフランベルが関係した者達の末路を知れば、恐怖を覚えるだろう事も想像に難くない。
「暴動の火種は最初から作らないに限ります。妖精一人を始末するのに王都を炎上させる可能性があるのなら、妖精とはどういう者かという情報を出さなければ良いのです。『妖精』に巻き込まれて死ぬ人間が少なくなる方法として、これが最適解だと思っておりますよ」
「死刑になるまで持てば良いのだから、私としても異論は浮かびませんね」
「そう、あと数日です」
フランベルにはもう何も残っていない。
愛してくれる人は去って行った。
最早フランベルの魔法は本人を破滅させる為のものでしかない。
「……あの子も私達があの時きちんと裁いていたなら何も起こさなかったかしら?」
「我々が介入したのは事が終わった後ですよ。それに、周囲もやっている『味見』で裁くのですか?」
元より婚約者のいない貴族子女は積極的な交流を推奨していた。
『味見』何て言い方はセルーア侯爵夫人は嫌いであったが、当時のフランベルはそれに倣って行動しただけだった。
フランベルがいたから周囲が不幸になったように見えるが、フランベルの方もあんな軽い発言に惑わされるような人々に囲まれていた事は不幸だったとしか言いようがない。
同情してはいけないと思いつつもセルーア侯爵夫人もフランベルに欠片程同情の念を感じていると、
「そんな……事も、分からないなんて……年を取ったな糞ババア!」
「五月蠅い虫です事」
転がされていた騎士が残った気力を振り絞ってまで嫌みを叫んだが、セルーア侯爵夫人の感情にさざ波一つ立てる事は出来ず、狂犬騎士の一人にただ足の骨を更に折られただけだった。
全く感情のない目で転がる騎士達を見ていたセルーア侯爵夫人は、
「こうなる事も分からないなんて……これは騎士団全体が弛んでいるに違いありません。私は常々フランベルの不倫相手が死んだ後の調査でフランベルに辿り着けなかった事も大概怠慢だとは思っておりました」
あ、ヤバい。
騎士団長達年配の騎士達は転がっている騎士とは違ってセルーア侯爵夫人との付き合いは長い。
次に何が起こるのか分かっていたのだが、体の奥底に染みついた恐怖がセルーア侯爵夫人を止める言葉を押しとどめてしまった。
「たまには他の騎士団と『訓練』すると良いでしょう。目が覚めるのではなくて?」
その日の日付が変わるまで、王立騎士団の恐怖は続いた。
詳細は誰も外では口にしないが、「地獄だった」と全員が語った。
そして、その地獄の訓練により大勢の騎士が倒れた事で次の日にも影響が及んでしまい、騎士団本部内に不審者を入れてしまう失態に繋がってしまったので、一応騎士団長は抗議の手紙を送った。
見て貰えるかは、分からない。
なお、転がされていた騎士達は何とか治療は受けられたものの、セルーア侯爵夫人を恐れた実家や家門からは縁を切られ、『訓練』で地獄を見た騎士達からは非常に恨まれ、居場所もなくなった騎士団から去って行った。
ただ、それすらも、
「フランベルを利用した者は破滅するって法則が怖いな」
デューイはフランベルの起こした一連の問題を自分の家門に都合良く片付ける事で立場を作っていた元騎士達を遠くから見ていた。
職を辞して静かに人が少ない時間に出て行く元騎士達に、
「命が惜しかったら騎士団にしがみつくしかなかったのにな」
その言葉の間に狂犬は獲物を咥えて去って行った。
最後に守ってくれる騎士団から離れたら、情報を吐かせるだけ吐かせたい狂犬騎士団に連れて行かれるだけだとも分からなかった。
彼らはクレアの追放の件からマリーベルの水門の事件まで関わっている。
恐らく学園長に協力していた貴族は大なり小なり破滅しているだろうが。果たしてどんな真実を知っているだろう。
「聞いたら教えてくれるかなー?」
何となく独り言を繰り返していたデューイの背後から、
「面白い事が分かったら、教えてやらんでもない」
直ぐには振り返る事は出来なかった。
しばらくして恐る恐るデューイが振り返ると、誰もいなかった。ただ、真後ろに誰かの足跡が一つ残っていただけ。
「こえー……」
元騎士達を見ていたデューイに気付いた狂犬騎士が確認しに来たのだろう。
明らかに戦闘能力に乏しく見ているだけだったから見逃されたように思えるが、単に切り捨てる気分ではなかっただけなのだろう。
運が良かったと胸をなで下ろしたデューイは、自分もフランベルを利用した側なので次回は乗り切れないかも知れないと思っていた。
フランベルを利用した者で生き残っている者は少ない。
その辛うじて生き残っていた者もセルーア侯爵夫人と狂犬騎士団により順次狩られ、姿を消している。
学園長達を殺しデューイを狙っていた騎士達はこれで消え、騎士団内に蔓延っていた第三の勢力は大きく影響力を削がれた。
確実に見え始めた終わりはまるでフランベルの死に合わせるように近付いているかのようで、デューイは今更ながら学園の教師時代に『化け物』を利用してしまった事に身震いした。
囁きに踊らされた者達の結末は何処までも愚かしく。
そして最後にどう言われるかというと、
「妖精の魔法は恐ろしい」
囁き一つで凄惨な末路に導いた妖精の印象があまりにも強く、誰の活躍も語られる事はなく、ただフランベルの事だけ口にする。
時間を失念してました…




