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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一


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48話【愚か者達は愛の伝え方を知らない】


 かつて持て囃されたと言うフランベルとリシス公爵の結婚の『真実』は、実に残念なものでした。

 フランベルは別人に愛を捧げたまま地位を求め、リシス公爵にとっては一番都合が良かった相手でしかなく、時期的には元王女の醜聞を誤魔化す為に意図的に持ち上げられたようにみえます。


 それにしても、国全体が混乱期の所為だったとしても行き当たりばったりで決めていたのでしょうか。恋愛結婚だったと知らしめる事は、その後の男女の関係に興味を持たせたくない方針と矛盾しております。

 他にもおかしい部分としては私達は婚約者と会えないのに、学園があった頃に婚約した兄達は会っていたりとか。まあ、その細々とした部分は今は無関係なので、どうでも良い事です。


 フランベルとリシス公爵の『真実』は、ここまで情報が揃った時点で改めて見直すとちょっとおかしい事に気が付きました。


「どうして、と言われてもね……」


 『真実』通りであったなら、当時のリシス公爵と周囲はフランベルを利用していたと言えます。

 徹頭徹尾フランベルを利用した者が破滅するこの流れにおいて、リシス公爵達だけが破滅を逃れている現状は不自然としか言い様がありません。

 結果が異なっているとすれば考えられるのは、実は最初の前提が違っていたという可能性です。


「それを聞いて意味があるのかな?」

「先程私はフランベルの面会申請をしました。最後にフランベルと話す機会なので、可能な限り情報を集めておこうかと思いまして。どうしても聞かなければいけないという事はないのですが、フランベルを揺さ振る情報は多い方が良いのです」

「……なるほど」


 何せ妖精相手ですから、私としては万全の態勢で臨みたいと思っております。

 特にフランベルは檻の中なので手も出せませんし、言葉で殴るためにも鈍器代わりになりそうな情報が欲しいと言えば欲しいのです。

 夫婦であったリシス公爵なら私達が知らない情報も持っていそうなのですが……やはり身分もあるので私からは無理は言えません。


 私の心を知ってか知らずか、リシス公爵は曖昧に微笑んで、


「聡い君なら、もう理由なんて分かっているだろう? そう言う事だ」

「いえ、分かりません。私の推測は所詮推測です。状況をつなぎ合わせて見えてくるものは、あくまで私の価値観で推し量ったものに過ぎません。可能な限り正確な事情と心情を教えて頂きたいと思っております」


 無理は言いません。可能な限りで良いのです。

 本来幻想にしか存在しない為か価値観が根本的に異なっている妖精は、一般人が持つような曖昧で繊細な心の機微など理解しないのです。前回の面会で私はしっかりと学習しております。

 中途半端な上に曖昧な言葉なら、首を傾げて終わるのが関の山だと計算上十年程度フランベルに付き合っていた筈のリシス公爵ならそれこそ御存知でしょうに。


 曖昧に逃げる事を許さない私の態度に、リシス公爵は珍しくもはっきりと微妙な顔をされ、


「たまに君は私の実の妹とそっくりな行動を取るな。数回しか合っていないのに何故だ?」

「それは私には分かりません。同様にフランベルと全く似ていないと言われる理由も分かりません」


 引き離されていた私がフランベルと過ごした時間は多くありません。

 あのダリアの花の前の一瞬だけが私にとってのフランベルとの思い出と言えるものです。

 そんな私より遙かに長い時間一緒にいたリシス公爵には、良きにつけ悪しきにつけフランベルとどれ程たくさんの思い出があるでしょう。


「……リシス公爵もフランベルの面会申請に来られたのですよね?」


 無言でリシス公爵は、フランベルがいる牢のある建物の方角を振り返りました。

 私は騎士団の要請で面会したあの一回の後、会うと腹が立つと思ったので全く面会をしておりませんが、元夫であるリシス公爵の方はどうなんでしょう?


 もしもリシス公爵が公爵夫人にと望まなければ。

 フランベルは不倫をしたとしてももう少し穏便に済んだかも知れないし、もしかすると不倫そのものをしなかったのかも知れません。

 全ては仮定の話だとしても、フランベルが公爵夫人でなかったなら、こんな風に妖精扱いとなった上で処刑され打ち捨てられる未来はなかったでしょう。


「私は曲がりなりにも夫だった。もっと早くフランベルが不倫していた事に私が気が付けば良かったと思っている」


 結婚が破綻していた事はある程度知られていたのか、もしくは単なる忖度か。その辺りは私には判然としませんが、妻の不貞に気付かなかったリシス公爵を責める声は現時点までに聞いた事がありません。

 あのフランベルに思い入れが強い父の口からも、リシス公爵を責める言葉が出てきた事はありません。


「……あの女にこれ以上付き纏われない為だったとは言え、私は妻に迎える相手を好きに選べた。結婚するのに嫌いな相手など選ぶものか。最初に付き合った頃の熱量はなくとも、私はフランベルが好きだったよ」


 実に単純なロジックでした。

 死という破滅に至らなかったのは、リシス公爵がフランベルを利用したとは言い切れなかったから。

 とは言え、フランベルが奔放に不倫をして回っていれば流石に『好きだった』と言う過去形にもなるのは仕方ないでしょう。


「無邪気そうに見えてフランベルは打算で結婚しましたね」

「それは指摘しなくてもいい。改めて他人から言われると、私だけが気持ちがあったなんて非常に悔しいからな」


 リシス公爵の仰った『都合が良い』は言葉のイメージ通りに取ってはいけなかった……いえ、私の想像以上に言葉の示していた範囲が広かったのでしょう。

 卒業の頃までに都合良く誰とも婚約をしていなかったフランベルは、都合の良い事に元王女に対して神経をすり減らす人間でもなく、結婚を申し出る程度に都合良く愛情が存在した相手だったと言う事です。

 ついでのように都合良く『愛情がなかった』と取れるような曖昧な言い方でリシス公爵は保身に走った事は、私もフランベルを妖精にして逃げた身ですので責める事は出来ません。それに受け取り方次第なだけで真実を話しておりますから、話としてはましな部類でしょう。


「そう言えば、デューイから連絡があった。学生時代にフランベルと付き合っていたと分かっている十二人はやはり全員完全なる他殺だったが、少なくともジェイクの犯行ではなかった」


 クレア様がデューイにアルメイダ様の行方とは別で探して貰う予定だった『ジェイク』がジェイク様だと早々に分かって用事がなくなってしまったので、代わりに私がフランベルの元恋人について調査を頼みました。

 ジェイク様が全ての犯人とは疑っておりません。ただ、ジェイク様は一件は確実に殺人を犯しています。それに……あまり考えたくない事ではありますが、いくら私がジェイク様の知っていた『マリーベル』と別人だったとは言え、全力で人を殴るという行動を取れるような方は何かしら他にもやっていそうな気がしたのです。


「……予想通りとは言え、事故死もなく他殺だけですか」

「中には学園があった頃に殺害された者もいた。……これについては我ながら節穴だったと思うよ」


 人数的にも結構なホラーでした。これが結果的にとは言え、隠蔽されていた事実に寒気がします。


「一応、犠牲者達の犯人の目星は付いていたが、結局は捕まえられなかったそうだ」

「貴族令息が殺されたのに?」

「その犯人と思しき人物も結局殺されてしまったからな。フランベルと付き合う男達はどいつもこいつも異様な嫉妬深さがあったらしい。自分以外の男と親しくしていた思い出すら許せないと話していたそうだ」


 私は思わずリシス公爵の顔を真っ正面からまじまじと見てしまいました。

 両親に似て凡庸な容姿の私とは違って、フランベルは確かに美人な方に入るでしょう。ですが、令息同士が取り合う程の美貌かと言えば、そこまでとは……。


「ジェイクのときと同じだ。どうしてそこまで相手に惚れさせる事が出来るのか分からない。まさに妖精の魔法だ」


 何処でフランベルは男を籠絡する方法を身につけたと言いたい所ですが、当時のフランベルの生活を考えると誰かから学んだものではなく、恐らくは天与のものなのでしょう。

 その辺りの事は深く考えるとなかなか血縁者として受け入れがたいものもありますから、私も心の安定の為に妖精の魔法だったと考える事にします。


「私が死ななかったのは単に一人でふらふら出歩かず、護衛をしっかりつけていただけなのだろうな」


 不貞をする人は大抵一人だとか極々少数の使用人しか連れ歩かないと聞きます。……まあ、稀にシラード伯爵令嬢みたいな何の理由もなく連れていない方もおられますが、かなりの少数派です。

 それに、学園卒業後にまさか学生時代に付き合っていたフランベルの元恋人に狙われているなんて考える……


「……少し話がおかしくないですか? 結婚後に元恋人同士が取り合うって」

「元恋人がフランベルの不倫相手だったという事だ。十人全員と不倫していた訳ではないとは言え、恋人を捨てて公爵夫人の立場を望んだのだ。せめて維持する姿勢くらい見せて欲しかったと思う……」


 まさか自分の血縁者……の割に身近ではないところにアグレッシブな女性がいたなんて想像を越えてきますし、二人学園時代に死んでいるって引き算させるの止めて下さい。


 とても微妙な顔をした私に、


「まあ、我々もフランベルと変わらず『Fool』だ。愚かしくもそんなフランベルを愛してしまった愚者達だからな」


 『Fool』はあのアクロスティック・リングの示していた言葉です。

 自嘲めいた笑みを浮かべ、リシス公爵は再びフランベルのいる筈の方向を振り返りました。


 蔑む相手に指輪を贈る意味をずっと考えておりましたが、皮肉混じりでは私には分かりようもありません。



 その愚者は、フランベル本人とフランベルを愛していた男達、どちらも指し示していたものでした。




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